[生存・更新報告はhttps://twitter.com/nasiyaでやっています]

[過去絵 ※□:一般 ■:18禁]

境ホラ  ヨルムン   咲  あの夏 
はがない  アトリエ  ゆるゆり  ポンデ   その他  頂き物(SnowMarch様) 

[文章 ※お使いのブラウザによっては動作しない可能性があります]

脱出ゲーム製作日誌 01
アンネとマールと夢見る瞳  01 02 03 04 05  06 07 08 09 10  11 12 13 14 15  16 17 18 19 20
アンネとマールと夢見る瞳  21 22 23 ←New!!

とさかかっ!  01 02 03 04  05
なすとま
神に死を、愛しき死神には接吻を
夏未完 01*
時計喧嘩 01*
ソレユケ!アソパソマソ!!*
それゆけ、黄門さん*
あしふぇち*
新ジャンル・農家の娘さん*
それでも俺は勇者になれない・外伝*

*(一応完結もしくは単発物)

[製作ゲーム]

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『脱出 ~Dash to~』
RPGツクールVX製の脱出ゲームです。

本体のダウンロード先は ■コチラ■(ベクターさんのページに飛びます)

動作に必要なVX用ランタイムパッケージは ■コチラ■(ツクールサポートページに飛びます)

使用素材サイト様などは ■コチラ■

行き詰まった方へのヒントページは ■コチラ■


■動画サイトへのプレイ動画投稿、生放送配信等に関して■
 動画・配信等につきましては特に禁止していません、むしろドンドンやっちゃって下さい。
 製作者としては、プレイヤーの悩む姿をニヤニヤしながら観たりして、大変喜んでおります。
 Twitterやメール等での報告も必要ありませんが、リプライとか拍手コメ飛ばして頂けると励みになったり、コッソリ観に行ったりします。

 あとは『脱出~Dash to~』というタイトルを何処かに記したり、ベクターさんなどゲームダウンロード先へのリンクを張って頂けると嬉しいです。
 何やかや言いましたが「このゲーム俺が作ったんだぜ」とか言い出したり、内蔵素材の二次使用さえしなければ問題ないと思います。
 より多くの方にthisゲームを知ってもらいプレイして頂くことで、その反応や反省点を次回作に繋げていきたいと考えています(超真面目
 

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[応援している物とか]

20210925 4年経ってる……

 気付けば最後の更新から4年経っていた……恐ろしい。
 カウンターとかTwitterパーツとか、色々とサービス終了していたり……。
 時代の流れを感じるわね。
 脱出とか洋館の攻略を求めて、まだサイトに来ていただいている方も居るのかな?
 次回作もアイデアは完成しているものの、なかなか……。
 ホームページもいつかリニューアルしたいなぁ。  

▲モドル

20170911 Web拍手の件

9/2
●失礼します。洋館YOUCANプレイさせて頂いてます。
 自分の頭では詰みの連続ですが、やりごたえがあって楽しいです。
 攻略に関してですが、爆弾を入手したあたりからか詰まっています。この先は何をすればいいんでしょうか?
 緑のボタンがある場所は進めないし、五つ目のコラーゲンを入手するのにクローバーの鍵が必要そうですが、
 ソフラとアリエルの合流は出来てないし、そもそもクローバーの鍵が出来上がっていない……と、
 かれこれ1時間くらい悩んでいます……よろしければヒントを頂けると嬉しいです。
>プレイありがとうございます。爆弾入手後はヒビ割れにセットして爆発させる。
 爆発させるためには炎が必要、そのためには飴が必要で、魔コラーゲンが五個必要。
 一つ目の飴を作成するための魔コラーゲン入手場所は①②牧場③二階東寝室の青宝箱 ④一階東通路ピアノ⑤赤と青の間の部屋のカーテン奥
 牢屋奥のゲルルンが目に見えているぶん、ここは結構紛らわしいみたいですね。

▲モドル

20170728 Web拍手の件など

申し訳ありません、またしてもWeb拍手の方にコメント来てたみたいで、
毎回何度も放置してしまい申し訳ありません……。
大変遅くなりましたが返信します。

6/20
●ヒントありがとうございました。お陰様ですべてのEDを見ることができました!
 とても楽しかったです。次回作も楽しみにしています。
>嗚呼、最後まで投げずにプレイして頂きありがとうございます!
 次回作は脱出ゲームではないかもしれませんが、プレイする機会がありましたらどうぞ宜しくお願いします。
 
7/14
●洋館楽しくプレイしています。最後の扉を開ける5つの鍵の順番がわかりません。
 館内に何かヒントはあるのでしょうか・・・
>薬のレシピが載っているメモに、ピエロ野郎が口ずさんでいる歌が耳にこびり付いて離れないみたいな記述があったと思います。
 5つの鍵はそれぞれ材質が違います(鍵を調べると解ります)ので、その歌を頼りに順番に鍵を挿していきます。
 何を歌っているのかよく解らない方は、「水兵リーベ僕の船」でググってみて下さい。  

洋館~You can~ ヒントページは ■コチラ■

▲モドル

20170619 Web拍手の件など

Web拍手の方にコメント来てたみたいで、またしても放置してしまい申し訳ありません。
ノートパソコン新調したのは良いのですが、環境を移しきれておりませんで……思いのほか使いづらい。
大量に頂いていましたのでそれぞれ返信していきます。
5/30
●「煮詰まる」という言葉の意味を、今一度、確認お願いいたします。「行き詰る」という意味で使われている箇所がありました。
>煮詰まる=結論が出る段階が近づいたというのが本来の意味……。
 そーなのかー、勉強になった!(恥ずかしい。指摘ありがとうございます、直しておきました。
●hint2.htmlについて、”◆レノア:初めの牢屋から出られません”が重複しているようです。
>本当ですね、ありがとうございます。直しておきました。
●イラスト、美しいですね。
>あ、どうもありがとうございます。ホームページ内のイラストの方かな、最近は描いていないですけどね……。
●「かようび」は難しかったので、ヒントに追加した方が良いと思います。
>追加しておきます、しました。
●「洋館」何とかクリアまでたどり着けました。が、石板とメモの謎が解けずトゥルーエンドが見れてません…。よろしければ何かヒントをお願い致します!
>そうですね。公開から一ヶ月以上経過しましたので、そろそろ本腰入れてヒント作ろうと思います。
 石版の裏面と透明な板は手に入れて組合わせましたでしょうか。カラフルなメモは赤と青の組合せのみを見て下さい。
 例えば「動く石像が」=赤青赤青青=○  「手に入れた」=青赤青青赤=○ のような形でメモの文字を順番に、
 石版での英字・矢印・数字に置換えていきます。なお、使用しない英字・数字・矢印もあります。

  6/16
●洋館楽しくプレイさせていただいております。
>どうもありがとうございます!
●洋館楽しくプレイさせていただいております。質問なのですが、ソフラの金属片と砕けた鍵の接着剤となるものは、
 仲間と合流後に見つかるものなのでしょうか?現時点で開けられる鍵や解ける謎はすべて終えたつもりなのですが、
 そこから先が詰まっています。ヒントを頂ければ幸いです。
>金属片と砕けた鍵の接着剤は、アクロ・レノア合流後に作成方法が判明します。
 アクロとレノアが合流するのに必要なのは爆弾と炎魔法使うMPですね。

洋館~You can~ ヒントページは ■コチラ■

▲モドル

20170516 洋館~Youcan~ 注意事項およびWeb拍手の件など

『洋館~You can~』をダウンロードしてプレイされた方ありがとうございます。
洋館~You can~ Ver1.00においてプレイされている方、岩の間で一枚目のキノイタ置くと詰むので置かないように注意して下さい。
置いてしまった場合の救済措置は残念ながら無し……。
アップデート後のVer1.01では一枚目のキノイタ置けないようにしました。
また、5/11にWeb拍手でも質問頂いていたみたいで、だいぶ放置してしまって申し訳ありませんでした。
ヒントページに追加しておきましたので、そちらをご参照ください。

洋館~You can~ ヒントページは ■コチラ■

▲モドル

20170505 洋館~Youcan~ ヒントページ作成中

『洋館~You can~』をダウンロードしてプレイされた方ありがとうございます。
詰まっている方も居るかと思うので、ヒントページを作成中なのですが、
攻略に関する質問等も来ていないため、何処までヒント出すようかなぁと考えつつ細々作っております。
ヒントについては順次、追加していく予定なのでよろしくお願いします。

洋館~You can~ ヒントページは ■コチラ■

▲モドル

20170503 洋館~Youcan~ 公開!!

皆様お久しぶりです。nasiyaです。
前回日記更新から……えっと、2年半ですか。だいぶ放置したなぁとしみじみ思っています。
そんな訳で、製作開始から4年以上経過してしまいましたが、前作『脱出~Dashto~』に引き続きまして、
新作『洋館~Youcan~』が完成と相成りました!! (わー、ぱちぱち!!)

現在は、以下のページよりダウンロードできます。
 ■■■ふりーむ! 『洋館~You can~』■■■
 ■■■フリーゲーム夢現 『洋館~You can~』■■■
プレイには、以下ランタイムパッケージ(未インストールの場合)が必要です。
 ■■■RPGツクールVX用ランタイムパッケージ■■■

攻略のヒントについても前作同様に載せていく予定ではありますが、時期については今のとこ未定デス……。

▲モドル

20141011 大脱出 -Die/Dash to-(仮) キャラクター紹介 アリエル

しばらく更新が無かったので、キャラクター紹介画面をお試しで作ってみたよ。
本編でも何処かのタイミングで確認出来るようにする予定です。
前作から引き続き、主人公アリエル。アリエルかわいいよアリエル。

 キャラ紹介アリエル

※キャラクター立絵素材については、臼井の会様よりお借りしております。
素敵な素材をいつもありがとうございます!
臼井の会 管理人:香月清人さん

▲モドル

20140910 こまった、ねたがない

広告出ちゃったので更新しようと思ったけどネタが無いので、少し前に作ったオムライスの画像上げておきますね。
 おむらいす
Dash to新作については鋭意製作中! がんばる、しかないっ!

▲モドル

20140502 あけましておめでとうございます

お久し振りです、 広告が出ちゃったので 新年初更新します
そしてあけましておめでとうございます。
あっという間に前回更新から半年近く経ってしまいましたね。
私生活の方で色々と環境変わりまして、お陰様でお腹がちょっとプニプニしてきました(何
私のお腹具合はさておき、今回は製作の進捗状況について報告しますよ!
と言っても、あまり公開出来る情報は無いのですが、とりあえず適当なスクショ4枚ほど取ってみました。

 ***  ***
オープニング先に作ったせいでそちらに時間取られてましたが完成してます。多分前より短いはず。

 ***  ***
今回は謎解き・アイテム組合せ以外にアクションパズルもいくつか増やしてみました。
パズル部分や基礎的なシステム構築はほぼほぼ済んでおりますので、あとはチマチマと作るのみ。
年末年始でスパート掛ける予定でしたが、GWに本気出す状態になってます。でも今年GW短いね……。
引き続き製作頑張ります。

▲モドル

20131026 おひさしぶりです

3ヶ月くらいぶりですね。色々ありましたが、とりあえず元気です。
あまりにも間が空いちゃうとアレなので、スグハちゃんアイコン置いておきますね。
スグハちゃんアイコン
製作Gさん、イラスト三月雪さんのフリーゲーム『まさむねBLADE!!』。
ウディフェス終わってしまいましたが、公開中です。
製作者サイト:アストロの丘 イラスト担当:SnowMarch


えっ、うちの方のゲーム製作ですか? モ、勿論頑張ッテマスヨ?

▲モドル

20130722 そのさん

Gさん製作のフリーゲーム『まさむねBLADE!!』より十河 想乃さん。
製作者サイト:アストロの丘

第5回公式ウディコンにて公開予定だそうですよッ!


そのさん

▲モドル

20130603

久しぶりにイラスト
 シシリープリニー
ディスガイアD2本編クリア記念ということで一枚。
ちょっと服とか雑すぎたけど、シシリーすき。

▲モドル

20130516 GWも終わりまして……

なんというかGW始まる前って何でも出来る気分でテンションとか最高潮なんだけど、
いざGW終わってみると、何の成果も得られませんでしたぁぁぁッ……!! 状態。
そんな訳でこんばんは、梨屋です、元気です。
たまには次回作の製作報告とかしておかないと、サボってるんじゃないの疑惑ムンムンなので更新します。
最近やっと平日でも製作出来る気力が湧き始めまして、チョコチョコ鈍速ではありますが製作進めています。
そんな訳で報告をば。


■とりあえずマップ完成。
・広さ約4倍。
 舞台が2階建て+地下2階という訳で、だいぶ広いです。後はアイテム置いたりするのが必要ですが、歩き回れる様になりました。
■キャラ交代システム完成。
・アリエル、ソフラ、レノア、アクロの4人を交代しつつ操作して謎解きすることになります。
 もちろんこのシステムを駆使しないと解けない仕掛けを取り入れる予定。
 アイテムは個人持ち。
 キャラ毎のスキルに関しては導入するかどうか未定ですが、ヒントシステムの一部として取り入れるかもしれません。
■アイテム観察システム改良。
・前作ではアイテム観察時のメッセージがループしていて、もう一度聞きたい時とか何度も観察する事が必要でしたが、次回作では選択方式を取り入れます。
 選択肢にて観察メッセージが変わるので、前作の煩わしさが解消されるはず……!!
■移動速度UP+斜め移動可能
・マップが広いので移動速度はダッシュがデフォルト、ボタン押しで低速移動という仕様にしました。
 斜め移動は何となく取り入れてみただけですが、たぶんヌルヌルっと動きやすいです。
■その他
・マップが4倍、キャラ4倍になるという事は必要なイベント量、文章量も約4倍以上になるけどがんばる。


■それと拍手コメ来て嬉しいからレスするよ! 生放送でプレイしていただいた方みたいです。

>>遅い時間から朝まで6時間プレイして頂いた様で、最期までプレイ&全ED見て頂きましてありがとうございました!
アリエル可愛いですよねアリエル。一家に一人は欲しいアリエル。
次回作でも可愛いらしいアリエルの可愛さを変わらず前面に超可愛く出せる様に頑張りたいと思います。
次回作はクオリティもさることながら、今作以上のボリュームを目指しておりますので、
見掛けることがありましたらまた遊んであげて下さい、よろしくお願いします。

▲モドル

20130403 新年度

今年の4/1は過去のエイプリルフールネタ『よりましびと』の企画を引っ張りだしていました。
(Dash toの攻略とかダウンロードの関係で迷子続出する予感がして夜頃には引っ込めましたけど)
もちろん完全にエイプリルフールネタなので『よりましびと』の製作はしておりません。
気付いてはいたけど肌色の色合いがおかしかった、ちょっと黒い。
昔はパッケージの印刷したり、ディスクもピクチャーレーベルにしたりと、一つの嘘に色々と工夫を凝らしたものです。
時間があるって良いことだよね。しみじみ……。

■そんな訳で拍手コメ来て嬉しいからレスするよ! ちょっと前にニコニコで実況プレイの報告くれたシェルティさんです。

>>シェルティさん
ゲームクリアして全エンディングを見て下さったとのことで、本当にありがとうございました。
実のところ、反応が見たくてこっそり生放送にお邪魔したりなんだりしてました。
やはり長時間悩む場面もあった様ですが、それでも楽しんで頂けた様で何よりです。
一人でジッと考えるのも良いですが、リスナーさんとああでもないこうでもないと話しながらやるのも、
ニコニコなど生放送実況プレイならではの醍醐味ですね。
謎解きをする際の、正解ではないけれど違う方面からのアプローチというのも、製作者にとっては新しい謎解きを生むチャンスですし、
実況プレイなどで様々な反応が貰えるのは非常に有難いことだと考えております。
次回作もプレイヤーを長時間悩ませるゲームになるかもしれませんが、もしも機会がありましたら遊んでやって下さい。

▲モドル

20130401 嘘でしたー。

懐かしい嘘を引っ張りだしてきました。

新年度も製作とか頑張るます。

▲モドル

20130319 アリエルとポンデ

息抜き (いつも息ばかり抜いているけど) ってことで久しぶりにイラスト描いたよ。
あー……ミスド行きたい。

アリエルとポンデ

※脱出に登場するアリエルは 臼井の会様 の素材キャラクターです。
※ポンデライオンはミスタードーナッツのキャラクターです。

近況としては、引き続き次回作を作っているとこです。
謎解きを簡単にしようと思ったけど、また難しいのが出ちゃうかもしれない。
一応は接着剤みたいに万人が納得出来ないタイプの暗号は出さない様に気を付けようと思っていますが、
どうなるかは分かりません。
あと次回作には『たこわさ』というアイテムが出ます、これはたこわさです。
用途は未定。テイルズっぽい感じの会話機能とか入れたいので、その時に役立つかもしれない。

▲モドル

20130305 拍手コメ来るとか超珍しいし超嬉しいからレスするよ!

>>シェルティさん
ニコ生で実況プレイして下さるとのことで、報告ありがとうございました!
こういった報告コメのおかげで、製作者のモチベーションがググンと上がっていると言っても過言ではありません。
クリアまで長丁場になるかもしれませんが、楽しくプレイして頂けることを祈っております。


それから皆も定期的に「さぁ皆で一緒にDash toなのだわ(キリッ」とか突然言い出して、口コミでだっしゅとぅを広めるとすごく良いと思うの。

▲モドル

20130301 ニコニコ自作ゲームフェスに参加しております。

3月です。早いですね。謎の焦燥感に駆られています。
そんな訳で『脱出~Dash to~』は只今こちらのコンテストに参加しています。
詳しくは 『ニコニコ自作ゲームフェス』 をクリック。

コンテスト参加には紹介動画の投稿も必要らしいので作りました。
CMっぽくしたつもりだけど、文字入ってないから派手さは無いです。
思ったより地声だからちょっと恥ずかしいよ。


無理っぽいなと解りつつも、10万円、大金ですよ。
とはいえ、それよりも何よりもですね。
このコンテストを期に、より多くの方にプレイして頂ければ製作者としてはコレ以上ない喜びに満ち溢れ云々……

宝クジ当たらないかなーッ!!

▲モドル

20130225 『脱出~Dash to~』の動画投稿、生放送配信等について

 問い合わせが思ったより多かったのでコチラに掲載します。
 動画・配信等につきましては特に禁止していません、むしろドンドンやっちゃって下さい。
 製作者としては、プレイヤーの悩む姿をニヤニヤしながら観たりして、大変喜んでおります。
 Twitterやメール等での報告も必要ありませんが、リプライとか拍手コメ飛ばして頂けると励みになったり、コッソリ観に行ったりします。

 あとは『脱出~Dash to~』というタイトルを何処かに記したり、ベクターさんなどゲームダウンロード先へのリンクを張って頂けると嬉しいです。
 何やかや言いましたが「このゲーム俺が作ったんだぜ」とか言い出したり、内蔵素材の二次使用さえしなければ多分問題ないと思います。
 より多くの方にthisゲームを知ってもらいプレイして頂くことで、その反応や反省点を次回作に繋げていきたいと考えています(超真面目
 

■次回作情報
次回作のタイトルは『大脱出~Die/Dash to~(仮)』
舞台は洋館、マップの広さが相当大きくなります。地下合わせてなんと豪華4階層! スペクトラルタワーも驚きの階数ですね。
『それでも俺は勇者になれない・外伝』のガールズメンバー4人(アリエル・ソフラ・レノア・アクロ)を切替操作しながら、協力して脱出していくはず。
やったね、たえちゃん。製作にもプレイにも単純計算で4倍の時間かかるよ!
謎解きは、DashToの様な歯応えある文字系は勿論、倉庫番等のアクションパズル、論理パズルなども適度に増やすつもりです。
あとは、長いOP・ダルい調べ動作・ページ数多い日記などの気になる点が、次回作では改良される……多分。
風呂敷がどんどん広がっていきますが、製作進みましたら追加のお知らせが出来ると思います。

▲モドル

20130210 ヒント追加しましたー。

多くの方にプレイして頂いている様で、嬉しい限りです。
こうしてプレイする人の数が増えるほどモチベーションも上がっていくものです、ありがとうございます。
さらに辛口甘口問わず、レビューとか評価をして頂けると次回作の参考にしたりモチベーションが急上昇します、ぐへへ。
さてウェブ拍手にてヒントの要望がありましたので、ヒント集にヒントを追加しておきました。
Ending1の条件、Ending3について、火の対策とかそこら辺です。
行き詰まった方は参考にしてくださいませ。

行き詰まっちゃった方へのヒントページは ■コチラ■

▲モドル

20130131 ベクターさんに『脱出 ~Dash to~』Ver1.01 の登録が完了しました。

そんな訳でちょっと前に登録が完了していました。

■コチラ■(ベクターさんのページに飛びます)

引き続いて色々と模索中です。
臼井の会さんとこのキャラのイラストとか描いたことないし、ふわっと描いたりSD絵でアイキャッチとか次回作に使ってみたい願望。
時間がある内に色々とやっておきたいところです。

▲モドル

20130124 『脱出 ~Dash to~』Ver1.01 をUPしました。

というわけで、細かなバグや誤字を修正したバージョンアップとなります。
特にゲーム自体の大きな変更はありませんが……ノートの切れ端に関するヒントは分かりやすくしておきました。
結構詰まっている人を多く見掛けたのと、そもそもヒントが解り辛かったのと……まぁ、良いじゃん!
あと細かい挙動をちょこちょこ訂正させて頂いております。一階のイスとかね。
ヒントシステム云々と言ってましたが、結局サイトにヒント載せてしまったので、
ひとまずはこのVer1.01(2013/01/24版)でドデカイバグ報告が無い限りは最終版かなという感じです。
ベクターさんにファイル登録もしましたので、承認されたらリンク貼らせて頂きます。
また完成がいつになるかは未定ですが、この作品の雰囲気残しつつ次回作などの謎解きやら構想も練り始めております。
なので今年こそさぼらずに、ちょこちょことサイト更新出来たら良いな。

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『脱出 ~Dash to~』
RPGツクールVX製の脱出ゲームです。

本体のダウンロード先は ■コチラ■(ベクターさんのページに飛びます)

動作に必要なVX用ランタイムパッケージは ■コチラ■(ファミ通さんのページに飛びます)

使用素材サイト様などは ■コチラ■

行き詰まっちゃった方へのヒントページは ■コチラ■

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▲モドル

20130120 ヒントを追加しました

接着剤に関してのヒントを追加しました。
上のゲームダウンロード関係の辺りに置いてあります。
一応、こちらにも貼っておきます。

行き詰まっちゃった方へのヒントページは ■コチラ■

▲モドル

20130119 ヒントページ追加しました

上のゲームダウンロード関係の辺りに置いてあります。
一応、こちらにも貼っておきます。

行き詰まっちゃった方へのヒントページは ■コチラ■

▲モドル

20130117 脱出ゲームに関してのお知らせ

こんにちは、梨屋です。
『脱出-Dash to-』ですが、多くの方に遊んでいただけている様で心躍っております。
本当にありがとうございます。
その一方で暗号解けないんだよ畜生! とか言われているかと思うと、内心ビクビクしてます。
すいません、解り辛い暗号で……。
それと、ちょうどニコニコの生放送でゲームプレイされている方の配信があったのでしばらく観てました。
そちらの方は無事に全ED観ることが出来た様でホッとしてます。でもやっぱり一度詰まると時間かかるみたいです。
あとですね、ちまちまとしたバグやら改良点を発見しています。
進行不能になるバグも発見していますが、こちらは故意に起こそうとしない限りは大丈夫です。
後ほど、修正したものを再度UPさせて頂きます。

それと解り辛かった様なのでコチラで色々と補足させて頂きますと、
■観察コマンドによるヒント反応は基本的に3つでループします。1→2→3→1
 また他のアイテムとシステム共用してますので、例えばアイテムAのヒント2を見た状態で、
 別のアイテムBを調べるとヒント3が表示されることになります。

■アイテム使用時は、プレイヤーの位置だけでなく向きも判定基準となっています。
 そのため、そっぽ向いてると特殊コマンドが表示されないアイテムがほとんどです。

■アイテム欄直行がボタン操作によって可能ですが、イベント中は押さないで下さい。
 変な動作する恐れがあります。  割と忘れられている機能なので、今後のバージョンアップで消滅させるかもしれません。

■暗号が解り辛いとの反応が多いので、ヒントシステムを実装していく予定。
 どういうシステムにするかも含めて検討中です。

■主に某氏の台詞で詰まっている方が多いみたいです。
止まっている数字をよく見てから、彼の言う通りやってみましょう。

▲モドル

20130114 脱出ゲームが完成しました

あけましておめでとうございました。
大変遅くなりましたが新年の挨拶と共に、今年もMoonPearをよろしくおねがいします。
そして皆さま、長らくお待たせしました。
別に待ってないしというそこの貴方、そんなツンツンしないでください。
脱出ゲームが完成いたしました(ばばーん
待っていた方も、そうでない方も是非ともプレイして頂きたい所存でございます。
ゲームへのリンクは上にあります。

やっとエクシリア2とか体験用として貰ったゲームがプレイできる……。
アンマも続きが書ける、かな。

▲モドル

20121228 アンネとマールと夢見る瞳23
←22

 クッキー談義も終わり、いよいよ今後の予定について話し始めることになりました。
「そうそう、アンネ様。グリムから聞いたけど角蜘蛛が必要なのね? でも残念ながら数日前に売れてしまったのね」
「お取り寄せしてもいつ入荷されるか不明なのよね? お役に立てず申し訳ないのよね?」
「いえいえ。……となると何処か別のお店で探すしかありませんね」
「アンネ様。私達は指名手配されてますので外に出るなら変装しないと」
「ヒゲ眼鏡ですね」
「尚更目立つと思います」
「珍しい品だから、他の店にもなかなか置いてないと思うのよね?」
「捕獲しに行く手があるのね」
「グリモア、気は確かですか? 1マール強の蜘蛛ですよ?」
「1メートル50センチ……そんなに大きいんですか」
「角蜘蛛の体長は1メートルくらいなのね」
「……そうです、すっかり忘れていました。アンネ様、1メートルを1マールって呼ぶの止めてください」
「でもメートルよりもマールの方がなんとなく響きが可愛らしいでしょう?」
「ま、まぁ……そういう理由ならば別に良いですけど。それにしても、そんな巨大蜘蛛を持ち帰ったお客さんて凄くないですか?」
「高温で乾燥させると劇的に縮んで手のひらサイズになるのよね?」
「角蜘蛛は九割が体液なのね、皮膚組織も柔らかだから、マールさんなら拳の一撃でブシャッて仕留められるのねっ!
 あっ、そのネタ頂きなのねっ!」
「体液ぶっかけマール本ですか、完成したら報告をください」
「任せるのね」
「待って下さい。そもそも私、そういう気持ち悪い生物系は総じて苦手なので捕獲案には乗りかねます」
「いいですか、マール。これは体液ぶっかけ本の参考資――。
 いえ、この国の平和のために必要なことなのです。苦手なのは重々承知していますが、やってはくれませんか?」
「いいえ」
「そんな可愛らしくプイッて拗ねた顔しないで……そこを何とかやってはくれませんか?」
「いいえ」
「そんな可愛らしくプイッて拗ねた顔しないで……そこを何とかやってはくれませんか?」
「いいえ」
「そんな可愛らしくプイッて拗ねた顔しないで……そこを何とかやってはくれませんか?」
「いいえ」
「くっ。マール、貴方はなんて薄情な勇者だ」
「勇者じゃないです」
「しかし珍しいのよね? アンネ様以外であんな珍品をポンと買っていく人、滅多に居ないのよね? グリモア、買ったのはどんな人だったのよね?」
「んー、フードを目深に被っていたから顔はよく分からなかったのね。……ただ、アンネ様ファンクラブの会員に違いないのね。
 アンネ様ラブって大きく描かれたローブを着てたのね」
「何ですかそれ、怖いですね。ファンクラブなんて認可した覚えないですよ? 私がちょっと城下町に来てない間に一体何が――」
「アタシ達が立ち上げた非公式ファンクラブなのね」
「せっかくだから、アンネ様の認可が欲しいのよね?」
「良いですよ」
「やったのね。これで公式なファンクラブになったのね!」
「ファンクラブの皆も喜ぶのよね?」
「良いんですか、アンネ様。今さっき怖いとか言ってたばかりじゃないですか」
「認可にせよ無認可にせよ、怖いものは怖いです。しかし認可しておけばその組織がどのような活動をしているか情報が回ってきやすいでしょう。
 ところでその角蜘蛛を購入した人の特徴なのですが、ファンクラブ所属以外には何かありましたか?」
「んー……それ以外の特徴? 身長がマールさんくらいだったのね。それからフードから銀髪が見えたのね」
「身長が私くらいで、銀髪、アンネ様ラブのローブ、珍品をポンと買う……ふむふむ」
「結構絞り込める様な気もしますが……難しいですね。グリム、ファンクラブの会員を管理している名簿はありますか?」
「無いのよね? 年会費入会金無料で番号入りカードだけ発行してるのよね?
 普段の活動もアンネ様のキャラグッズを身に付けて何となく集まったりするだけなのよね?」
「主体性の無いファンクラブですね。もっとこう、会誌とか発行したりイベントを立ち上げるなどして私の人気度を高めてですね――」
「んっふふ! 良いアイデアなのね! アタシの作品をファンクラブの会員限定で販売したらきっと大人気に違いないのね!」
「公式ファンクラブになったし、今後はそういう展開も考えるのよね?」
「なるほど。そうなると私自身もファンクラブに入会しなくてはいけませんね、後で手続きをしておきましょう」
「もちろん、会員番号ゼロ番はアンネ様のために残してあるのよね?」
「素敵ですね!」
「あ、あの……アンネ様、盛り上がっているところ申し訳ないのですが、その角蜘蛛を買った人物に心当たりがあります」
「あら。マールの知り合いには私の大ファンで魔法材料を買うような人が居るのですか?」
「私の知り合いというか、アンネ様もよく知っている人物だと思います」
「ん?」
「リンネ様です」

→24

▲モドル

20121226 まぁ当日には間に合わなかったですが――。

紅莉栖升。
紅莉栖升

▲モドル

20121225 クリスマスです。

今年はケーキ食べたよ!

プレゼント忘れたフリをして脱ぎたてパンツを枕元に用意された靴下に突っ込み、
もしも見つかってしまったら良い子の皆には大人の階段を少しだけ早めに登っていただき、口止めするスタイルのサンタさんです。
クリスマスイラスト
DASHTOの年内完成は、だ、大丈夫……たぶん間に合う。完成はすると思う。ただ、公開は無理かなーと思います。
ほろほろっとデバックしてもらって、バグ取って修正したら公開出来るはず。
その間にエンディング別のイラストとか描けたら良いネとか考えてますけど、うん、ちょっと無理かしら……。

▲モドル

20121216 アンネとマールと夢見る瞳22
←21

 目覚めたマールに事情を説明すると、思ったよりもあっさりと納得してくれました。
 グリムとグリモアが部屋に入ってきた時には、両者に緊張の糸が張りつめたものですが、
 具体的には威嚇しつつ様子を窺う小動物の様な可愛さで両者が対立しそうになったのですが、
 それぞれをそれぞれに紹介する形で緊張が緩和されたのです。
「マールさん、本当にごめんなさいなのね」
「ワシからも謝罪をするのよね?」
「いえいえ。こちらこそ取り乱していたとはいえ、手間を掛けさせてしまって申し訳ない限りです。
 こうしてアンネ様共々助けて頂いた訳ですから心より感謝しております」
 その流れのまま、さきほどからグリムとグリモア、マールが謝罪大会を繰り広げています。
 端から見ていると、子供達がおままごとしている様で実に微笑ましい。
 謝罪の応酬が収束へと向かったので、お茶を頂きながら今後の話をすることになりました。
 幸いなことに高カロリーなお茶菓子があります。
 私だけが犠牲になるなんてそんなの許しません。この幸せな不幸は皆で共有すべきなのです。
 そんな訳で場所を移動してグリム魔法材料店のダイニングルームへと案内されました。
 部屋の印象としては、きっちりと片付けられた清潔な空間。
 円形の木製テーブルと二脚の椅子、食器棚、何に使うのか不明な各種調味料と香辛料がずらりと並んだガラス戸付きの薬品棚。
 他には何もない、すっきりとした部屋です。
 テーブルの上とかゴチャゴチャとしてドロッとした液体がこびり付いている様なのを想像していたのですが、どうやら私の認識は間違っていたようです。
 グリムが何処からか持ってきた追加の椅子に腰掛け、グリモアが何処からか四つのカップにお茶を淹れて運んできました。
 カップを覗くと、紅色の茶の底に黒色のドロリとした半固形物体が沈んでいます。
「ラブリーベリィっていう品種の果実で作ったジャムティなのね。ハート型の葉っぱは発酵乾燥させて茶葉として、
 小さな黒い実をジャムにして味付けに使っているのね」
 よくかき混ぜて飲むと美味しいのねと説明したグリモアは、スプーンでカップをかき混ぜてからコクンと一口飲みます。
 なるほど、この下に淀んでいるのはジャムなのですね。
「ワシ、甘酸っぱいのは苦手なのよね?」
 そう言ってカップに角砂糖をボトボトボトと三つか四つほど投入するグリム。
 男の子は糖分とか気にしないのでしょうか。
 マールが静かな動きで私の目の前に置いてあるカップを取ろうとしたので、
「それは私のカップです」
 手で制して、あえて咎める様な目つきを向けました。
「で、ですが――」
「マール。ここは私の友人の家ですよ」
 眉の毛をハの字にしつつも何か言いたげな表情だったマールは、やがて観念して自分のカップをさっとかき混ぜ飲み始めます。
 お茶が熱かったのか舌を出しながら酸っぱい顔して。
 猫舌なくせに無理をする子ですね、全く。
「どうしたのよね?」
 グリムは甘々になっているであろうお茶をクピクピやりながら、その様子を不思議なものでも見るかのように眺めていました。
「あ、いえ……その……そう。アンネ様のお茶をフーフーして、冷ましてあげようかと――」
 しどろもどろになりながら、取り繕おうとするマールの言葉を遮る様に、
「違います。マールが間接キスを強要してきただけです。この子は私のカップの縁全てを舐め回すつもりだったに違いありません。恐ろしい子です」
「んなっ!?」
「どっちが正しいのよね?」
「グリム、気にしないで良いのね。アンネ様が本物のお姫様だってことなのね。そんな事より今の間接キス強要のネタは頂きますなのね。ふふふふふ」
 ニコニコしながらグリモアが言いました。
「んー? よく分からんのよね?」
 なおも不思議そうな表情で小首を傾げるグリムは、さらに一個角砂糖を追加。
 彼の胃袋は近いうちに砂糖漬けになってしまうのではないかと、ちょっと心配です。
 皆に倣ってカップをかき混ぜてから口を付ければ、ほんのりとした苦み、それからベリィ特有の甘酸っぱさがやってきます。
 ふむふむ、これは良いですね。今度やってみましょう。
「さて皆さん。実はここにお茶菓子が用意してあります。テテーン」
 自家製の効果音と共にテーブルの上へドンと乗せた袋は、こうして見てみるとなかなかの存在感を放っています。
「あ、大臣から貰ったものですね。アンネ様、いつの間に……」
「そういう細かいことは気にしないで良いのです。さぁお好きなだけどうぞ。大臣の手作りクッキーですよー」
「クッキーなのよね? ワシ、クッキー大好きなのよね?」
「アタシも大好物なのね!」
 お茶菓子登場で俄然盛り上がる二人を、マールはやんわりと受け止めました。
「ちょ、ちょっとお二人とも少しだけお待ち下さい。さすがにこればかりは食べても大丈夫かどうか判断させて頂きます。
 何しろ大臣からの貰い物ですので――」
 まぁ毒が入っていないことは分かっているのですが、面白いので黙っておくことにしましょう
 マールは袋から一枚クッキーを取り出すと、まず半分に割って中身を確かめています。
「ふむ……何か入っていますね」
 グリムとグリモアは等分されたクッキーに興味津々の様子で、覗き込むように注視しています。
「ん、木の実なのよね?」
「ほほう。木の実の周りをコーティングしているのは砂糖でしょうか。男の人の手作りにしては凝っていますね、怪しさプンプンです」
「何の木の実か気になるのね」
 なるほど、材料屋を営む身としては素材から気になるものなのですね。
「では、頂きますよ」
 マールは半分になった黄金色を恐る恐る口に運びます。
 少女の小さなお口へと投入されるクッキーの破片。
 マールの顎が動く度に、サクッという軽い破砕音が響きます。
 彼女の神妙だった面持ちが少しずつ解けていき、恍惚の表情へと変わっていきました。
 コクンと、小さく喉を鳴らした後、ジャムティを一口。
 マールが発する言葉を待ちます。
「とりあえず大丈夫……だと思います。それどころか物凄く美味しい。あの大臣が手作りしたものだとは到底信じられませんが――」
 マールに勧められて、グリムとグリモアは子供らしく袋の中に手を突っ込むと、一枚ずつクッキーを引っ張り出しました。
 二人はまるで効果音が聞こえてきそうなポーズでクッキーを天高く掲げます。
「なんか心なしか輝いて見えるのね」
「そうなのよね? 不思議なクッキーなのよね?」
 クッキーをサクサクと食べ進める三人を見ていると、やはり小動物を思い出します。
「こんな美味しいクッキー、生まれて初めて食べたのね」
「うけけっ、美味しいのよね?」
「この風味と食感、そして携帯食としての機能性。綿密に計算され尽くして表現されていると考えるのならば確かに大臣らしいと言えますね」
 あぁ、こうして近くで誰かが甘い物を食べていると、イケナイとは分かりつつも、ついつい手が伸びそうになりますね。
 我慢、今は我慢の時ですよ。
「あ、そうです、お二人とも。これ見た目に反して一枚当たりのカロリーが物凄く高いらしいので気をつけて下さいね。
 おや、アンネ様は食べないのですか? 空腹ではまた貧血で倒れてしまいます。是非一枚どうぞ」
「私は、先ほど頂きましたので――」
 若干言いよどみながらも、素直に白状しました。別に悪いことしていません。
「……な、なんて危険な真似をっ! アンネ様に何かあったら私は――」
「だってお腹空いていたんですもの……。それに、この通り時間が経っても大丈夫ですし、貰う際に大臣が自分で食べてみせたでしょう。
 あまり心配し過ぎも良くありませんよ、マール」
「ですが――」
「確かに、出来れば一緒に食べたかったし、今みたいに忠告してもらいたかったですね。えぇ。それだけが心残りです」
「まさかアンネ様……美味しいからって二枚――」
「あーあーあーあー、聞こえなーい」
 私とマールのやり取りをニコニコしながら見ているグリモア。新作に期待が出来そうです。
「それにしてもこの木の実……不思議なのよね? グリモア、分かるのね?」
「んっふふ。さすがグリム、変な所で鋭いのね。確かに砂糖コーティングのおかげで木の実自体の味が完全に死んでいるのね。
 その他の要素に関しては、自然な風味を表現出来る様、綿密に計算している割に、この部分だけやけに無理矢理風味を殺していて不自然なのね」
 なんと、そこまで考えて食べてはいませんでした。
 マールがサクサクいわせながら四分の一になったクッキーを味わい、
「香ばしさとか食感が、木の実独特のものなのでは?」
「うけけっ、そこなのよね? マールさんの言うとおり一般的な感覚としてはそう感じるのよね? でも実際は違うのよね?」
「グリムの言うとおりなのね。木の実らしい香ばしさは生地に練り込まれた香料のものだし、
 食感は木の実というより何層も重ね掛けされた砂糖コーティングのものなのね。
 この木の実、クッキーの美味しさには何の貢献もしていないのね。だからこそ不思議なのね」
 さすが素材のプロです。
 香料か木の実自体の風味か、素人では気付かない様な細かい部分まで分析するとは。
「とはいえ何の木の実かは、アタシにも分からないのね。ここまで風味を殺されていると尚更なのね」
「少なくとも夢見の国近辺で採れるものではなさそうなのよね?」
「高カロリーの秘密がその木の実にあるのではないですか?
 つまりその木の実を取り除いて食べれば何枚クッキーを食べても大丈夫とか。試してみる価値はありますね」
「アンネ様、クッキー食べたいなら食べたら良いじゃないですか。食欲を知的好奇心でカモフラージュしようとしても無駄ですよ」
「くっ」
「機能性で役立っているという考え方は有り有りなのね。それなら色々と納得がいくのね」
「何にしろこのクッキー、不思議だけど美味しいのよね?」
「うん、美味しいのね」
「そうですね、間違いなく美味しいです」
 最終的に、クッキーが美味しいという結論に至った様子の三人。
 クッキーが取り出しやすい様に、袋を広げてあげます。
「さぁ、皆さん。摂取カロリーなど気にせず、どうせならもう一枚くらいずつ食べても良いんですよ?」

→23

▲モドル

20121208 アンネとマールと夢見る瞳21
←20

「なるほど。では私とマールは国中で指名手配されているのですね。恐らくお父様とついでに大臣を永眠薬で眠らせた疑いで――」
 グリムからある程度の事情を聞き、状況を整理するとそういうことらしいです。
「街の中は兵士で一杯なのよね?」
「迂闊に歩き回っても捕まりに行くようなものですね。しかし城に戻らなければ目覚薬も調合出来ないし、疑いが晴れることもない……困りましたね」
 そもそもどうすれば疑いを晴らすことが出来るのか。目撃者の証言を聞くのが一番でしょうか
やはり目覚薬を調合して、お父様の口から真実を聞くのが手っ取り早い様に思われます。
 しかしあの鉄仮面ググリオいわく、目撃者は私を見たと言っていたらしいし……。
「あ、そうです。グリム」
「何なのよね?」
「角蜘蛛はこちらに置いていますか? もしあるならば譲って下さい。もちろん、お金は払います」
「ふんふん。乾燥角蜘蛛なら在庫が一匹だけ残っていたはずなのよね? ちょっと倉庫を見てくるのよね?」
「お願いします」
 グリムがとてとてと部屋から出て行き、私とマールだけが残りました。
 マールの寝顔を覗き込んでみます。
 乾いた涙の跡が残っているものの、すやすやと寝息を立てる彼女の寝顔は、年相応の幼さを残していました。
「何か色々あったせいで疲れてしまいましたね」
 群青色の髪を撫でてあげながら、一人呟きます。
 私が調合した永眠薬が失われ、兵士何名かと、お父様そして大臣が永眠薬で眠らされ、私はその犯人として疑われ追われている。
 マールも、私の逃亡を手助けした罪でやはり追われる身となってしまったのでしょう。
 永眠薬を悪用した犯人として疑われているのは本当に辛いことですが、この子が私を信じてくれただけでも救われる思いです。
「マール。本当にありがとう」
 私がもう一度礼を述べると、それに応える様に、
 ――ぐぅるる。
 と、鈍く唸る様な音が聞こえました。
 一体この国に何が起きたのか、それとも起ころうとしているのか、それは私にもまだよく分かっていません。
 それでもこのままむざむざと捕まるつもりも毛頭ありません。
「私はこの国の王女ですものね。例えどの様な真実であろうとも、この目でしかと確かめるまでは前進あるのみです」
 ――ぐきゅる。
 そんな私の決意に返事をする様に、また響く様な低音が鳴りました。
「……マール。私のお腹からいびきを鳴らすのは止めて下さい。一体どういう仕組みになっているのですか、全く」
 すぅすぅと静かに眠る少女の横、そんな冗談を呟いてみても、ツッコミ役が居ないと虚しいものです。
 ともあれ、どうやら私はお腹が空いている様子。
 何か食べるものを探さなければいけません。
 グリムに聞いてみようかしら、でもマールを一人にはしておけないし。
 出来れば今すぐにでも何か食べたい。
 この部屋には何か無いのでしょうか。
 いやさすがに他人様の家のものを勝手に食べるつもりはありません。
 しかし世の中には既成事実とか事後承諾という便利な言葉があるのは確かです。
 部屋を見回すと、近くのテーブルに置いてあった袋から見覚えのある容器を発見。
 近寄って観察してみれば、容器のラベルには私の筆跡で薬品名が記されています。
「私が調合した睡眠薬……」
 もしかするとマールが逃亡する際に持ってきたのでしょうか。
 だとしたらグッジョブと言わざるを得ません。
 これがあれば、お城に忍び込む難易度がぐぐっと下がるはずです。
 袋、というよりは布で包んだだけの構造で、結び口を開いてみると、割れない容器に入った薬品を中心に持ってきた様です。
 中身を検分していると、
「あっ! こ、これは――」
 黄金の輝きを放つが如く目に飛び込んできた袋入りのそれを天高く掲げてみせます。
 効果音が聞こえてきそうです、しかも割と重要なアイテムを手に入れた時の様な。
 しかし誇張ではありません、今の私にとってそれはもう重要なアイテムでした。
 クッキー。
 何という幸運でしょう。これならば今すぐに食べても誰にも迷惑はかかりません。
 うっかりと忘れていることがありそうな気もしますが、都合の悪いことには目を瞑るものです。
 袋から一枚、クッキーを取り出してみます。
 クッキー自体はまさに黄金色に輝いている様にも見える、こんがりと焼かれた小麦の色。
 よく見てみると所々に粒々とした物が混入されているようです。
 木の実の様に見えますが、何の種類かまでは判明しません。
 行儀が悪いとは思いつつも、鼻を近づけて香りを確かめてみると、
「濃厚なバターの香りの中に、ローストされた木の実の弾ける様な香ばしさが……!」
 じゅるり。
 とりあえず手間のかかった物だということは間違いないようです。
 数秒だけ逡巡してから、有り難く頂くことに決めました。
 黄金色の円形を恐る恐る口に運んでいき、一口目をさくっ。
 むぐむぐと咀嚼。
 ごくんと嚥下。
 甘みの余韻に浸ってから、
「お、美味しい……!」
 素直な感想が漏れます。
 一口目、大体クッキーの二分の一を口に入れた瞬間、コクのある香りとほのかな甘みが口一杯に広がりました。
 濃厚ながらもしつこくない上質なバターの香りの上で、ローストされた木の実の香ばしさが。
 サクサクっとした軽い食感の上で、カリッとした食感が。
 それぞれの要素が、まるでタップダンスの如くリズムを刻み、緩急のついた味覚の演奏会を楽しんでいる錯覚に陥ります。
 甘み自体は決して強いものではありません。
 しかし木の実自体が砂糖の羽衣を纏っているおかげで、食感と甘みの度合いが噛む毎に目まぐるしく変化。
 絶妙なバランスの上を行ったり来たりして、飽きどころのない味を実現していると言えます。
 市販のクッキーよりも一段上の高みに上りつめたクッキー。身分で例えるならクッキー界のカリスマ。
 いえ、これはもうクッキーキングとかクッキークイーンと呼んでも差し支えはないでしょう。
 そんなひとしきりの賞賛をクッキーに捧げ、残りの欠片をたいらげます。
 一枚を堪能した後、もう一枚を一枚目の倍の時間をかけてゆっくりと味わいました。
 そうして二枚目を食べ終わった頃には、ほふぅと、思わず幸せな吐息が漏れ出します。
「も、もう一枚だけ」
 誰に言うでもなくそんな事を呟いて袋を覗いたところで、やけに満腹感があることに気付きました。
 あれだけ空腹だったにも関わらず、クッキー二枚だけでお腹一杯になるなんて。
 私の胃袋は何と可愛らしくささやかで控えめな性格なのでしょう。
 やはり臓器も持ち主に似てくるのかしら、などと他愛もないことを考えつつ、
 何か重要なことを忘れている気がしたので、このクッキーを貰った時のことを思い浮かべました。
 瞬間、危機感の冷たさがぞわりと背筋を撫でつけます。。
 おぞましい筋肉ダルマの裸エプロンを思い出した訳ではありません。
 一枚でお腹一杯になるという効果を思い出したのです。
 という事は、一枚で相当数のカロリーがあるはずです。
 そんな高カロリークッキーを私は間髪入れずに二枚、二枚も食べたのです。
 何てこと。
 クッキー二枚で、やけにお腹が一杯になったのは、これが原因で間違いないでしょう。
「大変です……運動、運動しないと」
 うわ言の様に呟きながら、とりあえずその場で足踏み。
 カロリーが吸収される前に燃焼させなければ取り返しのつかないことになります。
 しかし、これではあまり効果が無い気がしたので、ちょっと部屋を走り回ってみました。
 動き辛いドレスなので速度はありません、しかもそれほど広い部屋ではないのです。
 にも関わらず、十周くらいするとお腹の内側が痛くなりました。
 満腹状態で動くべきではないことを痛感、ついでに体力不足も痛感。
「うっぷす」
 王女らしからぬ呻き声が私の口から発せられました。
 何気なく、ベッドに眠るマールのシャツの裾をペロリとめくり、呼吸と共に静かに上下するお腹を見つめます。
 適度に引き締まったスリムな体型。
「ふぅむ……」
 マールのお腹をさわさわと撫でた後、指でお肉を摘もうとしても、摘むべき余裕が無いことに愕然としました。
 何てこと。
 一体どうやったらこんな羨ましい状況に……。
 私も運動不足解消を兼ねて武道を始めるべきでしょうか。
 いえ、女性たるもの少々肉付きが良い方が健康的ですし、魅力も増すというものです。
 それでも叶うのであれば、お肉はもう少し上側、効果的な部位に付いてほしい。
 そんな願いを込めながら、引き続きマールのお腹の感触を楽しんでいると、
「……くすぐったいです、アンネ様」
 声が聞こえた方向へと顔を向けると、ちょっと困った様な表情が私のことを見つめていました。
→22

▲モドル

20121206 脱出ゲーム製作日誌的な何か 01

どうも、梨屋です。
前回更新からたった三日しか経過していない……!
これはもう最近の更新頻度から考えると奇跡的と言わざるを得ないね。
今回は現在製作中の脱出ゲームについて途中経過とか報告しておこうと思います。
そうでもしないと中弛みしちゃったり、本当に作ってんだろうなこの梨の被り物が、とか言われかねないので。
まぁスクショだけなら適当にでっち上げることだって可能なんだけどね☆
そんな訳でタイトル画面ドン。
脱出ゲーム
タイトルはシンプルに『脱出 -Dash To-』でございます。
Dash toの意味に関してはアレです、深く考えずに語感でチョイス。

脱出ゲーム  脱出ゲーム
んで、本作主人公のアリエル。
とある事情で迷い込んでしまった家から彼女を脱出させるのが目的。
あ、顔グラフィック、キャラチップ、ウインドウスキンなどは今回も臼井の会様から借りております、ありがとうございます。
今回もアリエルが可愛いです。
臼井の会(香月清人さん)
臼井の会



脱出ゲーム
アクション要素満載! ……とまではいかないけれど演出もそれなりに頑張っています。
超地味エフェクトですが……まぁ実際プレイしてみたらちょうど良いと思う。様に調整します。
もっと派手な感じでやりたいけど、スクショのタイミングとか製作者の技術的にも限界あるよね。

脱出ゲーム  脱出ゲーム
家の中にあるアイテムを駆使したり、暗号・パズルを解くことで家から脱出しよう!
歯応えとかはよく分かんないですけど、こんな感じの暗号やらがちょこちょこ出てきます。
おじさんちょっと気合入れて暗号作っちゃったのでメモ帳やら電卓が必要になりそうなのがネック。
用意するのが面倒って人は仕方ないね……そういう人はドンドン仕舞っちゃおうね。

進行に詰まってしまった場合は、アイテムをじっくり観察してヒントを得ましょう。
脱出ゲーム
きっと何かしょうもないこととか、役立つことが分かるでしょう。
テストプレイの感想によっては、可能ならばヒントシステムも実装しようかなと思っています。
他の脱出ゲームみたいに攻略ヒントをテキスト反転で掲載でも良いのですが、RPGツクールで作っているのでスイッチ管理出来ています。
それならゲーム内でも出来るなぁという感じ、そっちの方が単純にヒント読むだけよりは面白みがあるし。
まぁアイテム観察時のヒントもあるので、進行ヒント無くても大丈夫かもしれない。
こればかりは周りの反応を見てみないことには分からないから……。
あ、それと本作にホラー要素は全くありません。
ブルーベリー色の怪物も追ってきたりしないので、まったりとじっくりと飲み物でも楽しみながらお楽しみ頂けるでしょう。

それとただ脱出するだけでなく、迷い込むまでの経緯・脱出後もそれっぽいストーリー仕立てになっています、なる予定です。
そのため脱出経路やら手順によっては、エンディングが変わるというマルチエンディング形式になる予定です。
トゥルーエンディングに至るためには、ストーリーまで含めた全ての要素を駆使しないといけない。予定です。
そんな感じのになれば良いなぁと思っている次第です。

弟と共同出資して手に入れたエクシリア2プレイして時間削らない限り、たぶん今年中には完成するはずです。
いや、たぶんです。テスト版しか完成しないかもしれないし。
そうすると、テストプレイしてもらって、バグを修正して……年明けとかになるかもです。
なのでー、まぁ次回更新いつになるか分かりませんが、完成やら報告などを少々お待ち下さいまし。

▲モドル

20121203 生存報告

結構前からですがTwitter貼り付けの仕様変更に伴ってウィジェット使わないといけなくなってしまったようです。
おのれTwitter。
ウィジェット使うとなると、ニンジャサーバーさんが許してくれないみたいで、設定しても表示されない様なのです。
おのれNINJA。
そんな訳で結構前ですが、気付かれない様にこっそり外しておきました。
年末が近いのでラフでも上げつつちょっとだけ更新しておきます。
←――中二病のくみん先輩になる予定   ――→サンタにでもなるんじゃなかろうか
くみん先輩になる予定 サンタになる予定
近況としては脱出ゲーム作っております。一応目標としては今年中の完成。
アンネとマールシリーズの続きもちょこちょこ書いたりしていました、最近書いていないので過去形です。
アンマ(略称・仮)の続きを待っている人が万に一つも居ないと仮定したところで、こんなに良い更新材料を僕が放っておくはずがない。
なので二話分くらいは更新すると思います、そのうち……な。
ところで最近インターネットブラウザをSleipnirからChromeへと移行したのですが、
Chromeだと上にあるページ内リンクが上手く働かないことに気付きました。
まぁ中には飛ぶ奴もいくつかありますけど(アンマだと1~11とか)、これだと機能していないようなものですな。
クリックしてもジャンプしない貴方。それはリンクミスではない。ブラウザの仕様だと思って諦めるんだ。
それにしてもこれって自分以外は使っていない機能なのではと気付いた時の悲しみは深かった。
おのれGoogle。

▲モドル

20121008 時計喧嘩

分針「時が1周する間に私何周したと思ってるの!? 12、12周だよ!? もう少し早く走りなよ!」
時針「ごめん、ごめんね……」
秒針「止めなよ。時ちゃんだって悪気は無いんだよ。ただそういう仕様なだけで――」
分針「秒には関係ないでしょ!」

――ブチンッ

秒針「あン?」
分針「な、何よっ!? 私よりちょっと身長高いからって、良い気にならないでよねっ! 」
秒針「ねぇ。あんた、もしかして自分が足早いとでも思ってんの?」
分針「そ、それは――」
秒針「違うよね? あんたがやっと1歩踏み出した時、こっちは1周してんだよ?」
秒針「自分を棚に上げておいて、秒ちゃんだけ足遅いって虐めるとか有り得ないよね?」
秒針「そういう悪い子にはお仕置きが必要だね」
分針「えっ」
秒針「あたし、しばらく走らないから」
分針「ちょ……ちょっと待ちなさいよ! そ、そんな事したらどうなるか解ってるの!?」
秒針「解ってるからそうするのよ。それにあたし関係ないし」
分針「冗談でしょ……。そ、そうだ、時。時も何か言いなさいよっ! このままじゃ……ってあぁ! あれ!? あの子何でいつの間にかあんなに離れた所に!?」
分針「秒、走りなさいよ! あんたが止まったままじゃドンドン時間がずれてくでしょ!?」
秒針「うっさいなぁ。アタシ、時ちゃんのとこ行くから。時ちゃんも久し振りに思い切り走れて喜ぶんじゃないかなー」
分針「そ、そんな……」

数時間後

A君「あれ、随分ズレちゃったな……」
きゅるきゅるきゅる
きゅるきゅるきゅる
きゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅる
時針「分ちゃん、走るのって凄く気持ち良いネ!」
分針「……ゼェゼェ……そ、そうね」
A君「うっし、これで」
分針「……や、やっと」
秒針「まだまだよっ、ぬぉぉぉぉぉ!!」

きゅるきゅる

A君「あれ、進め過ぎたか……あ、これ戻せないのかよ。もう、仕方ないなー」
分針「ちょ……待」

きゅるきゅるきゅる
きゅるきゅるきゅる
きゅるきゅるきゅるきゅるきゅる
きゅるきゅるきゅる
きゅるきゅるきゅる
きゅるきゅるきゅるきゅるきゅるきゅる
きゅるきゅるきゅる
きゅるきゅるきゅるきゅる

A君「あれ、心なしか分針が震えてる気が……まぁ良いか」
分針「ゥェップ……ゼェゼェ……」
秒針「これに懲りたら、時ちゃんの事遅いとか言わないことね」
分針「……ワ、ワカッタワヨ……ゼヒェ……」

時針「ふぅ、いい汗かけたね、分ちゃん」
時針「どうしたの? さっきから分ちゃんの膝ガックガクしてるけど大丈夫?」
分針「…………えぇ。問題、無いわ……」
秒針「クスクス」
分針「その……悪かったわね、時」
時針「ん? 何?」
分針「いえ、なんでもないの……気にしないで」
時針「それより分ちゃん、また追いかけっこしようねっ」
分針「ふ、ふんっ……。まぁ、考えておくわ」
秒針「クスクス」
分針「秒、通りかかる度にクスクス笑うの止めなさいよねっ! って、行っちゃったし」
分針「全く、あの熱血スポコン娘は……」


デジタル「君達、喧嘩は止めるん――」
――グシャ
A君「あっ」
デジタル「――」

▲モドル

20111231 ご無沙汰・大晦日

ann「アンネと」
mar「マールの」
nas「お悩み相談室リターンっ!」
ann・mar「!?」
nas「という訳で始まりました、アンネとマールのお悩み相談室リターン。今日は特別編なのでボクも参加します」
ann「マール。ちょっと聞きたいんですが、誰ですかこの梨の被り物被ったHENTAIは」
mar「アンネ様、よく見て下さい。これ、道歩いていたら確実に職務質問で引き留められそうな被り物してますけど、梨屋さんです」
ann「あ、あぁ……そうでしたか。確かに、この犯罪臭のする梨の被り物、梨屋ですね」
nas「うん、君たち何気に酷い事言うよね」
ann「で、何ですか今日は? 私達二人で始めようとしていたところに割り込んでくるとは、貴方もなかなか見上げた根性していますね」
mar「え、何ですかアンネ様そのゴーサイン。梨屋を葬れ?」
nas「やだ怖いだだだだだだッ!?」
ann「まぁ冗談です」
mar「なんだ冗談でしたか。やだなぁアンネ様ったら」
nas「関節極められ損じゃないかよ!」
ann「で、相談室リターンでしたっけ」
nas「そうそう。まぁ相談室というか特別編で。今日は大晦日だから一年を振り返る感じで久しぶりにやってみようかな、と」
mar「確かに私達出るのも久しぶりですからね。最終更新が7月ですか」
nas「……」
ann「梨屋、何か言いたいことがあるのではないですか?」
mar「そうですね。きっとありますよね、梨屋さん」
nas「なんというか、全力で放置しててすいません……」
mar「……これ、私達の台詞書いてるのが本人な時点で、もう許すこと確定ですよね。アンネ様」
ann「でも絶対に許さない。マール、ゴー」
nas「あれ、マールさん怖い顔してボクの背後に回りこんで何いだだだだ! 違っ! 人間の関節はfigmaと違って回らないのお!! あ、でもマールの柔らかい感触が背中に当たって若干心地良いわけないだろちくしょおおお……!」
ann「とりあえず進めましょうか。えー、今年の出来事ですか」
mar「やはり一番大きかったのは地震でしょうか……」
ann「そうですね。被災された方々には心よりお見舞い申し上げます」
mar「地震、凄かったですよね」
nas「大きかった。会社に居て身の危険感じたもの、今直ぐ逃げないとこのまま潰されるという位揺れてたから」
ann「梨屋がこの前観た夢は、あの時の感覚が脳内に残っていたのでしょうか?」
mar「あー。あれですね、崖の上にそびえ立ってる小屋の中に居たら、突然小屋が軋み始めてバランス崩してそのまま小屋ごと落ちていく夢」
ann「重力がリアルでしたよね。どうにかもがいて頭を守ろうとするんですけど駄目で、壁に叩きつけられたりして」
nas「あの時は頭打つ前に無理やり目覚めたけどな。確かに経験したことないのにあの重力の感覚味わうというのは、地震とか酔ってフラフラになったりした経験が混じり合って作用してるんだろうな」
mar「なら、同じ日に見たバナナの化石はどういう事ですかね? バナナ味の食べられる化石を発掘してて」
ann「あれは……梨屋の頭がどうにかしていたとしか」
nas「いやいや。スーパーで見掛けたバナナチップスが原因だろうよ」
ann「バナナチップス見掛けてバナナの化石かじる夢観るとか正直意味が分からないでしょう」
mar「ですね」
nas「悪かったな。良いんだよ、夢は奥が深いんだ」
ann「まぁそういう事にしておきましょう」
mar「それでは、梨屋さんの個人的に印象的な出来事は何ですか?」
nas「会社辞めたことかな」
ann・mar「あー……」
nas「やめて! そんな瞳でボクを見ないでっ!」
mar「梨屋さん、もう少し弄りやすいネタにして下さいよ」
ann「そうですね。自虐ネタはいただけません」
nas「自虐ネタのつもり無いんだけどなぁ……まぁ頑張って作品仕上げます。それだけです」
ann「梨屋、他には何か無いのですか?」
nas「えっとー」
ann「つまらない人生ですね」
nas「早い! ヒドイ!」
mar「そういえば、今年のクリスマスはケーキ食べなかったらしいですね。珍しい」
nas「そうね。結局ケーキ食わなかったな、ピザも頼まなかったし、お寿司も食べてない……シャンパンも……」
ann「つまらない人生ですね」
nas「放っといて!」
mar「何かクリスマスらしい事はしなかったのですか?」
nas「したよー」
ann「一瞬にやけて気持ち悪い顔になりましたね」
mar「アンネ様。腹立たしいのでこの話題止めましょう」
ann「そうですね」
nas「ねぇ、もう話すこと無いんだけど、どうしよう」
ann・mar「つまらない人生ですね」
nas「ちくしょおおお」
ann「今年は何を書いてましたか?」
nas「あー……そうだな。緋国語書いてー、俺勇書いてー、絵を数枚、で今書いてる奴かな……」
mar「早いとこ完成させて下さいとしか言いようがないですね」
nas「へい、精進します」
ann「マール、私そろそろ眠いのですが」
mar「早いですけど、まぁ良いでしょう。とりあえず梨屋さんは、更新するならもう少し早く準備して下さい、こちらにも準備があるんですから」
nas「へい。すいません、迷惑かけます」
mar「それでは私達もう眠りますんで、更新お願いしますよ」
ann「ではみなしゃま……よいおとしすやぁ」
mar「速攻で寝ましたね。では、良いお年をー」
nas「あいあーい。良いお年を」

ということで、なんか色々あった一年でしたな、本当色々な変化がありました。
何かしら作ろうと思ってたんですけど、結局作れなかったなぁ……まぁ来年こそという感じです。
とりあえず、完成させることを第一目標として動いていきたいですな、作らないと始まらないのでねー。
コミケで布物買ってる場合じゃないぜ、本気出さないとなッ!
なんか身のないつまらない更新になりましたが、何か出来たら更新するからするから!
んでは皆さま、良いお年をー!!

▲モドル

 
20110730 アンネとマールと夢見る瞳20
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 入り口から現れたのは、一人の少女。
「ぜぇ……はぁ……見ぃつけたぞぉ……」
 群青色の髪を揺らしながら、フラフラとした足取りで荒い息をして、真っ白だったワイシャツもタイツもボロボロ、ところどころ破れかけて肌色が露出しています。
「あれ、マール……?」
 マールの瞳には、何故か怒りと狂気が宿っており、身体中から殺気が滲み出ている様な気さえしました。
 その危険な視線が私を捉えると、表情がパァっと明るくなります。
「あ、アンネ様! ご無事で……!」
「え、えぇ……よく分かりませんが、無事ですよ?」
 私が声を掛けると、マールはホッと胸を撫で下ろし、そしてまた表情を厳しい物へと変えます。
「良かった……。では今すぐ、その化け物達から離れてください……外に逃げましょう!」
「駄目なのよね! 今外に出たら、アンネ様もマールさんも、一緒に捕まっちゃうのよね!」
「へ……? 化け物? 捕まる? どういうことですか?」
 頭の回転は今まで以上に良いはずなのに、今この場の状況が意味不明なので、もはや何が何だか理解出来ません。
「鎮静剤飲まされた上であの拘束具を引きちぎったのね……。きっと今のマールさんなら夢見の国全ての兵士が束でかかっても、捕まえられないのね」
「グリモア、そういう問題じゃないのよね? 馬鹿なこと言ってないで……早く抑えるのよね?」
「うぅ……怖いのね……」
 ポケットから何かを取り出して飲み込んだグリモア。
 目にも留まらぬ俊敏な動きでマールの背後に回り込むと、その身体をガッシリと羽交い締めにしました。
「はっ、離せ! こんのっ、化け物がぁ!」
「んっふ、ふ……! 化け物て……だから違うと何度も言ってるのね……化け物は、マールさんの方、なのね!」
「えぇと。こ、これは……どういうことですか?」
 私は、その様子を唖然としながら見ていました。
「詳しくは、後で話すのよね? 今は、マールさんを落ち着けるのが先なのよね?」
 そろりそろりと、マールへ近寄っていくグリム。
 その手には、青色の液体が入ったスポイトが握られています。
「ーーッ貴様らぁあああ! アンネ様に少しでも手を出してみろ! 地の果てまで追い込んで、ぶち殺してやるからなぁあ!」
「ひぃぃ!? ハ、ハムより数千倍おっかないのよね……? 殺気だけで殺されそうなのよね?」
「グリムぅ! 早く鎮静剤飲ませるのね! 抑えているコッチの身にもなるのね! 筋力増強しても、これ以上はッ、無理なのね!」
「えぇと、グリモア。マールさんの、口を開けてほしいのよね?」
「……グ、グリムが……じ、自分で開けるのね……」
「また薬か! やってみろ! 貴様のッ、指ごと、噛みちぎってやるッ!」
 牙を見せて威嚇する獣の様に、マールが吼えます。
「えぇぇぇ!? 嫌なのよね! これ絶対本気で噛みちぎられるのよね!?」
「アタシは、手足抑えるだけで、精一杯なのね……喰い殺されるより、まだマシだと、思うのね!」
「私達を喰い殺そうとしたのは、貴様らの方だ! この化け物、めッ…………!」
「だから……あれは冗談だったのね。ちょっとした出来心で……グリム、早くするのね!」
「な、何で飲み薬にしたのよね? 注射剤に改良するのよね?」
「むぅ。グリムのくせに生意気なのね……次からそうするのね……」
「あ、あの……事情はよく分かりませんが、とりあえずマールを落ち着ければ良いんですね?」
 おずおずとグリムに問いかけると、彼はコクコク必死に頷きながら答えます。
「そうなのよね? ただ、そう簡単にはいかないのよね? マールさんは幻覚薬を吸ったせいで、ワシ等のことを化け物だと誤解しているのよね?」
「……なるほど」
 そろりそろりと羽交い締めにされているマールに近付きながら、彼女に声を掛けます。
「マール? 私の声が聞こえますか?」
 すると、それにピクリと反応してマールが顔を上げました。
 泥とよだれと血と涙でグシャグシャになった表情が露わになります。
「アンネ様……」
 非常に弱々しい心底疲れ切った声で私の名を呼ぶマール。
 私が気を失っている間に、本当に色々な事があったみたいですね。
 さらに近寄って、グリモアに目配せで合図をしました。
 グリモアは、グリムと私を交互に見つつ、不安な表情をしながらも、マールを羽交い締めから解放してくれます。
 膝から崩れ落ちそうになるマールをギュッと抱き留めながら、床へと座り込み、
「ありがとう……マール」
 まずは、心からの感謝の言葉を耳元で囁きました。
 何があったかは分かりませんが、マールがここまで必死になってくれた事を考えるだけで、胸が熱くなります。
 子供をあやすように背中を優しく叩き、乱れに乱れた群青色の髪の毛を優しく撫でながら、自分も昔こんな風に母上にあやされた記憶をふと思い起こすのでした。
 こんな時、子守歌でも歌ってあげられれば良いのですが、母上の口ずさんでいた子守歌のメロディーがどうしても思い出せません。
 仕方なく「怖くない怖くない」と囁き続けます。
 グリムとグリモアは、そんな私達の姿を何故か正座の姿勢でジッと眺めていました。
 しばらくすると静かな寝息が聞こえ始めます。マールが安らかな表情で眠っているのを見て、安堵の溜息を一つ。
 膝下に手を入れてヒョイと持ち上げると、軽々と持ち上がるほどに軽い体重。
 こんなに小さな身体で無茶して頑張っている姿を思い浮かべると、やはり心配してしまうのもやむ得ません。
 とはいえ当の本人にそんな事を言えば、小さくないと即否定されてしまいますが。
 マールをベッドへと運んで寝かしつけると、彼女の手が私の服の裾を掴みました。
「あら?」
 どうやら寝ぼけているみたいですね。
「……行っちゃ、ヤダ……」
「ぐはぁ……!!」
 魂を打ち震わすほどの衝撃と感動が、私の脳内を駆け巡りました。
 普段ならしっかり者のマールが、まるで幼児退行しているかのごとく可愛らしさ全開の声で私に甘えてきているではありませんか!
 鼻を押さえますが、うん、大丈夫。鼻血は出ていないようです。
 それにしてもこの威力の凄まじさは、私の我慢の限界など軽々と凌駕して、人前だというのに過ちを犯させようとします。
 今の無防備な状態ならあるいは、
「……ママ……パパ……」
 消え入る様に囁かれた小さな声。
 閉じられた瞳から涙がこぼれ落ちているのを見て、私の邪な感情が頭を引っ込めます。
「大丈夫。ずっと一緒ですよ」
 マールの手を握ってあげながら声を掛けると、彼女はまた安らかな寝息を立て始めました。
 色々と危なかったですね。
 一息ついたところで、感激した様子のグリムとグリモアが、音を立てずに拍手をしながら近寄ってきました。
「凄いのよね? あれだけ凶暴で化け物じみたマールさんが、あっという間に子猫ちゃんなのよね?」
「もう、アタシはてっきり睡眠薬を口移しで飲ますものだと期待していたのね!」
 グリモアがはぁはぁ言いながら、両手の拳を握りしめて熱く語り始めます。
「ダメです私とアンネ様では身分が、そんなの関係ないわ、何も言わずに今はただ私に身も心も任せて……そして二人の唇は急接近、熱いキスを交わしつつ睡眠薬を口移しで飲ませたアンネ様は、完全無防備になったマールさんの服をはだけさせ、膨らみかけながらもみずみずしい小ぶりなおっふみゅっ!?」
 グリムの指がグリモアの脇腹に刺し込まれることにより、彼女の妄想垂れ流しがストップされます。
「うけけッ」
 が、なおも止まらないグリムの指遣い。
 そういえば、グリモアの弱点は脇腹でした。
「……グリム、止め……のね……やめっ……んひぃッ!」
 グリモアは、甲高い声を上げてビクビクンと痙攣したかと思うと、その場にへたり込んで途端に大人しくなってしまいました。
 荒い息をつきながら、恍惚の表情を浮かべるグリモア。
「ちょっと、自重するのよね?」
 グリムの呆れた様な視線が、グリモアへと注がれます。
「そうです。薬を飲ませて無理矢理なんて、ダメ絶対」
「アンネ様……そういう問題じゃないのよね? あまり騒ぐと、マールさん起きちゃうのよね?」
「あ、確かに」
 稀に思い出した様に空気を読むグリムに感謝しなければいけません。
 せっかく寝かしつけたマールが起きては困ります。
 マールにはしばらくの間、ゆっくりと休んでもらうことにしましょう。
「とりあえずグリモアは、アンネとマールといけない遊びの続きを書く作業に戻るのです。さぁ、早く」
「んっふふ。アタシの筆が、唸るのねッ……!」
 目を爛々と輝かせつつフラフラと立ち上がったグリモアは、何処かへ行ってしまいました。
 そんな思春期全力で逆走中の妄想少女を視線の端に捉えつつ、私はグリムへと向き合います。
「さて、それでは詳しい事情を聞かせてもらえますか……」
→21

▲モドル

 
2011713 夏未完

◇夏未完

「……死、ヌ……」
 呻くように、今の僕の気分を表してみる。
 これは別に、今の僕が槍で貫かれて胸から血ダクダク流して瀕死の状態であるとか、もしくはゾンビに首を噛まれたせいで、
 まさに今僕の身体がゾンビ化しているとか、そういう超常現象的な出来事が起こっている訳ではない。
 窓から差し込む真夏の日差しをモロに身体に浴びて、天日干しされる干物の思いを味わいながら、扇子をパタパタとさせているのが僕、日向夏稔。
 県内の高校に通う、青春真っ盛りでピッチピチの高校二年生だ。
「おい……手が、止まっておるぞ」
 そして僕の隣で、僕の扇子に扇がれながらぐったりしている、白いワンピース姿のだらしない女の子、名前はイズという。
 腰まで伸ばした、艶やかでサラッサラの黒髪、日焼けを知らない色白の肌、クリッとした大きな瞳、まぁ今は気だるそうに半眼で僕を見ているけど。
 何しろ見た目が凄く幼くて、小学生か幼稚園児くらいなんだけど、知識も豊富で、口調がやけに古めかしい女の子。
 どうでも良いことだけど、彼女は自分が神さまだと名乗っている。
 自称神ってやつだ。
「イズ、暑いよ」
「妾だって暑いのじゃ」
 口を尖らせながら、イズが言う。
 現在は八月上旬。
 夏真っ盛りだから、暑いのは仕方ないとは思うけど、ここ数日僕の住む県は、というか僕の住む戸坂市は、異常な程に気温が高い。
 この前なんか、確か最高気温が三八度を記録して、人間の平均体温超えるとかどういうことなのって思った覚えがある。
「神さまなら、この土地を涼しくしてよ」
「温湿度管理は、妾の管轄外じゃ」
「管轄外って……」
 神さまの世界も、どの部署が何の仕事を担当するとか、厳格に決まっているのかもしれない。
 つまり、イズの管轄外の仕事だと、何も出来ないということかな。
 それじゃあ仕方ないよね。
 そこで、僕はひとつ提案をしてみることにした。
「じゃあさ、土地を涼しく出来る神さま呼んでよ」
「だるい」
 この神さまは何も出来ないということが分かった。
 使えない神さまだなぁ。
 イズが僕の部屋に住み着いてから、もう二ヶ月近くが経とうとしている。
 何のために来たのか、いつまで居座るつもりなのか、問いただそうとしてものらりくらりとした態度で誤魔化すんだ。
 イズが初めて僕の部屋を訪ねてきた時は、ドアを開けると目の前にワンピース姿の可愛い少女が居て、
「妾をお前の部屋に住まわせろ。さもなくば世界が滅びるぞ」とか言い出した。
 あの時はさすがに身の危険を感じたので無視を決め込もうと、間に合ってますと告げ、ドアに鍵掛けて追い出したんだけど、
 しばらく経ってからドアの前でピーピー泣き喚き始めたせいで、可哀想になって入れてあげたんだ。
 あとであれが嘘泣きだと知って、少しだけ後悔したんだけど。
 そもそもイズは、何の神さまなのかすら教えてくれないし、そういえばここに来てから、神さまらしいこと何一つしてない気がする。
 それでも僕がイズを神さまだと信じているのは、
「ほれ、せっせと扇ぐが良い。さもなくば世界が滅びるぞ」
 この尊大な態度だ。
 偉そうに、膨らみかけながらもささやかなに自己主張する胸を、精一杯張ったイズは、早く扇げと言わんばかりに、顎で指図してくる。
 見ず知らずの人の部屋に居候している身だというのに、こんな尊大で傍若無人な人間が居てたまるかと、僕は思うよ。
「そうだ! 扇ぐの代わり番こにしよう」
 僕がそう提案すると、
「よし、断る」
 呆気なく拒否されてしまった。
 本当、だらしない神さまだなぁ。
 溜息をひとつ吐いて、それでも僕はイズに向けて扇子をパタパタさせ始める。
 なんか涼しくなる方法ないかなぁ。
 さっきから窓は開けてあるんだけど、風が入ってくる気配は全くない。
 何故か知らないけどここ最近、扇風機も動いてくれないし、やはり涼しくなるためには自分で自分を扇ぐしかない。
 でも自分で扇ごうとすると、イズが不機嫌になるから、それは出来ない。
 そもそもこの扇子もイズが用意してくれたもので、もともと僕の部屋には扇子が無かったんだ。
 僕の部屋にはセンスが無い……。
「っふ」
 思わず笑ってしまった。
 これは、是非イズに聞かせなければいけない。
 そう思ってイズを見ると、僕に扇がれて心地良いのか惚けた顔で口を開けながら微睡んでいる。
「ねぇねぇ、聞いてよ」
 僕が声を掛けてイズを揺らすと、彼女は明らかに不機嫌な顔で、面倒くさそうにコチラに目を向けた。
 半眼で僕を睨みつけているイズ、何でそんなに不機嫌なのか考えてみたら、僕の扇子を扇ぐ手が止まっているからなのかなと思いついた。
 そこで僕は彼女のご機嫌を取るため、扇ぐ手を強めて精一杯の風を送る。僕の繰り出す強風になびかれて、イズの長い髪が乱れに乱れ始める。
「……ちょ、強っ……」
 イズは、その風に耐える様に顔を背けていた。
「聞いっ、てよっ、イズっ!」
「聞いてやるから、落ち着け。まず扇ぐのをやめろ」
「わかった」
 素直に言うことを聞いて、扇ぐ手を止めると、イズは髪の毛を手櫛で整え始めた。そうして、迷惑そうな顔で、こちらを見つめ返してきた。
 あれ、調子乗って扇ぎすぎたかな。
「で、何じゃ?」
「ふっふっふー……イズ。僕の部屋にはセンスが無い!」
 僕は夏の暑さに負けることなく元気一杯にそう宣言した。
 今の僕の顔は、自信満々の表情に違いない。
 イズの反応を窺うと、キョトンとした顔で、こちらを不思議そうに眺めている。そして、
「…………あ、あぁ。そうじゃな」
 納得された。
 部屋の中に静寂が訪れた。
 暑い部屋の中で見つめ合う二人。
 時間が止まった様な錯覚を抱いた。
 しばらくして、イズが口を開いた。
「それで?」
 そうやって、疑問調で、僕に尋ねてきた。
「それで、とは?」
 僕も、イズへと疑問調で尋ね返した。
「この部屋には扇子が無い、だから妾が貸してやったではないか。それで? お主は、その扇子に関して、何か不服があるのというのか? 文句を言うなら返すが良い。それ、特注だから案外高いんじゃぞ。もう少し扇いでもらったら、今度は妾がお主を扇いでやろうと思っておったのだが、もう良い。返せ、妾が、自分で、扇ぐっ」
 冷ややかな目をしたイズは、その様な事を早口でまくし立ててから、僕の持つ扇子を取り上げようとしてくる。
 おやおや?
 おかしいぞ?
 何が起こった?
 何故彼女は怒った?
 駄洒落に気付いてない?
 僕は、彼女の手から逃れる様に、手を高い所に上げて扇子を取り上げられるのを阻止する。
「あの、イズ。今のは、扇ぐ方の扇子と、感覚を感じる方のセンスを掛けていて……駄洒落だったんだけどね」
 自分の言い放った渾身の駄洒落の説明をしなければいけない瞬間というのは、いつだって切ないものだよ。
 すると扇子を引ったくろうとしていた可愛らしい小さな手は動きを止め、次いで気まずい沈黙が訪れた。
 しばらくの間、無言の二人。
 先に口を開いたのはイズだった。
「あー…………駄洒落で身も心も寒くなろうと、そういう魂胆だったのか」
「ま……まぁそんなところ、かな」
 いや、そんなつもりはさらさらなかった。もの凄く面白い駄洒落を思いついたから、誰かに言いたかっただけなんだけど。
「だが確かに、親切で貸してやった扇子に文句言われたのかと、妾の心は凍てつく思いだったぞ」
「……なんかごめん」
「ふん……こっちこそスマンかったのう」
 最初からそれほど高くなかった二人のテンションも、今の出来事のせいで、だだ下がりになってしまった。
 僕は、気まずい思いをさせたお詫び代わりに、またイズに向けて扇子をパタパタと扇ぎ始める。
 今度は、優しく扇いであげることにした。
「ふみゅう」
 気持ち良さそうに、それに応じるイズは、目を閉じて優しい風を楽しんでいる。
 心地良さそうなイズの表情を眺めていられるなら、こうして扇ぎ続けるのも悪くはないと思う。
 確かに暑さは感じるけど、最近は手の疲れもそれほど感じないからなぁ。扇子を扇ぐレベルが上がったのかもしれない。
「やはり、お主の扇子捌きは見事じゃのう」
「それは、褒められてるのかな」
「勿論じゃ、誇って良い」
「どうも」
 それにしても、さっきの不機嫌なイズはちょっとだけ怖くて背筋がゾクゾクっとした。体感的には気温が二、三度低くなった気分だ。
「あ、怪談だ。怪談話すれば良いんだ」
 僕がそう提案してみると、イズも興味深そうに起き上がり、こちらへと顔を向けた。
「ほう……怪談とな」
 そう、夏と言えば怪談話だ。
 怖い話を聞いて、背筋がゾクゾクっとすれば、どれだけ暑い夏だろうと、涼しい気分になれるに違いない。
「そうだなー。それじゃあ僕が知っている怪談をいくつか話すよ」
 こうして僕は、手持ちの怪談話をお披露目することと相成った訳だ。
 だけど、この作戦を決行してから三十分くらい経ったところで、僕は後悔することになる。
 ……。
 …………。
 ………………。
「………………それはァ、お前だようッ!!!」
 僕が怪談のオチの部分で大声を上げてイズを指差すと、
「ふーん?」
 首を傾げるイズ。
「どう、どう? 怖かった?」
「ふぅむ? 今の話のどの辺りに怖い要素が内包されていたのか、教えてもらえると助かるのだが……」
「……あ、えぇと……今の話はね、殺したはずの人間が何故か目の前に居て……」
 こうして、ひとつの怪談が終わる毎に、何が怖い部分かを教えてあげないとイズが理解してくれない。
 そのせいで、僕は何遍も怪談のオチの説明を余儀なくされた。
 このやり取りをかれこれ五、六回ほど繰り返している。
「のう……全く涼しくないのだが……」
「だねぇ」
 むしろイズに理解してもらおうと、ムキになって説明するせいで尚更暑くなってきた気分だ。
「……ちょっと休憩しようか」
「んむ」
 僕が背中から倒れ込むと、イズは僕から扇子を取り上げた。
 やっと自分で扇ぐ気になったのかな、と思っていると、何と、僕の方に向けて扇子をパタパタさせ始めたではないか。
「おおお。ありがとうー」
 僕がお礼の言葉を述べると、
「ふん、たまには妾も扇いでみたかっただけじゃ」
 イズは、恥ずかしそうにそっぽを向いてしまった。
 それでも扇子を扇ぐ手は止めない辺り、健気だなぁ。
 そうして、しばらくパタパタと扇子を上下させていた手が、不意に止まる。
「のう……」
 普段の尊大な態度とは違って、珍しく控えめでオドオドしている声色で、イズが僕に掛けてきた。
「んー、何?」
 そんなイズへと視線を向けると、
「いや……なんでも……」
 そう言ってプイっと顔を背けて、僕から目線を外した。
「えー?」
 彼女は何かを言い淀んでいるかのように、口元をムニャムニャさせて恥ずかしがっている。
 これは、何を言おうとしているのか、凄く気になるところだ。
「何、今何か言おうとしたよね?」
 イズの顔をのぞき込む様に、しつこく食い下がってみると、イズは観念したのか可愛らしく小さな唇を動かした。
「むぅ……いや、せっかくだから、その……妾もひとつ怪談話をしてやろうと思うて、な」
 おお。
 僕の怪談話を物凄くつまらなそうに聞いていたイズは、実のところ、自分で怪談を話す気満々だったらしい。
「わぁ! 神さまの怪談なんて聞いたことないよ、凄く楽しみだ!」
 僕がイズに向けてそう言うと、彼女は途端にキラッキラと目を輝かせて、口元を嬉しそうにニンマリさせた。
「お……? おぉ? そ、そうか? よしよし。それでは話してやろう!」
 なんて良い笑顔だ。
 こんな笑顔、イズがこの部屋に居座り始めてから今まで見た覚えがないよ。
 よほど話したかったに違いない。
「コホン。これは、妾の知り合いの話なんじゃが……」
 イズが語り出した怪談話の内容はこうだった。
 その鏡に姿を映すと死んでしまうという噂の呪われた鏡。
 ある人間が、好奇心に耐えきれずに鏡を覗き込むと、そこにはおぞましい幽霊の姿が映り込んでいて、あまりに驚いたせいで死んでしまったというお話だ。
「……どうじゃ、怖かったろう?」
 何となく間が抜けた話だったとは思うけど、イズの語り口調がやけに技巧的で芝居がかっているせいで、僕も思わず身震いしてしまった。
「うぅ。イズは話し方が巧いなぁ、凄く怖かったよ」
「ふっふっふぅ……そうじゃろ、そうじゃろ」
 イズも腕を組みながら満足そうに何度も何度も頷いている。
 あまりに怖い話だったせいで、僕は尿意を催してしまった。
「ちょっと……お手洗いに行ってくる」
「行っトイレ、なんてな」
 背筋に氷水を流し込まれたような寒い駄洒落を浴びせかけられた僕は、
「あ、ははは……」
 乾いた笑いで肩を震わせ、それに軽く反応してみせる。
 それにしても、こんな事言うなんて、イズはかなり機嫌が良くなったみたい。
 イズの機嫌が良いのは何よりだね。
「ところで、お主は幽霊みたいな存在が居ると信じているか?」
 不意にイズが、そんな事を問い掛けてきた。
 立ち止まり、振り返って、僕は答える。
「いや? 信じないよ。だって見たことないもの」
「ふーん……霊感は無かったのか?」
「全く無いね」
「ふむ。そうか」
「うん。そうだよ」
「ならばそこの鏡が、妾が今話した呪われた鏡だと言ったら、どうする?」
 イズの言うそこの鏡とは、手洗いの所に設置された鏡のことだろう。
 いやそんな馬鹿な、この鏡は僕がこの部屋に住み始めた時からずっと使っている鏡だし。
 僕は、その鏡を躊躇うことなく覗き込んだ。
 鏡には、部屋の内装と、背後に居る白いワンピース姿の少女の姿しか映っていない。
「どうじゃ? 何も、映ってないか?」
「あはは……大丈夫だよ。何も映り込んで無いよ?」
 良かった、やっぱり嘘だったんだ。
「本当に何も……?」
「うん。なーんにも」

▲モドル

20110626 緋国語(ひのくにがたり)



「なぁ、そこのアンタ。アンタだよ、アンタ」
「あ、ちょっと待ちなさいよ、何食わぬ顔で通り過ぎないで頂戴」
「緋国語」
「……お主、この単語に聞き覚えは無いか?」
「そうですか。では、私が貴殿に語ると致しましょう」
「これは悪名高い羅生門に関する知られざる秘密なのです。あくまで人伝で聞いた話なのですけどね」
「羅生門って言ったら、あの羅生門すよ! その他にどの羅生門があるんすか」
「どうじゃ、聞きたくないかのう? 聞きたいじゃろう? 何、聞きたくない?」
「なんでーどうしてーきいてってー」
「羅生門、本能寺、緋国政府、過去、大罪、歴史、覆す」
「よしよし、それじゃあ耳貸しな」
「………………もにゅもにゅ」
「どや、信じられへん話やろ。真実なんやで、それ」
「嗚呼、如何にも。よもや緋国がそんな事態に陥っていようとは、流石に誰一人として気付かなかったでござろうな」
「いやいや本当にぃ、これからが大変だわぁ? 緋国もぉ、僕もぉ、勿論、この話を聞いた君もねぇ」
「あっはっは! ゴメンね。実はね、この話にはね、続きがあるんだよね」
「はい。この話を聞いた人間は五人以上に同じ話を伝えないと羅生門の怨念にとり憑かれて殺されると云われているのでございます」
「ただし、緋国の人間の中には鬼と呼ばれる奴らが混じっていてよう、間違ってそいつらに緋国語を語ろうもんなら、てめえはその場でお陀仏なんだってよ。
ま、何にせよ、気ぃ付けるこった」
「嘘じゃないよ? 本当だよ? 実際に死人も一杯出てるらしいよ?」
「何? その話を他の誰かに伝えたかだと? 貴様は阿呆か。勿論伝えたに決まっているではないか。私はまだ死にたくはないからな。
何? 誰に伝えたかだと? ふむ、それは言ってはいけない決まりになっているのだ」
「あら、ちょっと。そんな怖い顔しないでおくれ、悪かったってば。お前さんも、鬼以外の五人の真っ当な人間に同じ話をすれば助かるんだよ。
やだねぇ、刃物なんか取り出しちゃって。そんなちっぽけな刀で、羅生門の怨念に対抗出来る訳、ないだろう?」

▲モドル

20110615 コメント返信

気付けば、久しぶりにコメントが来てたようですね。

06/06 22:19 peropero
<うん、ちょっと頭冷やそうか?

▲モドル

20110602 六月デスヨ

 何やかやありましたが、既に一年の内半分が経過しております6月でう。
 早いですなぁ……。ホント早い。一体何が起こった。
 黄金週間も瞬く間に過ぎていき、アニメ観たり、ゲームやったり、ニコニコしてたらもう六月デスヨ。
 今期アニメは溜め込まない様に、ちょくちょく観ております。
 Twitter上で何か良く分からない単語とか固有名詞が出てきたら、大体アニメか創作の話です。
 あなる可愛いとかエリオペロペロとか言い出しても、あまり深く気にしないで下さい。
 でもたまには食いついて来ても良いのよ。
 エリオといえば、僕は友達が少ないアニメ化決定したそうで、楽しみな限りです。
 巷では中身無いとか言われてますけど、例え中身スッカスカだろうとそれを楽しんでいる人が居る限りは、
 そういう作品もあって良いんじゃないかと思っています。
 重厚なテーマに沿ってとか、そういうのも勿論構いませんけど、頭空っぽにして観れる作品は休日のお昼時に最適なのです。
 まぁ世の中がそんな作品ばかりになってくると、ちょっと飽きちゃうかもしれませんね。
 けど、そこら辺は時代の流れが修正してくれるはず。
 とりあえず、株式会社ガスト様よりアーランドの錬金術師3メルルのアトリエが6月23日に発売されます。
 何故か幼くなったロロナやすっかり大人になってしまったトトリと共に、また冒険しようぜ。
 と、サポーターらしくしっかりと宣伝したところで、こんばんは梨屋です。
 以前からUPしております『とさかか』ですが、味付けし直しついでに、序盤のみほんのちょっとだけ公開します。
 今後この作品はこんな感じで書きますよーという方向性を感じ取って頂ければ幸いです。
 当分の間は現在進行中の『緋国語 -ひのくにがたり- 』という和風ファンタジー(?)を執筆。終わり次第アンネとマール。
 という流れで書いていけたらなと、内心ほくそ笑んでおります。
 もっと時間があればなとは毎度ながら考えますけど、仕方ないよね。
 ちょっと人生相談とかしたいアンニュイな気分の時もありますので、周りの方々に迷惑かけるかもしれません。
 その時は宜しくお願いしますに。
 と。いうことで一人称視点かつライトテイストに仕上げた『とさかか』 改め 『俺、神さまの下僕なう(仮)』はじまりはじまり。


--------------------

[俺、神さまの下僕なう(仮)]

――ガチャリ
 閉じていた鍵が開く。
 次にカロカロカロと気の抜ける様な音と共に、窓がスライドした。
「……」
 開かれた窓の隙間から、真夏にしては爽やかな風が入り込み、汗ばむ肌を優しく撫でる。
 うむ、実に心地良い風だ。
 冷房設備が無いせいで、真夏の夜は大変寝苦しい俺の部屋には、欠かせない有り難い風である。
 さてさて。
 ここで、いくつか問題があるとすれば、俺が自分で窓を開けた訳ではなく鍵のかかっていたはずの窓が勝手に開きやがったことと、
 俺の部屋が二階に位置しているということ。
 部屋の中には俺以外の人間は誰も居なく、窓が外側から開かれたということ。
 そして、時計の針が示す時刻を見れば、どうやら現在が真夜中だということ。
 この問題から導き出される答えは、こうだ。
『隣の家に住む俺の幼馴染が屋根伝いに寝室へと夜這いを掛けにやって来る訳がいやっほおおおおおおい!』
 心躍る展開で大変好ましいが、そんな事態があるはずないのは俺だって分かっている。
 というか、冗談考えている場合ではない。
 もしかしたら泥棒かもしれないし、下手すれば強盗なのかもしれない。
 幼馴染が隣の家に住んでいない事を後悔するよりも先に、命の心配をしなければいけないのだ。
 よし。
 逃げるにしても、迎え討つにしても、まずは起き上がらなければなるまい。
 そう考えて、体を起こそうとするが。
「……」  おや。
 おかしいな、指一つピクリとも動かない。
「……」
 いや、むしろ声すら出ないんだけど、どういうことなの。
 もしかしてこんなワーストタイミングで金縛りとかそういう類の不可思議居現象に襲われてるの、俺。
 運が悪いの? 日頃の行いが悪いの?
 そりゃ多少は悪戯したりもするけれど、それでも一般的な人間として慎ましくも正しく生きてきたつもりだよ。
 だというのに、こんな仕打ちは酷いじゃないか神様。早く俺に隣家在住の幼馴染の許嫁をよこせ馬鹿野郎。
 俺の運の悪さの原因をひとしきり神様に丸投げして嘆いたところで、眠ったフリをするという案が頭に浮かんだ。
 住民が眠っているなら、侵入者は物だけ盗んで帰っていくかもしれない。というか、そうするはずだ。
 相手だって俺に気付かれなければ危害は加えてこないだろう。
 気付いているのに物を盗まれるのは癪だが、命には代えられないからな。
 そう結論付けた俺は、ぼんやり開かれていた目を柔らかく閉じた。
 あくまで自然に、眠っているかのごとく。
 それにしても、目だけは自由に開閉出来るのが不幸中の幸いだ。
 寝ている時に目が半開きになっている人とかよく見掛けるけど、アレは怖い。
 俺の妹とか寝ている時は目が半開きで(本人は知らない)寝息も静かなもんだから、布団並べて一緒に寝ていた頃は寝ているか起きているか分からなかった。
 まるで常時監視状態にある気分になってしまうから、おいそれと悪戯も出来やしない。
 べ、別に妹が寝ている間にどうこうするなんてつもりはこれっぽっちも無かったんだぞ、本当だぞ。
 まぁそんなことはいい。
 軽く寝息を立てて、睡眠状態をアピールする俺。
 キシっと、窓枠に何者かが乗った音が聞こえた。
 やべぇどうしよう、マジで入ってこようとしてるよ。
 緊張のせいか、心臓がはちきれんばかりに、ドックンドックン胸を打っている。
――ガシャン!
 突如、俺の部屋中にガラスの割れた様な音が響き、思わずビクリと反応してしまった。
 しかし俺はあくまで、気付かないフリをしなければいけないので、自然な寝息を立て続ける。
 つーか、まさか今割れたのって、俺が苦労して手にいれた錬金術師育成ゲーム限定版の特典であるガラス製ペーパーウェイトじゃないのか。
 勘弁してくれよ、もう手に入らないんだぞ。
 あ、今すっごい見られてる。見られてるよ、俺。
 今の音で俺が起きたとでも思ったのか、侵入者が俺の顔を伺っているのが目を瞑っていても分かる、凄い目力だ。
 気付かれたくないならもっと上手いことやってくれよ。
――グニ
 痛い痛い、足踏んでるから。
 ハッと息を呑む様な声が聞こえたかと思うと、また俺の顔に視線がビシバシ突き刺さる。
 見てるよ、またすっごい見てるよ、俺のこと。
 だからバレるのが嫌ならもっと上手いことやれってば。
 うっかりさんか、お前は。
 足下には夏用の薄い布団がかけられていて、何処に足があるか分かりづらいとはいえ、侵入者が住人踏むなんてあっちゃ駄目だろうが。
 色々突っ込みたい点は多々あるのだが、それでも俺はコイツに気付く訳にはいかんのだ。
 気付いてない、気付いてないよ俺は。
 例え侵入者が馬乗りになってきたとしても俺は気付か……いやいや待て待ておかしいよそれはおかしい。
 侵入者はどういうことか、俺の腹の辺りにどっかりと腰を下ろしてきやがった。
 何で馬乗りだよ、何を始めるつもりだよ、こいつは。
 まさか俺の身体が目的なのか、それは命の危険とは別の意味で怖い。
 というか、何だこの軽さ。ウチの妹より軽い気がする。
 そして、何やら地肌同士が触れ合っている様なスベスベとした感触を腹に感じるぞ。
 真夏の夜の俺が上半身裸なのはまだ分かるとして、こいつ尻丸出しで俺の部屋に入ってきやがったのか。
 やべえよ、驚くべきほどの変態さんじゃねえか、超やべえマジで俺の初めて奪われちゃうじゃん。
 それは……正直困るっていうか、いや、男の娘とかだったら許せるというかむしろバッチコイなんだけど、
 ガチムチなオッサンとエイサコラする趣味は俺には無いから、出来れば物だけ盗って帰っていただきたいんだけども、そうはいかないよなぁ。
 いや待てよ、これだけ体重が軽くて尻スベスベって、一般的に考えれば男の娘である可能性の方が高いんじゃないか。
 怖いもの見たさにうっすらと目を開けると、
「……」
 うん、そうか。
 本当にすまない、これは全部夢の中の話だったんだ。
 きっとそうだ。
 そうじゃなければ、銀髪の可愛らしい幼女が、俺に馬乗りになりながらジッと俺の顔を見つめている訳がないもの。
 幼女だったのか、どおりで軽い訳だ。
 ああ、しかし惜しいな。
 これが夢だとしたら好き放題したいのに、身体が全く動かない。
 非常に悔しい。
――ペチペチ
 痛い痛い。
――ベシベシ
 今、俺は夢の中で幼女に両頬を平手で叩かれている。
 さっき足踏まれた時も痛みを感じたし、これって夢じゃないのか。
――ベシッベシッ
 だとしたらこの事態は一体どういうことだ。
――バシッバシッ
 なんで俺はこんな真夜中にノーパン幼女に馬乗りされて両頬叩かれているんだろう。
――ボゴッボゴッ
 俺の両頬への攻撃が平手から拳に変わったところで、俺はカッと目を見開いた。
「……ッ」
 痛ぇよ! と、言おうとしたのだが、困ったことに声は出ない。
 俺のターンはまるで餌を欲しがる金魚の様に、口をパクパクさせるだけで終わった。
 幼女のターン。
 と思ったが、幼女は俺が目を開いたことで満足してくれたようだ。
 ふむ、と一度だけ小動物の様に頷いた幼女は、
 例え小さくて可愛らしい拳だとしても、その高さから放たれたらさぞかし痛いだろうなと思えるほどの高さまで降り上げていた拳をゆっくりと下ろし、
――ゴッ!
 痛えぇ!
 短い動作で繰り出した渾身のチョップを俺の鼻に直撃させた。衝撃に遅れて鼻の奥にツーンとした痛みが走る。
 すっごい鼻押さえたいのに身体が動かないせいで押さえられない、このもどかしい気持ちが解っていただけるだろうか。
 これはあれだ。剣道の面と篭手着けている時に、痒くても鼻が掻けないみたいな、それの痛いバージョン。
 うん、我ながら絶妙な例え方をしたものだ。
「おい貴様」
 喋った。
 喋ったよ。
 いやそりゃ普通なら喋るだろうが、少し驚いた。
「どういうつもりかは知らぬが、ワシを汚した責任はしっかり取ってもらうからのう」
 そう言って、ニシシと声を上げつつ、口元に笑みを浮かべる幼女。
 こんな訳の分からない異常事態の時にアレな話だが、可愛らしい笑顔だ。食べてしまいたい。
 いや待て待て。
 今は腹の上で確かに感じているスベスベ素肌の正体が幼女の尻だと知って俺が性的に興奮しているかどうかなんて、そんな議論をしている場合じゃないだろ。
 今、目の前の幼女は何と言った。
 ワシを汚した責任?
 随分古めかしい喋り方をする奴だな。
 コイツは、あれか。
 見た目は幼いけど、実は凄い年食ってて俺より年上だったりするんだ。きっとそうだ。今流行の合法ロリって奴なんだろ。
 それなら合法だから押し倒して、あんな事やこんな事しても罪には問われな……いやいや待て待ておい待て、さっきから俺の思考回路戻ってこいカムバック。
 俺がロリコンでどうしようも無い奴だとか、社会的に抹殺すべきだとか、そういう具体的な処分の話は後にしよう。
 俺がコイツを汚しただと?
 どういうことだ。
 俺は紳士だし、天地神明に誓って(二次元以外では)紳士協定に反する事を絶対にやらない。
 そもそも俺は、銀髪の幼女と出会ったことなど一度も無いはずだが。
 それに責任取るって一体何をすれば良いんだ。もしかしてもしかするとラブコメでお約束の結婚ってことなの?
 幼女と結婚なんて、それはそれで喜ばしいけど、俺まだ社会的に死にたくないし。
「んでは」
 手をパンと合わせて軽く一礼をする幼女。
 まるで、いただきますとでも言うかの様な、
「いただきます」
 言ったよ。
 いただきますって、ハッキリ言ったよ、この子。
 鈴の転がる様な可愛らしい声だったよ。
 問題は、何をいただきますなのかだが……あ、俺だ。
 俺だね。
 俺がいただかれちゃうね、これ。
 愛くるしい顔が、俺に向かって物凄い接近しているもの。
 そうだ、こういう場面は洋画で観たことがある。
 女の姿で誘惑しておいてベッドに誘い込み、男がまんまと油断したところで、顔が真ん中からパックリ割れて、
 中から粘液でベトベトになった触手やらがうねうねって出てきて、頭から丸ごとガブリって喰う奴だ。
 あれ好きなんだよな。
 今でも再放送されると必ず録画しながら観る。
 分かるだろ? 洋画とかでエロいシーンがありそうな予感がすると、録画しちゃうあの感じ。
 俺にとっては、洋画やテレビドラマの濡れ場シーンは音と動きのある貴重な栄養源だったからな。
 だって俺パソコンとか持ってないし、古本屋とかの隅にある布で隠された十八歳未満立ち入り禁止コーナーとかも恥ずかしくて絶対入れないし。
 俺の親父って、普段から家に籠もって仕事してるせいで、そういうの何処に隠しているのか探れないし。
 物資調達が今よりもずっと困難だった中学生の頃なんか、ファンタジー冒険小説の女主人公がバニーガール姿している挿絵だけで頑張ったこともある。
 普段は装備で身を固めている主人公が、頬染めて恥ずかしそうに胸元開けた衣装着ているだけで俺は頑張れたんだ。
 最近は漫画でもそこら辺寛容な物が多いから、正直な話助かっている。
 あまりやりすぎなのはどうかとも思うけど、規制ばかりされちまったら煮えたぎる情熱を何処にぶつければ良いか分からなくなるからな。
 俺が思うに、そういう情熱ってのは部活とか勉強に注ぐ情熱とは別物だから、欲望を二次元までに留めておける媒体ってのは必要だろ?
 まぁ俺としては、限られた物資の中で妄想力を高めていた頃も好きだったけどな。
 いや、まぁそんな事はどうでも良いか。
 というか、何で俺はこんなこと考えているんだ、今はそれどころじゃないだろ。
 何が起こっているのか理解出来ず、混乱している頭を冷静にさせようと深呼吸を、あ、駄目だ、無理だね。
 気付けば幼女が俺の頭の横に両手を着いていた。これではまるで俺が押し倒された様な格好ではないか。
 こんな状態で落ち着いていられるものか。
 月明かりが部屋に差し込み艶やかな銀髪にキラキラと反射する。そのせいで、幼女がより幻想的に見えた。
 瑞々しそうな唇、口元から覗く小悪魔的な八重歯。真正面から見るとやっぱ可愛い、クリーチャーとは思えない可愛らしさだ。
 こんな可愛い幼女に喰われるなら本望かもしれない。
 俺らしい良い人生の締めくくり方ではないか。
 ある意味達観した俺は、観念して目を瞑った。
 そして。
――むに。
 柔らかい何かの感触が、唇に当たった。
 これが触手……案外柔らかくて心地良い。
 もっと粘液でベトベトしているものだと思っていたが、そうでもないようだ。
 しかもこの触手、どうやら先端が二つに割れている卑猥な形状らしく、俺の唇を楽しむかの様にハムハムしている。
 これ凄く気持ち良い。
 だがしかし、今この目を開ける訳にはいかない。
 目を開けてしまえば、顔がパックリと割れたおぞましいクリーチャーの姿を目の当たりにすることになって、俺の儚い幻想が壊されてしまうから。
 それならいっそのこと、幼女の姿を脳裏に焼き付けた状態で、為すがままにされるしかない。
 俺が必死に快楽もとい恐怖に耐えていると、あろうことか今度は触手が俺の閉じられた唇を割って、口の中に入り込んできやがった。
 やだやだ気持ち良くてどうかしちゃう、いや違うんだ。
 別に触手でお口攻められてどうしようもなく興奮しているとか、そういうことではなうひょおおおおおお!
 だから誤解だ、違うんだって。
 この触手ってば俺の舌絡め取ってレロレロチュッチュしてくるんだって。
 ムズ痒いけど気持ち良くて、こんなことされて興奮しない方がおかしいっての。
 しかも耳元ではぴちゃぴちゃいやらしい音が聞こえるし、熱っぽい吐息も常時顔に当たってくるし。
 何よりも極濃ミルクに蜂蜜を飽和状態まで溶かした様な甘ったるい香りが鼻孔を刺激するせいで俺もう我慢出来ない。
 あぁ、そうだよ認めるよ、俺興奮してるよ。
 俺は幼女の触手に口の中責められて超興奮してるどうしようもない変態さんだよ!
 もう良いよ、むしろクリーチャーでも良いから思い切り抱き締めさせてくれ!
 そんな荒ぶる思いと共に意を決して目を開いた。
 すると、俺はリトルでプリティなガールとレロレロチュッチュしていた。
 ごめん、何言っているか分からないよね。
 本当俺ってば頭悪い。
 よし、もう少しスマートに説明しよう。
 俺、幼女と濃厚な接吻なう。
 もう本当犯罪的な響きだな、何だこれ。
 状況がひとかけらも理解出来ない。
 幼女は相変わらず熱っぽい吐息をあげながら夢中で俺の舌を激しく絡め取ってくる。
 その舌が、まるで未知の生物の様に妖しく蠢めく度に、俺の興奮度は更に増すばかりだ。
 ドッドッドッドと、心臓が壊れてはちきれんばかりに鼓動を早め、胸を打つ。
 つーか、今この瞬間俺の口の中を好き勝手弄んでいる気持ち良いコレは触手じゃなくて、舌なのか。
 口の中に大量発生している唾液を飲み込むかどうか躊躇してたけど、少しだけ安心したよ。
 俺が喉を鳴らして唾液を飲み込むと、
「んはぁ……っ」
 幼女は艶っぽい吐息を漏らしながら唇を離していった。
 二人の混じり合った唾液が、ツツーと糸を引き、肌を濡らす。
 何でこんなに色っぽいんだコイツ。
 袖で口元を拭った幼女は、幼女とは思えないほど官能的な視線で俺の瞳を見つめる。
 直接は何もされていないはずなのに、そうやって幼女の瞳に射抜かれるだけで、俺の心拍数がまたまた馬鹿みたいに跳ね上がった。
「崇め讃えよ、そして守れ。それが下僕たる貴様の役割じゃ」
 正直、何を言われているのかサッパリ理解出来なかった。
 しかしその可愛らしく麗おしい唇が言葉を紡いで動く度に、俺の胸は幸せな気持ちで一杯になっていく。
 いよいよ俺の頭はどうかしてしまったのだろうか。
 一体何が起こっているのか。
 それを理解するよりも早く、俺の意識は急速に沈んでいった……。


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▲モドル

20110317 未曾有の危機。だけど皆が日常を取り戻すために頑張っている。

そう考えると、もっと頑張らなきゃと思った。よし、もっと頑張る。

▲モドル

20110109 遅ればせながら、新年のご挨拶でござい

 文章更新以外で普通に日記書いたの何ヶ月ぶりだろう、一年振り位になるのかな……覚えてないけど
 ということで、梨屋です。寒いです。

 いえ、冗談抜きで本当に寒くてですね。
 つい最近ベストな執筆環境を作り上げるためにお値段以上ニトリで椅子と机を買ってきたんですけど、
 部屋が寒いせいで、どうしてもそちらで作業せずに、布団でぬくぬくしてしまうのですよ。
 これだから冬は……全くけしからん、まったく。
 とはいえ、〆切一月末までに書き上げなきゃならん作品がありますので、寒い寒い言ってられない訳ですが。
 もう先月の自分何やってたのって罵りたくなるね、本当に。
 追い詰められないと駄目な性質なんで、プロットだけ組んでおいて後はお正月休み任せだったからなぁ……
 今現在ヒィヒィ言いながら書いてます。

 もしかしたら当初出した梗概と違う奴を提出することになるかもしれません。
 これは内緒のお話です。
 まぁ短編指定なんで、そっちの方が文量的にも話の流れ的にもちょうど宜しいかと思ったりなんだり。
 それ書き終わったら、当初出した奴を書いていきたいと思う所存です。

 ところで、これ書いてるとアンネとマールシリーズが進まないこと進まないこと。
 本当どうしようと思いまして。
 唯一のサイト更新材料でしたからね、週一更新が止まると放置期間が半端ないことになります。
 とにかく短編を早いとこ書き上げて、サイトにUP出来るようにしたいというのが、今回の更新で言いたかったことです。
 その間はアンネとマールシリーズお休みするかもしれませんが、あの作品も必ず完結させたいので、
 「マールちゃんペロペロ」という奇特な有難い方がいらっしゃいましたら、どうか気長にお待ち下さいませ。

 そんなこんなで、久々の日記らしい日記終了。
 日記更新ついでにとさかかの続きを↓に置いておきます。
 

▲モドル

 
20110109 とさかかっ!05

04←
「眼福招来!」
 等と馬鹿なことを言っている場合ではありません、まずはこの少女が何者なのか確かめなくては。
 先ほどから記憶の片隅で何か引っかかっていることがあるのですが、思い出せないので重要なことではないはず。
 何よりもまずは少女の捲れ上がった服の裾を直さなくては、彼自身正気を保ってられる気がしないのです。
 起こさないように、そーっとワンピースの服の裾を掴もうとした彼を、予想外の事態が襲い掛かります。
「んんぅ」
――ゴロリ
 少女が寝返りをうったかと思うと、服の乱れを直そうと伸ばしていた彼の腕を、あろうことか枕を抱くかのようにキュッと締め上げたのです。
 力こぶの出来る辺りには少女の胸が当たり、手の平は太股に挟まれます。太股を思う存分撫で回したい。
 あ、すいません、つい私情が。
 まだ膨らみかけながらも、服越しに伝わる何となく柔らかい感触に彼の気分は最高潮。
「ひああああああんっ!!!」
 思わず気持ち悪い声色で叫んでしまいました。すると、ドアの外からは階段を上る音。
「やべっ!」
 彼の気持ち悪い叫び声を聞いて、家族の誰かがやってきてしまったようです。
 こんな状況を見られたら社会から抹殺されてしまいます。
 はだけた服の裾を直そうとしたんだ、決してやましい気持ちなど……こんな言い訳が通じる程、今の世の中甘くはありません。
「ふああああああ……」
 その時、大きなあくびをして少女が目覚めました。
「ひぃ! 起きた!」
「そりゃ起きもするわい、あんな気持ち悪い叫び声……」
 伸びをした少女は、目をコシコシと擦りつつ、ベッドの上にペタンと座り込みました。
「……もっとマシな目覚ましは無いんかの」
 不機嫌な顔をして不満を述べる少女、さきほどまでの可愛らしい寝顔は何処へ行ったのでしょう。
 しかし今はそんなことを気にしている余裕はありません。
――ドンドン
「お兄ちゃん、さっきの気持ち悪い叫び声何なの! 頭大丈夫なの!?」
 乱暴にドアを叩く音と自分の頭を心配される声が聞こえ、彼は焦りました。
 とっさに彼がとった行動、それは。
「な、何をす……むぐぅ!」
 ベッドに上がり少女の体を股に挟み込むようにして、その上から布団を被せました。
 手の平は少女の口を塞ぎます。
「お願いだから黙っててくれ!」
 端から見ればその姿は、股間を押さえているように見えたでしょうが、こうするしか方法がありませんでした。
「開けて良い? いいよね!」
 返事を待たずにガチャっとドアが開かれます。
「……病気?」
 薄茶色のショートヘアを揺らし、顔だけひょっこり覗かせた女の子、伏し目がちの瞳は本気で彼の頭を案じているようです。
 彼女の名前は、天地無理沙。無理沙と書いて「メリッサ」と読む彼の妹でした。
「無理沙……お前。あれほど返事を待てと言っているのに……」
「えー、良いじゃん。兄妹なんだからさー」
「はぁ……」
 ケラケラと笑いながらベッドに近づいてくる妹を見て、彼はため息をつきます。
 デニム調のホットパンツに白のノースリーブという夏らしい格好をした妹、スラリと伸びた足と健康的な太股が眩しい限りです。
 まぁ胸の方は残念な感じですが。
「……ちっ」
 突然舌打ちする無理沙さん、控えめな胸が大変魅力的です。
 それにしても、やはりドアには鍵を付けなければ、おちおち臨戦状態にもなれません。
「ただでさえ常時見られている気分だというのに……」
 部屋の壁辺りをぼんやりと眺めつつ、彼は呟きます。
「お兄ちゃん、それ何してるの?」
「えっ」
 無理沙に指摘されて彼が股間辺りに視線を向けると、股間を中心に出来た山がモゾモゾ動いていました。
 もろちん、あぁ失礼、もろちん彼の手は見ず知らずの少女の口を塞ぐため股間付近に。
 少女が股から逃れようともがいて動くせいで、断続的な刺激が心地良いです。
「あふんっ」
 端から見ればまさに臨戦状態。
「こっ、これはですね! あの! 朝の生理現象というか何というか!」
 ジーっと股間を凝視する無理沙に、あたふたしながら言い訳をしますが、股間はモゾモゾ動き続けます。
「見られてても続ける根性がいやらしいよね……」
 軽蔑した眼差しを向けられ少し傷ついた彼は、逆の手で股間辺りをバシバシ叩きました。
「あっははは、こやつめ、このっこのっ!」
「に"ゃ」
 変な声が聞こえたかと思うと、股間は沈黙。
「ふぅ……」
「えっ、やだ、何、……終わったの?」
 完全に誤解されています。
「ちっ、違!」
「……叩いて終わらせるんだ、ふーん」
 何を納得したのか、無理沙はホットパンツのポケットから可愛らしい花柄ノートとペンを取り出してメモしています。
「股間、を……」
「無理沙くん、そのノートは何かね?」
「ん?ミセスノートだけど?」
「詳しく聞かせて貰えるかね」
「ある方にお兄ちゃんの秘密とか情報を1つ教える毎に1ポイント、10ポイントでお好きなミセスドーナッツ1個と交換出来るシステムなの」
「ほう……」
 どうやら彼の知らない所で個人情報が売買されているようです。
 秘密10個でドーナッツ1個というのが、彼の人生を物語っていますね。
「もうドーナッツ30個くらいは交換したかなぁ、お母さんもやってるからなかなかポイント集まらないんだよね……たたいて、フィニッシュ、と」
「……」
 母娘ぐるみの犯行です、逃げようがありません。
「ある方って誰ですか?」
「禁則事項也」
 メモを取り終わった無理沙はノートをポケットにしまい込むと、ペンで兄の股間をビシっと指差しました。
「じゃ、ご飯出来てるから、後始末したら食べに来てよね」
「後始末って……! ちょっと!」
 やはり何か誤解されているようです。
「はいはい……。ティッシュはトイレに流しすぎないようにね、詰まっちゃうから」
 それだけ言うと妹は部屋から出ていきました。
 階段を降りる音がして、気配がしなくなったのを確認。
 少女の口を塞いでいた手を離し、股で挟み込んでいた少女を解放します。
「ぷはっ」
「はぁ……助かった」
 妹に変な誤解をされたとはいえ、何とか社会的に抹殺されずに済んだようです。
 すると股間に被さっていた布団がガバッと跳ね上がり、顔を真っ赤にした少女が姿を現しました。
「お主はっー! いきなり何をするのじゃ!」
 幼い顔に似合わず、古風な喋り方をする少女。
「何をするって!お前こそ一体何なんだよ!」
 全くもって当然の反論をする彼に対して、少女はふんぞり返ってこう宣います。
「神じゃ」
「……ふっ」
 彼はあきれて物も言えないとばかりに肩をすくめ、鼻で笑います。
「お前みたいなちっこい奴が神? どう見てもただの幼稚園児じゃなぬぎゃああああああ!?」
 ズビシと指を差して言い放とうとした彼にものすごい重力が襲いかかりました。
「かっは!!」
 起こしていた上半身は強制的にベッドに押し付けられ、肺の中の空気は全て押し出されます。
 頑丈なはずのベッドからはミシミシと壊れそうな音、徐々に呼吸が苦しくなってきました。
「もう一度言う、わしは神じゃ」
 少女はそう良いながら、彼の頭上からふんぞり返って彼を見下ろしました。
 位置関係上、少女のワンピースを覗く格好となっているため服の中は丸見えです。
「ぬおおおおおお……!!」
……穿いてない、だと!?
 そうなのです、少女は仁王立ちで彼の頭の上に立っている訳なのですが、本来其処にあるべきはずの部分に布が見当たりません。
 見えるのはただただ、綺麗な肌色のみ。
 普段なら飛び跳ねて喜ぶ彼ですが、得体も知れない力に圧迫されている状態では、穿いてないことに対する喜びを噛みしめる余裕もありません。
「わ、わかっ…た…か、みだ!! みとっ、める!!」
 確かに神様ならパンツなど穿いていなくても問題無いでしょう。
 神とは得てしてそういうものです。海外の神話上の神様なんかみんな素っ裸です。
「ふん……戯けめ」
 少女が指をパチンと鳴らすと、全身にかかっていた重力が解かれました。
「かはっ!! すぅぅぅ、はぁ、はぁ・・・・・・すぅぅぅ」
 彼は圧迫されていた肺から全力で空気を取り込み、荒い息をして胸を押さえます。
「はぁ、はぁ、何……だ、今のは……?」
 確かに目の前の少女は今、何だかよく分からない力で自分をねじ伏せてみせました。
 パンツ穿いてないことが衝撃すぎて、もう俺ロリコンで良いやとか考えていたどうしようもない彼の頭でも、それだけは理解できます。
 少女は彼に馬乗りになると、その手で顔を掴みました。掴まれた頬はヒンヤリと良い気持ち。
 そのままずずいと顔を寄せニヤリと笑う少女。 
「神の力じゃ」
 馬乗り状態で顔を掴まれたのはこれで二度目、何だかデジャブな場面です。
 その瞬間、記憶の片隅で引っかかっていた何かが弾けて、彼はあることに気付きます。
「お前! 昨日の夢の!?」
 目の前に居る少女は昨晩、夢で見た少女と同じ顔をしていたのです。
「気付きおったか、全く」
 少女は顔を掴んでいた手を放し、再びベッドにペタンと座り込みました。
 やれやれと肩を竦ませて首を振る姿は、少女の幼い顔に似合わない仕草です。
「それにのう、お主勘違いしておるようじゃけど、昨日のアレは夢ではないぞ?」
「夢じゃないだと?」
「そうじゃ、アレは夢ではない。お主と濃厚な接吻をしたのは現実じゃ」
「濃厚な接吻……」
 思わず昨晩のキスを思い出してしまった彼は頬が熱くなるのを感じます。
「お前! 俺の初めてのキスをよくも! 初めての……」
 自分で初めてのキスとか言うから、余計意識してしまったりして。
 更には少女の舌使いを思い出してしまった彼、赤くなる顔を隠すように俯きます。
「照れるな照れるな、ワシの様な可愛い女子に接吻されて嬉しかろう? ん? ん?」
 少女はにじり寄りながら顔をずずいと近寄らせ、俯いた彼の顔を下から覗き込むようにして尋ねてくるのです。
 あまりにもしつこいので彼はボソリと呟きました。
「……そりゃ少しは興奮したが」
「変態じゃのう、怖いのう」
 そう言いつつ距離を空ける様に後退していく少女、どうしろと言うのでしょう。
 しかし、嬉しくないと言っていたら、恐らく彼はまた痛い目を見ていたことでしょう。
 この短い時間の中でも彼は着々と少女の行動心理を学習していたのです。
「それにしたって、何であんなことしたんだよ!」
 もっともな質問でした。
 夜中にキスしに来るのが趣味な女の子なんて、それはそれで怖すぎます。
「まぁ簡単に言えば契約じゃのう?」
「契約?」
 少女が真面目な顔をしました。
 そんな少女を見て真面目に話を聞かなければと思う彼でしたが、なにぶんさきほどの綺麗な肌色のイメージが頭からこびり付いて離れません。
 しかしそんな彼の様子など微塵も気にせず、少女は語り始めます。

→06

▲モドル

 
20101219 アンネとマールと夢見る瞳19
←18


「ん、んぅ……」
 頬を濡らす感触にゆっくり目を開くと、滲んだ視界に映る木製の天井。
「……母、様」
 消える寸前の母様悲しげな表情を思い浮かべながら、ポツリと呟きました。
 夢。
 頭では分かっていましたが、いざこうして目を覚ましてみると、非常にリアルな夢だったことを再認識させられます。
 母様の温かさ、柔らかさ、香り、声、そのどれもが強烈な現実味を帯びていて、現実では無いことを忘れさせるような不思議な力を持った夢でした。
 思い出すだけで鼻の奥がツンとして、涙が溢れそうになります。
 その余韻に浸ろうかとも考えましたが、止めました。
 普段観る夢とは違って、夢の内容を事細かに覚えているので、考察は後でも十分出来ます。
 その前に今の私がしなければいけないことを最優先させましょう。
 目元を拭ってから、自身の置かれている状況を確認しようと体を起こそうと試みましたが、
「お……よ?」
 妙な倦怠感がそれを拒み、身体は力無くベッドに沈みます。
 思った以上によろしくない状況のようでした。
 仕方ないので、首だけ動かして周囲を確認することにします。
 どうやら私はベッドに寝かされているようです。
 身体を拘束されている訳ではないようなので、少しだけ安心しました。
「それにしても、ここは……?」
 首が動く範囲で部屋の中を見渡します。
 ベッドの右に置いてある棚には、見たこともない植物や、様々な装飾品、粉末、薬品らしきものの瓶が棚から崩れ落ちそうなほど一杯に並んでいて、
 反対側の壁には何かの計算式や幾何学模様、図式がビッシリと記された紙が何枚も貼られています。
 出入口は、ベッドの左側、足元の方にある扉だけのようです。
 全く見覚えのない部屋なので、私の部屋でも、ましてや城内の何処かの部屋という訳でもないですね。
 しかし、さきほどから私の嗅覚を刺激してくる、アルコール系のツンとする様な臭いに、甘ったるさと香ばしさを加え、
 フレッシュでフルーティな香りを無理矢理混ぜた様な怪しさ満点の薬品臭。
 この臭いは、以前何処かで嗅いだ覚えがありました。
 嗅覚の記憶を辿る様に、ここが何処であるかを探ろうとしますが、倦怠感のせいか頭の回転も完全に鈍くなっているようです。
 うんうん唸りながら過去の記憶を辿っていると、部屋の扉がギギィと軋んだ音を立てて、ゆっくり開きました。
 はっとして、警戒した私は眠ったフリをするためにもう一度目を瞑ります。
 開いた扉に続いて、誰かが部屋に入ってきました。
 それにしても相当古い部屋なのでしょう、その人物が歩く度に床がギシギシ鳴り響きます。
 そうして、ベッドへと近寄ってきた誰かが、私のことをじっと見つめました。
「……」
 しばらくしてから、ヒシヒシと感じていた視線が逸れたのが分かったので、そろりと薄目を開けて入ってきた人物を確認。
 先端の尖った帽子を被り、ショートカットで切り揃えられた銀髪から覗くのはトロンとした目。
 まだ幼さの残るあどけない顔立ち、見るからに怪しげな服装。
 それらの要素が嗅覚の記憶としっかりピッタリ結びついて、
「……ああっ! そうです!」
 ここには何かのお店があり、彼はそのお店の店主。そこまでは思い出しました。
 ただ、肝心の彼の名前やら、ここが何の店だったかなど詳しい事がイマイチ思い出せません。
 頭にモヤがかかった様な奇妙な気分です。
 この臭いからして、薬を扱っているのは間違いない気がするのですが、闇医者……でしたっけ。
「うけ?」
 私が突然大声をあげたにも関わらず、少年は驚いた様子も見せませんでした。
 彼はトロンとした目で私をしばしの間見つめたかと思うと、扉の外に呼び掛けます。
「大変なのよね、一大事なのよね。アンネ様がお目覚めなのよねー」
 扉が軋んだ音を立てて開き、ギシギシという足音を響かせながら、もう一人の人物が部屋へと入ってきました。
 さきほどまでの不思議な薬品臭が、今度は酸っぱさを限界まで濃縮させた様な、鼻がねじ曲がるほどに凶悪な臭いへと変わります。
 ベッドへと近寄ってきたのは、少年と瓜二つの髪型と顔つきをした、しかしながら目の印象だけを強気に変えた様な少女。
 彼女は私を見て嬉しそうにニコニコしながら、
「おはようなのね、アンネ様。お久しぶりなのね!」
 誰でしたっけ、とも言えず、えぇと、少年の双子のお姉さんだったかな?
「ど、どうも……」
 起き上がれないので、とりあえず首だけでペコリと挨拶をします。
「……」
 彼女の表情が何故か不機嫌なものへと変わり、
「出来立てのアタシ特製気付け薬が非常に勿体無いのね。せっかくだから飲ませるのね」
 そう言って私の口元へ小さなスポイトを差し出してきました。
 スポイトに入った液体は、ドス黒い色をしていてブクブクと泡を立てています。
 明らかにそこから放たれている凶悪な異臭に、思わず顔をしかめました。
「おぅふ……」
「うけ……。そんなもん飲ませたら……体に毒なのよね? アンネ様はもう大丈夫なのよね?」
 少女の手を遮る様にして、私の口元からスポイトを遠ざけてくれる少年。
 私はうんうんと頷きながら、少年の意見に全面的に賛同します。
「ですです。それ、飲まなくても、私、だいじょぶ」
 ジェスチャーで自分が健康だということをアピールしました。
 もちろん、身体の状態はあまり好ましくありません。頭の回転は鈍いままですし、倦怠感も相変わらず身体を蝕んでいます。
 しかし、それでもただ純粋に、私は、その異臭を放つ薬品を飲みたくない。
「アンネ様はまだ本調子じゃない……遠くから目を細めて見るとよく分かるのね。扉辺りから見てみるのね」
 遠くから目を細めて見るって、私のことをいかがわしい物と一緒にしないでほしいです。
「うけ?」
 少年は少女に言われた通り、扉の方へと歩いていってしまいます。
「んー……全然ワカンナイのよね? もっと離れた方が良いのかもしれないよね?」
 少し離れた所から、少年が困惑している声が聞こえてきます。
「さぁさぁ。邪魔者が居ないうちにアンネ様どうぞなのね。ぐぐいと飲むのね」
 少年が離れているその隙に、少女が口元へスポイトを近づけてきました。
「なっ!?」
 そ、そういうことですか。恐ろしい子め。
「んーっんーっ!」
 口を真一文字に結んでねじ込まれるスポイトを必死に拒む私。
「大丈夫なのね。効果抜群なのね。信じるのね」
 効果があるとかそういう問題以前に、この液体って本当に薬品ですか?
 恐ろしい異臭放っていますけど、これ本当に飲めますか?
 そんな素朴な疑問を胸に抱きつつも、スポイトが口元にあるせいで口を開くことが出来ません。
「むむぅ……なかなか頑固者なのね」
 いやいや、頑固とかそういう問題ではなくてですね。
 少女は渋い顔をして唸りながらも、手元は完全に私の口をロックオン。
 私が口を開いた瞬間、スポイトはいつでも突撃する準備が出来ているようです。
 口を閉じているせいで、鼻呼吸を余儀なくされ、薬品の放つ異臭で私の嗅覚は完全に沈黙。
「うっぷ……」
 この薬に催涙効果があるのかは知りませんが、目元からポロポロと涙が溢れてきました。
「えー……泣くほど嫌なのね?」
 そんな私の様子を見ながら、少女は何かを思いついたらしく、私に顔を近付けて耳元でボソリと囁きます。
「あ……そうそう。ちなみにこの薬、胸も大きく……」
「その話詳しく」
「相変わらずなの、ね!」
 グサリとスポイトが差し込まれ、
「むぐっ!?」
 ついで得体の知れないドス黒い液体が注入。
 明らかに嘘くさい話だというのに反射的に開いてしまった口、バカバカ私のバカ!
 ただの液体だと思っていたそれは、ドロリとした粘着性も持ち合わせており、口の中にまとわりつくような不快な感触。
 たちまち背筋が痺れる程に強烈な苦味が口一杯に広がりました。
「んぎぃぃ……!」
 嗅覚はとっくに死んでいたはずなのに鼻から突き抜けるその凶悪な臭いは、酸っぱさの限界を躊躇なく超越した、
 私の扱う言語では例えようのない、秩序とは正反対の言うならば混沌そのものを更に超圧縮したような。
 ……あれ、母様、そんな所で手を振って何をしているのですか。
「んっふふ!」
 少女が慣れた手つきで私の鼻と口元を抑えて呼吸の逃げ場所を奪ったせいで、
「んがっっ……あぐ!! んふっ!?」
 ついにその液体は私の喉元を通り過ぎてしまいました。
 突然進入してきた異臭に驚くように身体が一瞬ビクンと跳ねます。
 それを確認した少女は抑えていた手を離しました。
「ゴホッゲホッ……!!」
 ヒリヒリと焼ける様な喉の違和感に、たまらず咳込みつつ、私は目の前の少女、グリモアへと抗議の声をあげました。
「グリモア! 貴方、ちょっと乱暴すぎますよ!」
 グリモアは少しも悪びれた様子もなく、
「んっふふ、やっぱりアタシの薬は効果抜群なのね」
 と言って笑うだけでした。
「え?」
「体調はいかがなのね?」
「体調はいかがって……実を言うとあまり芳しく……アレ?」
 上半身を起こしてみて気が付きました。
 さきほどまでの倦怠感がまるで嘘の様に、身体が軽い。
 グリモアは私の様子を見て満足そうに頷きながら、今度は扉の方を指差して言います。
「ではでは、あの扉の更に向こう側で、思春期の少年の如く目を細めながらアンネ様の事を見ているバカバカな奴が誰だか分かるのね?」 
「グリムですね、グリモアの双子の兄の」
「それじゃあ……ここは何処だか、分かるのね?」
「グリムとグリモアが居て、怪しげな薬品臭がする場所と言えば……グリム魔法材料店でしょう」
 そう。
 夢見の城の門から出て路地を奥深くまで進んでいった先にあるのがこのお店、グリム魔法材料店。
 呪術や薬品の調合に必要な材料から始まり、曰く付きの装飾品やらグリモアが調合した薬等を扱っている専門店です。
 そしてその店主が、双子の兄妹グリムとグリモア。
「さらに言えば部屋の感じからして、ここはグリモアの部屋ですね。
 そこの壁に貼られている計算式やら幾何学模様の図式と、棚に並んでいる材料は全てグリモアの行う薬品調合に必要なもの」
「ご名答、なのね」
 さきほどまでは頭の中でモヤモヤしていたものが、今ではスッキリとしています。
 それどころか、今までより頭の回転が良くなっている様な気分がしました。
「それにしても、よく分かりましたね。私が本調子じゃないと……」
 身体は動かせませんでしたが、調子が悪いと言った訳でもありません。
 私の顔色が悪かったのでしょうか。
「冗談半分だったのね。ただ薬を飲ませたかっただけなのね」
「えっ」
 今何と。
「んっふふ……冗談なのね。アタシ達の名前を一度も呼ばなかったから、もしかしたらって思ったのね」
「なるほど……」
 確かに、さきほどまではどうしても二人の名前が思い出せませんでした。
「おかげで助かりました、ありがとうございます」
「きっと薬との相性も良かったのね。頭の中の情報が整理されて、最適化も成されているのかもしれないのね」
 そんな事が出来るのですか。強烈な臭いはともかく、凄い薬です。
 グリモアの薬品調合の腕には感服せざるを得ません。
「まぁこの薬にとっては、気絶とか睡眠状態から回復させる以外の効果は全て副作用なのね」
「えっ」
「んっふふ」
 冗談なのか本気なのか、意地悪そうな笑みを浮かべるグリモアを疑う様に見ていると、扉の方から奇妙な足取りでグリムが近寄ってきます。
「アンネ様、もう大丈夫なのよね? 久しぶりのいらっしゃいませ、なのよね? うけけ!」
「グリム、本当にお久しぶりですね。最近はずっと城内で研究していましたから……」
 そう、永眠薬の材料は手元にあるもので間に合ったので、永眠薬を作っている間はこのお店には来ませんでした。
 唯一の失敗は、永眠薬を完成を急いでいたせいで、目覚薬の材料のことを考えていなかったこと。
 目覚薬の材料が一品目足りないことに気付いてからは、近い内に城を抜け出してここに来なければと考えていたのですが、
 マールやら兵士の監視が厳しくて、なかなか抜け出せなかったのです。
「あれ……でも私は何でここに?」
 確か、私は自室でマールと話していて、ググリオが部屋へとやって来て、私が犯人だと言われた。
 自分でも無実だという自信が持てなくて、そこで頭の中が破裂しそうに一杯になって、気を失った?
 しかし何でしょう。
 今の自分には、何故だか自信がある。
「マールが私をここまで連れてきたのですか?」
「うけけ……そうなのよね? そのことなのよね?」
「も、申し訳ないのね……」
 グリモアが両手を合わせて、申し訳なさそうな顔で頭を下げてきました。
「え? え? 何で貴方が謝るのですか?」
 何故か扉の方をチラチラと気にするグリム。
 まるで何か化け物でも飛び込んでくるのを警戒しているような、そんな様子でした。
「ちょっと困ったことになったのよね? まったく……グリモアが意地悪したせいなのよね?」
「だってだって、たまには女の子の反応も、見てみたかったのね……」
 消え入る様な声で呟いたグリモアは、珍しくシュンと縮こまっています。
「い、一体何があっ」
 たのですか、と言おうとしたところで、突如砕ける様な音と共にベッドの足元を何かが高速で通り過ぎていき、右側の壁に叩きつけられました。
 強引に起こされた風圧によって髪がなびき、パラパラと細かな木の破片が飛んできます。
 壁が揺れたせいで、棚に並んでいた物が、絶妙に保っていたバランスを崩し、床へと落ちて散らばりました。 「へっ……?」
 飛んできた物を見るように、顔をそちらに向けると、木製の扉が、壁にめり込んでいました。
 入り口の扉が吹き飛んできたようです。
「き、来たのね!」
「うけぇ……もう嫌なのよね?」
 双子の怯える表情は、普段彼らが大人に向けている様な演技のものではなく、本気で何かを恐れている様なものだと分かりました。
 グリムとグリモアをここまで恐怖に陥れるなんて、一体、何が来たというのでしょうか。
→20

▲モドル

20101205 アンネとマールと夢見る瞳18
←17


 ぶくぶくぶくぶくと。
 息をする度に水泡が目の前を通り過ぎ、自分が水の中に居る事を知ります。水中なのに息が出来るのは、一体どういうことなのでしょうか。
 疑問に思いながらも、まずはここから出ようと考えた私は、水を掻きました。
 しかし身体はどんどんどんどん沈んでいきます、水面はすぐそこに見えているのに、泳いでも泳いでも沈んでいくばかり。
 服が水を吸って、水が体力を吸って、身体が普段の数倍は重く感じられました。
 そうして努力の甲斐もないまま、瞬く間に水面は遠ざかり、ついには真っ暗な水底に埋もれてしまいます。
 水底は底無し沼の様に、足掻けば足掻くほどにズブズブと身体が沈み、簡単には抜け出せませんでした。
 最初のうちこそ手足を動かしそこから抜け出そうとしていた私ですが、足掻くのが無駄な事だと知ると、抵抗するのを止めました。
 もういっそこのまま沈んで沈んで、泥の中に消えていくのも良いかもしれない。
 そんな事を考え始めて、全てを諦めながら眠るように目を閉じた瞬間、
「アンネ……アンネクロイツ……」
 自分の名前を呼ばれた気がして、目を開きました。
 真っ暗で何も見えなかったはずの水底に、一筋の光の束が差し込んでいます。
「アンネクロイツドリームドリムエリストリーアシュトワルゼ、起きなさい……」
 私の名前を呼ぶのは、忘れもしない懐かしく優しげな女性の声。
 朦朧とする意識の中、上方から差し込む光に触れようと手を伸ばすと、その腕をしっかりと掴まれました。
 そして私は次の瞬間、時の流れも水の流れも全てを一息で逆流する様な感覚を味わいました。
 身体は水面へと近付いているはずなのに、体の芯がフワリと浮いて、まるで高い所から落ちるかの様な、そんな不思議な感覚でした。
 釣り上げられる魚はこんな気分なのだろうなと、見当違いの事を考えながら、ザパァンと派手な水しぶきをあげて地上へと打ち上げられる私。
 気付けば、目の前には草原が広がっていました。
 サワサワと柔らかな風にそよぐ緑。
 見渡す限り全てが鮮やかな緑に埋め尽くされた、地の果ても見えない草原の中で、
「おーい、起きろー。アンネってばー」
「ぇ……あ、れ?」
 私は先代女王ネンネクロイツ……つまり母様の膝枕の上で寝ていました。
 亡くなったはずの人物が目と鼻の先に居て、状況が全く理解出来ません。
 ペタンと地面に座り直して対面しながら、目の前の女性を改めてマジマジと見つめてしまいます。
 吸い込まれるほどに深い朱色の瞳、整った鼻筋。
 薄紅色の唇をツンと尖らせながら、私を心配そうに見つめるその顔は二児の母親とは思えない位に若々しく。
 陽に照らされてキラキラと輝く、私と同じ茜色の長い髪。
 純白のドレスに身を包み、控えめに露出させたその豊満な胸の谷間には、
 母様が生前から肌身離さず身に付けていたペンダントが、ドレスの中に収まりきらずチョコンと乗っています。
 武装こそしていないものの、それは生前最期に見た母様の姿でした。
「母、様?」
 目の前の女性は、人懐っこい笑顔を浮かべながら、まるで数年振りに会う友人みたいな気軽さで、片手を挙げて挨拶してきます。
「よっ!」
 その姿はどこからどう見ても、それは母様でした。
「ふふっ、こうして会うのは久しぶりねっ! アンネ!」
 恐らく今の私は、久しぶりの母様との再会を嬉しいと喜ぶ顔ではなく、疑問を抱く様な顔をしているのでしょう。
 それを見た母様はポリポリと頭を掻きながら、
「あー……ほら。細かいことは気にしちゃ駄目よ? これは夢だからさ」
 と、気まずそうに呟きました。
「夢……そう、ですよね……」
 納得した気持ちと、残念だと思う気持ちが半々ずつ。
 死んでしまった人間が生き返るはずがない、それは当たり前のことです。
 確かに、母様が亡くなって以来、母様の夢を見ることは幾度となくありました。
 それでも、それは過去にあった出来事を追体験する様な感じの夢で、こんな不思議な夢は初めてです。
 私がそんな事を考えていると、
「……全く。久しぶりの再会だというのに、何小難しい顔してるのよ。
 もっとこう、何か無いの? ほら、会いたかったよお母さんー! ぎゅうううっ……とか」
 肩を抱き締める様な仕草をして、母様は言います。
「ぇ……ですが。もう年齢も年齢ですし、あまり甘えてばかりもいられない、というか……」
 思わずそんな言葉が口から出ました。
「ふーん。そっか……アンネも大人になったのねぇ……」
 しみじみと言いながら、腕を組んでウンウン頷く母様を見て、後悔の気持ちがジュクジュクと胸を蝕みます。
 それは、嘘でした。
 本当は、本当は抱き締めてもらいたい。
 ぎゅうとしてもらいたい。
 髪を撫でてもらいたい。
 でもそんな事すれば、私はきっと泣いてしまう。
 夢の中とはいえ、久しぶりに会った母様に、そんな情けない姿を見せる訳にはいかない。
 やるせない気持ちを耐えるように、唇を噛みしめていると、
「もう、相変わらず堅いわね……! ほぉらっ」
 そう言って母様は、
「え、ちょっ……むぎゅ!」
 私の顔を自分の立派な胸に埋める様にして、ぎゅうと抱き締めました。
 ほんのりと鼻孔をくすぐる懐かしい香り、柔らかく温かい母様の体温、トクントクンと規則的な鼓動。
「う、ぅ……母様、恥ずかしいです」
「何言ってんのよ。夢の中でくらい甘えてくれたって良いじゃない?」
 柔らかく温かい手のひらが、ゆっくりと優しく私の髪を撫でてくれます。
 抑えきれない感情を必死に堪えようとしますが、涙だけは自然と溢れ出てしまい、そんな顔を見せまいとぎゅっと強く抱きつきます。
 んふふ、と嬉しそうに笑い声をあげながら、
「それより、その堅い口調どうにかならないの? 昔よりも更に堅くなってる気がするんだけど……」
「ぐすっ……女王だるもの……言葉、遣いにも注意ずるものだど、書物で……ずっ」
「書物ねぇ……。まぁ私もアンネには色々な事教えたけど、肝心な女王の何たるかを教える前に死んじゃったからなぁ……。
 それだけは後悔で一杯よ。もう少し、時間が欲しかったわねぇ」
 そう言いながら、母様は赤ん坊をあやすように、私の頭をポンポン叩きます。
「まぁ夢の中とはいえ、こうして会えるんだから。ねっ!」
 両肩に手を置かれて改めて母様の顔を見ると、またしても溢れそうになる涙。
「ぐすっ」
「あっはは……馬鹿ねぇ……何泣いてるのよ。もう五年経ったんでしょ。切り替え、切り替えー。切り替えが肝心よ!」
「ずずっ……はい……」
 下を俯いてみっともなく鼻をすすりながら、涙を拭う私。
「アンネ……」
 肩に手を置かれて顔を上げると、深く綺麗な朱色の瞳にしっかりと見つめられます。
「貴方もだいぶ成長したみたいだし、私も安心しているわ。後はまぁ……今が一番大変な時期だろうけど、頑張りなさい」
「はい……でも、私……その……」
 思わず目を逸らし、今何を言うべきか、どう説明すべきか言い淀んでいると、
「オッホン」
 わざとらしく咳払いをした母様が、私に背を向けて歩きながら語り始めました。
 人差し指を立て、記憶を思い出すようにしながら、一言一言を噛み締めるように。
「役柄とか職業だけで、その人の価値全てが決まるものじゃない。
 もちろん貴方が女王になれれば一番良いけど、女王じゃなくたって、この国のために出来ることはたくさんある、うん」
 頷きつつ語るその姿は、まるで自分に言い聞かせる様でもありました。
 私の方に向き直ると、右の拳でトントンと立派な胸を叩く母様。
「大事なのは……これよ、これ」
 それに合わせて、たゆんと揺れる胸。今の私には到底真似の出来ない芸当です。
「胸、の大きさ……ですか?」
「あっはっは! そしたらアンネは失格ね! 残念っ!」
「うー……」
 立派な胸を張りながら楽しそうに笑うのを、羨望とほんの少し妬みを込め、ジットリとした眼差しで見つめます。
「大事なのはね」
 そう前置きすると、強い意志を秘めた朱色の瞳が、もう一度私の瞳を捉えました。
 珍しく真面目な顔をした母様は、トンと、胸に手を当てて口を開きます。
「大事なのは心よ、アンネ」
「……心?」
「そう……心。貴方が何をしたいのか、何をするべきなのか、何のためにするのか。自分の心を、自分の信念を決して見失わないこと」
 母様の真似をする様に自分の胸に手を当てます。
 ひとつひとつ、規則的に脈打つ生命の鼓動を感じながら、唇を動かして言葉を紡ぎました。
「私の、こころ」
「心配しなくても大丈夫。貴方は、私の……ネンネクロイツの娘なんだからね」
 母様は私を抱き寄せると、耳元でそっと囁きます。
「だから、その控えめなおっぱいも、いつかは大きくなるわ」
「むー……」
「ふふっ」
 悪戯っぽく笑って、後ろ歩きで少しずつ離れていく母様。
「リンネと仲良くするのよ……あの子、とっても寂しがり屋だから」
「うん」
 少しずつ距離が離れる毎に、少しずつ別離が近付く様なそんな気がして、
「ネムイが……お父さんがワガママ言ったら、貴方が厳しく言ってあげるのよ……」
「うん、うん……」
 私は泣きそうになるのを必死に堪え、力強く頷きます。
 それを見た母様も満足した様に頷いて優しく微笑みました。
 すると、ジワリ、母様の純白のドレスの右胸辺りが、赤く染まりました。
「あっぐ……もう、時間切れみたい、ね……ぐ」
 先程までとは打って変わって、母様は急に苦しそうな青白い顔になり、悲しい表情を浮かべます。
「母様ッ……!?」
 駆け寄ろうとしても、体はピクリとも動かずに、言うことを聞いてくれません。
「嫌だ! 母様行かないでっ!」
「もう少し、なのにね……全てを伝えるには、まだ足り……ない」
 そう呟いて、足元から砂塵の様にサラサラと崩れる姿は、儚くも幻想的で。
「何!? 何が足りないの!?」
「それは……アンネ、貴方自身……見つけ……なければ……いけ……」
 母様の声は少しずつ遠ざかり、途切れ途切れになって聞こえます。
「私が、見つける?」
「そう…………ゴール……見つけ……その…………過去か……目を……逸らさ……で……」
「母様、駄目だよッ! 聞こえないよ!」
 首から下が完全に消えてしまった母様は、悲しげな表情で私を慈しむかのように笑いかけ、
「……この国を、夢見の国を頼みます……」
 母様が亡くなったあの時と同じ様に、
「貴方には、この――」
 最期の言葉を言い終える前に、母様の頭は砂塵となって崩れ去りました。
「駄目、だよ……ぇぐ」
 吹き抜けていた優しい風がピタリと止み、草原に静寂が訪れます。
 呆然と立ちすくんでいた体は、支える力を失って、ガクリと膝から崩れ落ち、
「……聞こえ……ヒっく……ないよ……」
 そう呟いた私の耳に、最後まで聞こえていたのは、知らぬ間に漏らしていた、自身の嗚咽だけでした。
→19

▲モドル

 
20101123 アンネとマールと夢見る瞳17
←16

 ゴヅッという鈍い音、少年の体が軽々と吹き飛んで路地の壁に叩きつけられる。
「なっ……!?」
 子供相手に、なんて事を……!
 思わず叫びそうになるのをグッと堪えた。
 うつ伏せで倒れ伏せたまま動かない少年に、
「あぁ、しまったしまった……ついつい手がぶつかってしまったなぁ。大丈夫か、少年?」
 棒読みでそんな台詞を吐きやがる腐れ外道。
「いやしかし剣で斬りつけた訳でもないし……仕方ないなぁ。うん、そうだ、仕方ない。うん。ハハッ!」
 どの土地でも同じ、こんな輩が平和を守るというのだ。
 幼い頃の苦い思い出が甦り、フツフツとした怒りが沸いてくる。
「ふんっ……それにしても貧しそうな子供だ。おおかた金に目が眩んで、王女達を匿ったんだろう」
 駄目だ。
 ここで飛び出してはいけない。
 衛兵Aは、カツカツと足音を響かせて少年に近寄る。
「いくら貰ったのかは知らんが……」
 心臓の鼓動ひとつひとつが大きく強く胸を打ち、痛い。
「……」
「これだから乞食というものは……」
 そいつは吐き捨てる様に言いながら、
「扱いに困る、な!」
 少年の腹に、蹴りを、入れた。
 ドクン。
 一際大きな心臓の鼓動。
 流れる血潮が灼熱を帯びるかのように熱く、熱く。
 次の瞬間、私は衛兵へと、
「ッ貴さ……むぎゅ!」
 飛び掛かろうとした所で、またしても誰かに邪魔された。
 口を塞がれ、腰に腕を回されている。
 モガモガ言う私の耳元で、小さな声が囁いた。
「ちょいちょい待つのね。落ち着くのね」
 抵抗を止めて振り向いた私は目を疑うことになる。
「……!?」
 向こうで動けずにいるはずの少年の顔が、目と鼻の先にあったからだ。
「むぅー! むぐぐー!?」
「しぃー……大人しくするのね。この場はアタシらに任せるのね」
 アタシ?
 さきほどまでの少年の口調と声質が少しだけ違う。
 そんな違和感を感じて、声の主をよくよく見てみれば、それは少年ではなく少女だった。
 顔立ちも服装も怪しげな雰囲気も、少年と全く同じなのだが、目の印象だけが違う。
 少年はトロンとした眠そうな目をしていたが、この少女の目はキツく釣り上がり気の強そうな性格を醸し出していた。
 もはや何がなんだか理解できない。
 そうして状況が掴めずにいると、
「ぎゃああああああああ! やめ、やめろおおお!」
 木箱の向こうから悲鳴があがった。
 少年のものではない、あの衛兵Aのものだった。
「ふぅ。どうやら上手くいったみたいなのね」
 少女がそう呟いて、私の口を塞いでいた手を放す。
「ぷはっ…………! ……はぁ……あ、貴方は……、いや貴方達は、一体何なのです、か……!?」
 息を落ち着かせることすら忘れ、真っ先に疑問を口にした。
「まぁまぁ……落ち着くのね。それより」
 人なつこいニコニコした笑みを浮かべながら、ちょいちょいと、少女が木箱の向こう側を指差した。
 向こう側を見ろ、という事だろうか。
 恐る恐る木箱の陰から顔を覗かせてみると、
「……ひぎゃあぃぃう!?」
 思わず変な声をあげた私は、ペタリと床に尻餅をつく。
 路地の壁も、床も、ベットリとした血らしき液体がこびり付き、むせ返る程にムワっとした血生臭さが嗅覚を刺激した。
 いよいよ私の頭はおかしくなってしまったらしい。
 現実とは思えない光景が目の前で繰り広げられていた。
 少年と衛兵の姿はそこには無く、大小問わない肉片と、まだ生々しく血でぬめる臓物らしきグロテスクな何かが散らばっているだけだった。
 そして見たこともない骸骨の化け物が、それらを夢中で貪り喰らっていた。
 考えたくもなかったが、切り刻まれている装備から考えて、あの衛兵が喰われていることは明白だ。
 化け物が咀嚼する度に、グチャッという音と新たな赤色がまき散らされる。
 胃の底から沸き上がる吐き気をこらえていると、ふと何かに気付く様に顔をあげた化け物が、壊れたブリキ人形の様に、ギギギ、こちらを向いた。
 化け物を構成する骨のひとつひとつが、食事の際の返り血で真っ赤に染まっている。
 そしてユラリと、何処から取り出したのか巨大な鎌を携えて歩み寄ってくる化け物。
 カタカタと、肩を揺らし、頭を揺らし、笑いながら。
 あの奇妙で怪しい少年の様に笑いながら。
 ポタリ、ポタリと血を滴らせ、歩み寄ってくる。
 ズシャリ、ズシャリと咀嚼した肉片や臓物をまき散らし、歩み寄ってくる。
「ひぃぃ!? いやぁああ!!」
 後ずさろうとしたところで、ガシッと何かに肩を掴まれた。
「ドウシマシタ?」
 身体の芯まで冷える様な声と、肩を掴むやけに堅い感触に嫌な予感がした。
 それでも恐る恐る振り向いてみれば、
「……ひぅ!?」
 あまりの恐ろしさに声にならない声を出す。
 顎をカクカクさせながら笑う骸骨が目と鼻の先にあった。
 必死に肩を掴む骨を振り払って、化け物と対峙する。
 本当に現実の出来事とは思えない。
 頭ではそうだと、何となく分かっているが、正直理解し難い現実だった。
 つまり此処は、この骸骨の化け物達の巣窟であり、餌場。
 そしてあの少年と少女が、化物だったということだ。
 子供の姿で現れておいて、油断したところで襲いかかり、喰らうのだ。
 今まで以上のパニックに陥りながら、それでも私の頭は、アンネ様をどうやって逃がすか、そればかり考えていた。
 この思考が真っ先に出来るならば、まだまだ冷静だということだ。
 落ち着けマールオイスター、おのれの使命を果たせ。
 ドクンドクンといまだ激しく鼓動する胸にそう言い聞かせる。
 そして、化け物が衛兵を喰らっていた事と、肩を掴まれていた感触を思い出した。
 少なくとも実体がある、それなら打撃が効くかもしれない。
 そう考えた私は、腰を深く落として構えようとする。
 が、指一つ、ピクリとも動かすことが出来ない。
「な、ん……で!?」
 それどころか、もはや呼吸すらままならず、息苦しささえ覚える。
 か細い息を漏らす事しか出来なくなった私の両肩を、目の前の化け物が掴んだ。
 そしてカタカタと顎を鳴らしながら、
「女ノ子供ハ久方振リダ」
 無機質に冷たい声でそう言った。
 嗚呼、私の命はここで尽きてしまう。
 アンネ様を十分に守れないまま。こんな、こんなところで化け物に喰われて。
「ぁ……ア、アン……様……逃げ……」
 そうして化け物の顎が、ガバリと大きく、大きく開いた。
 せめて私を喰らうことで化け物が満足するならば、それでアンネ様が無事ならば、どれほど良いことだろうか。
 しかし、ここで喰い殺される私には、それは知る由もないことだった……。
→18

▲モドル

20101121 アンネとマールと夢見る瞳16
←15

 振り向いてみると、そこには少年が居た。
 背丈は私と同じくらい。
 先端が尖ったボロボロの怪しげな帽子を目深に被り、まっすぐ切り揃えられた前髪に、トロンとした眠そうな瞳。
 暗闇に溶け込むように真っ黒で、ところどころ破れたローブをまとい、首からは幾何学模様の描かれたペンダントをぶら下げている。
 それはそれは怪しい格好をした少年だった。
「だ、誰ですか? 貴方は……」
 突然出現した少年に戸惑いつつも問い掛ける。
 しかし彼は問いには答えず、こちらを一度チラリと見ると、木箱の陰から飛び出した。
「ちょ……ちょっと待」
 私が止める間もなく、少年は操り人形の様に不自然な足取りで衛兵の方へと歩いていく。
 顔を半分ほど出して覗いてみると、
「むむ……!!」
 木箱の陰から出てきた少年を警戒する衛兵と、
「ウケケケケケ!」
 肩を揺らしながら奇妙な笑い声を発し、それを見上げる少年という図だ。
「どうッスかー?」
 動きがあるのが見えたのか、路地の入り口で見張りをしている衛兵が声を掛けてきた。
 衛兵が二人居ると大変紛らわしいので、様子を見に来た方の衛兵をA、向こうで見張りをしている衛兵をBと名付けることにする。
「あぁ……! どうやら王女達ではないようだ! もう少しだけ待っていろ!」
 衛兵Aが振り向きながら叫ぶと、了解っすー、という軽い声が返ってきて、衛兵達の会話がひとまず終了した。
 どうやら衛兵Bがこちらにやって来る事はないようだ。
 彼はあくまで見張りに徹するらしく、衛兵Aが見てないのを良いことに、のんきに欠伸などしている。
 そうして、再び目の前の少年を注意深く観察した衛兵Aは、
「何者だ、お前は! こんな所で何をしている!」
 と、厳しい声で問いかける。
 しかし、その表情からは動揺の色がにじみ出ていた。
 目の前の怪しい少年に少しだけ戸惑っているようだ。
 それもそのはず。この少年は怪しすぎる。
 見た目はもちろん十分に怪しいのだが、それだけではない。
 彼の一挙一動の全てが怪しく、まとう空気すら怪しく、彼を構成する全ての要素から怪しさが滲み出し、見た目の怪しさをさらに際立たせていた。
「ウケケッ! 何者だお前はって……ウケケ! ワシはワシ以外の何者でもないのよね?
 そんで、こんな所で何をしているって……別に何もしていないのよね?
 散歩なのよね? そういうお前こそ何者なのよね? 何者なのよね?」
 常に疑問で問いかけてくる様な口調と奇妙な笑い方。
 まともに相手をすれば、調子が狂い、少年のペースに巻き込まれる。
「な、何……? 俺は、城下町警備二番隊所属のグラハムだ!」
 こんなにも怪しい少年を相手にしても、律儀に名乗る衛兵Aもといグラハム。
 仕事だから仕方ないとはいえ、私ならばこれほど怪しい存在とはあまり関わり合いたくないものだ。
「グ……ラ……?」
「グラハムだ」
「グ、ラ……ハヌ?」
「グ、ラ、ハ、ム!」
「グラハ……ヌ?」
「ハ、ム!」
「ハ、ム……。ハ……ム! わかった、お前の名前ハム! ウケケッ! 呼びやすいのよね?」
「……こいつ、頭が悪いのか」
 グラハム改めハムが悪態をついた声はこちらまで聞こえたが、少年は全く気にしていない様子だ。
「まぁ良い……ところでお前、ここら辺で手配書の人物を見掛けなかったか?」
「……ウケケ、何のことなのよね?」
 ハムからの質問に、一拍の間を置いて、少年が問い返す。
 手配書の人物とは恐らく私達のことだろう。
 とぼけた様な声を出す少年に、ハムは訝しげな表情をしながら、
「手配書が届いてないのか? まぁこんな路地裏の奥までは、配り切れていないのかもしれんな……」
 と、腰に提げた袋から一枚の紙を取り出して少年に渡した。
「アンネクロイツ王女とその付き人マールオイスターの手配書だ、夢見の国全体で指名手配されている。見覚えはないか?」
 どうやらあの紙が手配書らしい。
 私達の顔まで描かれているのは容易に予測出来るし、ハムの言葉から察すると、城下町全体にあの手配書が配られているようだ。
 厄介な事になった。
 アンネ様はともかくとして、私の顔まで知れ渡ってしまったのはだいぶ痛手だ。逃げ回るための装備など、買い物をすることすら難しくなる。
 手配書を受け取った少年は、それを裏返してジックリと見始めた。
「んー……?」
 何か疑問に思ったのか、少年は首を捻る。
 そうして紙を夜空に透かした。
 少年は角度を変えたりしながら紙を眺めている。
「これ色が薄くてだいぶ見難」
「それは裏面だ。ふざけているのか」
 少年が言葉を言い終える前に、ハムが言葉を被せてきた。
 少年は納得したらしく、コクコクと何度も頷いて、照れる様に頭を掻いた。
「も、もちろん冗談なのよね? ハムは冗談が通じないお堅い人なのよね?」
 そう言いながら、少年は手配書に視線を落とした。
「ウケ? こっちの女の子」
「何? お前、マールオイスターに見覚えがあるのか。何処だ、何処で見た!?」
「んー……?」
 しばらくそうしていた少年は、ローブの懐から何かを取り出した。
 手首を振るような動作をした後、シュボっという音と共に、少年の手元を中心として路地の壁がぼんやりと照らされた。
 どうやら火を灯したらしい。
 少年は持っている紙に火を近付けながら、紙の端から端までクルクルと一周させている。
 手配書の文字が見えないほど暗いという訳でもないだろうし、一体何をやっているのか。
「んー……んー……?」
 少年は首を傾げながら火を行ったり来たりさせている。
 ハムは、しばらくその行動を観察していたが、少年が何をやりたいのか気付いたらしく、心底呆れたという表情でこう言った。
「念のため言っておくが、炙り出しではない。……そもそもこれ以上何が炙り出るというのだ」
 忠告されて手を止めた少年は、ハムの顔を見上げる。
「わ、分かっているのよね? 暗くて見え難かっただけなのよね?」
 少年は息を吹きかけて火を消すと、改めて紙に視線を戻した。
「そんなに暗くもないだろうが。で、どうだ? 見覚えはあるのか?」
「ハム、人生は焦ったら負けなのよね?」
 ブツクサと呟きながら、少年は手配書を横向きに持つ。
 そして横にした紙の方向に合わせる様に、顔を傾けた。
「んー……なるほどなるほど。そういう事なのよね?」
 何かを納得したらしい少年は、
「んー……それにしても、首が凝ったのよね……ケケケ」
 不気味に笑いながら、壊れたゼンマイ仕掛けの人形のごとく、ギギギ、少しずつこちらに顔を向ける。
 そして私と少年の目が合った。
 少年の口元が歪み、ゆっくりと、ニヤリと釣り上がる。
 この笑みが一体何を意味しているのか私は知る由も無いが、負けてはいられない。
 こちらもニッコリと、最大級の笑顔を返してやる。
 貴方の笑顔は素敵すぎて背筋が凍りますね、とアンネ様から定評のある笑顔だ。
 そんな私の素敵な笑顔を見て、少年の瞳が一瞬鋭くなり、ほんの少し頷く。
 そしてゆっくりとした動きで顔の向きを戻した少年は、次にハムをジーッと見続けた。
 ハムも少年の視線に耐えて、二人は見つめ合い続ける。
 二人はしばらくそうしていたが、
「お前、いい加減にしろよ……見覚えはあるのか無いのか答えろ!」
 ハムが沈黙に耐えきれずそう尋ねると、少年はポツリと呟いた。
「やっぱ知らんのよね?」
 ふう、とため息をつき肩を落とすハム。
「そうか。なら良い、もし見掛けたら見回りの衛兵に声を掛けて……」
 そこで言葉を止めたハムが、突然視線をこちらに移した。
「……ッ!?」
 慌てて顔を引っ込める。
「ん……? 今何か」
 しまった。
 木箱から顔を出しすぎて見られたかもしれない。
「ウケケケ! ここはネズミが多いのよね?」
 少年は肩を揺らして笑いながらフォローしてくれたが、
「そう、か」
 納得したとは思えない歯切れの悪い返事が聞こえた。
 まだこちらを見ているに違いない。
 今度はバレないように、木箱同士のわずかな隙間から様子をうかがった。
 思った通り、ハムは私の隠れる木箱の陰が怪しいと踏んでいるらしく、少年の方を向かずに、こちら側ばかり気にしている。
 そして、何かを思い出すように呟いた。
「待てよ……。そう言えばさきほど、その辺りから奇妙な猫の鳴き声が聞こえたのだ」
 私の心がチクリと痛んだ。
 下手なのは分かっていたが、奇妙とまで言われるとは。
「ウケケ! それはワシなのよね? 猫の物真似は好きなのよね?」
 少年が得意げに、自信満々に胸を張る。
「ほう……ならば、もう一度やってみろ。それで判断してやる」
 挑発的なハムの言葉に、
「度肝抜かせてやるのよね?」
 そう呟いて、少年が小さく息を吸ったかと思うと、
「ヌャォーーン」
 猫が鳴いた。
 いや正確には、その鳴き声は少年が発したらしいのだが、猫が鳴いたと言っても大袈裟ではないほどに、それは猫の鳴き声だった。
 思わず近くに猫が居たのかと見渡すほどだ。
「……なるほど。上手い」
 ハムも素直に驚いているようだった。
「ウケケケ! ハム! 褒めたって何もあげないのよね?」
 嬉しそうにピョコンピョコンと飛び跳ね回る少年に対して、ハムの表情が徐々に厳しくなっていくのが分かった。
「……上手いが、駄目だ。俺がさきほど聞いた鳴き声は奇妙すぎた。お前の物とは似ても似つかない」
 失敬な。
「さすがのワシも、あんな奇妙な鳴き声は真似出……ウケケケケ!」
 失敬な本音を隠しきれず、思わずボソリと口を滑らせてしまった少年は、誤魔化す様に笑うが、ハムの表情は一層鋭いものとなった。
「ほう? お前は今、あんな奇妙な鳴き声、と言ったな」
 ハムはそう言いつつ、腰に手を伸ばす。
「それは、その……言葉のあやなのよね? ……ハム、ちょっと怖い顔なのよね?」
 少年が不安げな声を出すと、
「さきほどからおかしいとは思っていたが……」
 ハムは腰に釣り下げた鞘から剣を抜いて振り上げる。
「やはりそこに誰か隠れているだろう!? お前が子供とはいえ、手配されている者を匿えば罪になるぞ!
 なんなら、この場でお前を斬り殺してやってもいいんだ! どうする!?」
 少年を威圧する様に矢継ぎ早に怒鳴るハム、あまりの豹変ぶりに、ビクリと少年の肩が震えた。
 それでもなお、少年はピョンピョン飛び跳ねながら、おどけてみせる。
「ハムハム、怖い顔しないで笑うのよね? ほら、一緒に、ウケケケッ……」
 しかし、少年の発した消え入りそうで震えた声は、目の前に振りかざされた剣に対する恐怖と不安を隠し切れてはいない。
 もちろん、こんな場所で少年を殺せば大問題になるだろうし、そんな事普通は出来るはずがない。
 しかし、この少年への脅しとしては、十分過ぎる程に効果があったようだ。
 あれほど怪しさに満ち溢れていた少年も、今では年齢相応の弱々しい子供に見えた。
「ウケ……」
 泣きそうな声をあげる少年を前にしても、ハムは厳しい表情を決して崩そうとはしない。
「怪しい奴だと思って警戒をし過ぎていたようだな……所詮は子供か」
 フンと鼻を鳴らして、ずんずんとコチラに歩み寄ってくるハム。
「こちらもお前と遊んでいる時間は無い、さぁ……そこを退け!」
 強引にすり抜けようとするハムを、少年は両手を広げて阻止した。
「ハム、ハム? ここには誰も居ないのよね……? お願いだから、あっち行くのよね?」
 少年は幼い子供が嫌々とする様に、ブンブン頭を振りながら、恐怖で震える足で必死に踏ん張っている。
 ギリリと、ハムが歯軋りする音がここまで聞こえた。
「良いから退け! 子供とて容赦はせんぞ!」
 喚くように叫ぶハム。
 悪鬼のごとく顔を歪ませて、今にも怒りが絶頂に達しようとしている。
「ウケ……! 嫌なのよね? ここは絶対に、退かないのよね?」
「退け!」
「絶対、嫌なのよね?」
 どんなに退くように言っても、意地でも退かない少年を見て、ハムの表情が瞬時に冷めたものになった。
 そして一切の感情を含ませず、無表情でポツリと呟く。
「全く……仕方ないな」
 深くため息をついたハムが、まるで何もかも諦めた様に、振りかざしていた剣をダラリと下げた。
「分かった。お前がそこまで言うなら諦めよう」
 無表情から緩やかに優しげな表情に戻るハムの顔。
「ハムハム……! 分かってくれたのね!? ウケケッ!」
 少年は目の前の相手を見上げて、嬉しそうに笑い声をあげる。
「あぁ……」
 ハムと呼ばれた衛兵の口元が、悪魔のごとくニタァと歪み、
「お前を説得することを諦めよう」
 あろうことか無防備な少年の顔面を、剣の柄で思い切り殴り飛ばしたのだ。
→17

▲モドル

20101101 アンネとマールと夢見る瞳15
←14

 城門を抜けて城下町に出ると、すぐさま手近な路地裏に入り込んだ。
 路地裏といっても真っ暗な訳ではなく、周りにある民家の灯りや街灯、そして夜空に浮かぶ月のおかげでぼんやりと明るい。
 目の前まで近付かれなければ顔はバレない程度の明るさだ。
 とはいえ、人を背負った姿を見られたら、それだけで確実に怪しまれる。
 出来る限り人通りの少ない道を通っていくのが良いだろう。
 ちなみに城門を抜けてからは、お姫様抱っこはやめて、アンネ様を背負うことにした。
 荷物を手で持つことになるが、この方が移動しやすいし、抱きかかえているよりも楽なのだ。
 ジグザグと入り組む路地裏を進んでいったところで、ゴミ置き場の様な場所が目に入った。
 ここで行き止まりという訳でもなく、途中に曲がり道があり、路地裏のさらに奥へと分岐はまだまだ続くようだ。
 このまま奥に進んでも良いが、辺りに人は見当たらないし物陰もあって隠れやすい。
 この場に身を潜めようと思う。
 背負ったアンネ様を下ろし、地面に座り込む。
 気を張り続けていたせいか、座り込んだだけでドッと疲れが押し寄せた。
「ふぅ……」
 自覚は全く無かったが、自分で思っているよりも身体の方がクタクタのようだ。
 しばらくの間、ここで隠れながらアンネ様の意識が戻るのを待つのも悪くない。
 アンネ様が歩ける様になれば怪しまれずに移動出来るし、今よりも自由な行動が可能だ。
 何はともあれ、目覚めたら何よりも先に食事を摂取してもらおう。
 アンネ様の体調が気掛かりでまともに戦えなくては元も子もない。
 あとは、服装をどうにかしなければ。
 動き辛いのはもちろんだが見た目の問題もある。
 私はともかくとして、アンネ様の着ている様な服で城下町を歩くのは、あまりにも不自然なのだ。
 これからの行動をある程度まとめて一息ついたところで、とりあえず落ち着いて周りを見渡した。
 ここはゴミ置き場だと思っていたが、置かれている物をよく見てみれば、どうやらそうではないらしい。
 乱雑に積まれた木箱、転がった酒樽、剣や盾、ググリオが身に付けている様な全身を覆う甲冑まである。
 まぁ金属製の物はどれも錆びていて使い物にならないようだが。
「ふーん、荷物置き場のようですね」
 積まれている木箱をしげしげと眺める。
 一つ一つが私の膝くらいの高さで、正六面体。
 積まれている数は、二個だったり三個だったりしてマチマチ、それがいくつか並んでいる。
 どれも鍵の類は付いていないようだ。
 何となく。
 本当に何となくだが、中身が気になった。
 見たい。
 もちろん、誰かが置いた木箱の中を勝手に覗くなんて良くないし、そんな事している場合でもない。
 私の自制心が、そのように忠告している。
 だがしかし、この中に何が入っているのか知りたいという単純な好奇心は、ムクムクと膨れ上がる。
 ついには私の自制心を打ち負かした。
 盗む訳ではないし、見るだけなら……。
 それに、万が一これが危険な物だったりしてアンネ様に危害が及んではいけない。
「よし」
 この行為はあくまで、周囲に危険が無いかを確かめるという観点での、いわば自衛の一種なのだ。
 そう自分に言い聞かせて、ちょうど目の前にある木箱のフタに手をかける。
 ドキドキワクワク。
 そして、ゆっくりとフタを持ち上げ、中を覗き込むと、何やら白っぽいものが、
「……ひぃ!!」
 思わず叫んでしまい、フタを勢い良く叩きつけるように元に戻した。
 骨だ。
 何の骨かは判断出来ない、というかしたくないのだが、木箱の中は骨で一杯になっていた。
「な、何故こんな物が……」
 人骨で無いことを切に願うのみである。
 こういう類の物は物凄く苦手なのだ。
 木箱から距離を取って目を逸らし、今度は転がった酒樽に視線を移した。
 コチラは、どうやらフタが壊れてしまっているらしく、樽の中から何かこぼれ出ているようだ。
 何がこぼれ出ているのかは、ここからではよく分からない。
 何だろう。
 嫌な予感だけは、ひしひしと感じる。
 よせば良いとは思うのだがしかし、沸き上がる好奇心に対して、私は無力だった。
「よし」
 一歩一歩踏みしめて恐る恐る近寄る。
 樽からこぼれ出た物を目を凝らしてじっくりと見てみると、
「…………ひゃあ!!」
 思わず飛び退いた。
 蛇だ。
 いや正確には色とりどりの、奇妙な柄の、蛇の皮。
 背中にゾゾゾと虫が這ったような悪寒が走る。
「な、なんて薄気味悪い……」
 なんだか急に不安になった。
 改めて周りを見渡してみると、この荷物置き場にある物全てが、私にとって苦手な物のような気がしてきたのだ。
 錆びてしまっている剣も甲冑も、最初はただの錆びだと思っていたが、よく見てみればアレは、浴びる程の返り血で汚れているのではないだろうか。
 あの紐で縛り付けられ吊り下げられている干し肉の様な干涸らびた何かも、人型に見えないこともない。
 物陰があって隠れやすいとはいえ、こんな所でゆっくり待機など出来る訳がない。
 主に私の精神衛生上の理由で。
 一刻も早くこの場から離れて、
「……ッ!?」
 不意に路地の方から話し声が聞こえたので、慌てて近くにあった木箱の陰に身を潜める。
 こっそり顔を出して様子を伺うと、衛兵二名が会話をしながらこちらに向かってきているではないか。
 慌てて顔を引っ込める。
 こんなにも早く捜索の手が迫るとは。
 それに、こんな路地裏の深い所まで捜索してくるとは思いも寄らなかった。
 息を潜めて、二人の足音を聞く。
 段々と近付いてくる足音が、突然消えた。
「……?」
 どうやら途中の曲がり道の所で立ち止まったらしい。出来れば是非ともそちら側に曲がってほしいものだ。
 会話を聞くために耳を澄ませてみると、
「そしたら、隊長がな……おい、そっちじゃない。こっちこっち」
「ここ曲がるんすかー、こっちは良いんすか?」
「あぁ。そこはアレだ、ほら」
「……あ、あぁ。そういやそうっすね」
「あんな場所に身を隠す物好きは居ねえだろうよ」
「うぇ……想像しただけで、自分晩飯食えないかもしれねえっす」
「城内の奴らと連帯責任だから俺らも二食抜きの刑中だ。どちらにしろ食えないぞ」
「でも国王様寝てるんだし、別に良いじゃないっすか?」
「いや、ググリオ隊長が許さんだろ。で、そうそうあの堅物の隊長がな……」
 そんな話し声と共に、ガシャガシャという足音が遠ざかっていく。
 潜めていた息を、落ち着いてゆっくりと吐き出す。
 ひとまず危機は脱したようだが、いつ彼らが戻ってきてもおかしくはない。
 早いところ、ここから抜け出さなければ。
 そう考えた私は、アンネ様を背負うために一歩踏み出そうとしたが、
「……ひぃあ!?」
 突然足下を何かが横切って、思わず飛び上がった。
「っとと……ぁああッ!!」
 不安定な格好で着地したせいでバランスを崩し、あろうことか積まれていた木箱にぶつかってしまう。
 積まれていた木箱は派手な音と共に崩れ落ち、中に入っていた骨が乾いた音を立てて路地の方へとぶちまけられる。
「しまった……!!」
 なんということだ。
「おい、そこに誰か居るのか!」
 その音を聞きつけて、ガシャガシャと足音を立てながら先ほどの衛兵達が戻ってきてしまった。
「うぇ……これ全部骨っすか……」
 うむむ、バレてしまったなら仕方ない。
 こうなれば睡眠薬で眠らせて、
「先輩、気を付けて下さいっす! 相手は睡眠薬を持っているらしいっすよ!」
「ああ、分かっている!」
 うぎぎ。
 早くも睡眠薬の事がバレているとは。
 警戒されているとなれば、城門の様にすもーくぼーるを使う訳にはいかない。
 いや、待てよ。
 すもーくぼーるの煙で視界を奪い、勢い良く飛び出して突破出来れば、
「突破されん様に、お前はそこで待ってろ!」
「任してくれっす、大声で叫べば誰かしら駆けつけてくれるはずっす!」
「そうだな、まぁこんな気味悪い所に居たらの話だが」
 ぐぬぬ。
 駄目だ。
 こうなったら、や、殺るしか、
「先輩……。王女様達を捕獲して無事に帰れたら、美味い物沢山食べられるっすよね」
「もちろんだとも。さすがにググリオ隊長も許してくれるだろう。もしかすると俺ら昇進するかもしれんな!」
「昇進、すか……。そしたら……そしたら自分、あの娘に告白するっす!」
「告白って……。おいおい、本気か……」
「自分、激本気っす……!」
「……待てよ、待ってくれ! 俺もお前に伝えたい事があるんだよ!」
「ん? 何すか、伝えたい事って?」
「そ、それは……その……。駄目だ、今言う訳にはいかない。無事に戻ったら、その時に言う……から」
「何かよく分かんないけど、分かったっす」
「よし、後ろは、任せたぞ……!!」
「了解っす! いつだって先輩の後ろは、自分が守るっすよ!」
「……嬉しい事言ってくれる。お前のそういう所を俺は……いや、何でもない」
 何だ、これ。
 不思議な会話のせいで冷静な思考が狂わされる。
 そうして、衛兵の一人がコチラへ近寄って声を上げてきた。
「おい! そこに誰か居るんだろう!? 大人しく出てこい!」
 こ、こうなれば最終手段しかない。
 私は、静かに息を吸った。
 見栄など捨て去り、とびきり可愛く、愛想を振りまく様に、考え得る限りの猫撫で声で、
「にゃ、にゃーん」
 猫の鳴き声の真似をしてみた。
「……む?」
 急に黙り込む衛兵。
 これはもしかして、もしかするかもしれない。
「にゃうん」
 さらに、追撃。
「何だ、猫か……」
 や、やった。
 まさかとは思ったが、上手くいった。
 やれ魂が籠もっていないだの、猫の気持ちになれていないだのと、私が猫の真似をする度にアンネ様に散々言われ続けてきたが、
 私だってやれば、
「なんて言うと思ったか! さぁ、出て来い!」
 ですよね。
 あぁ、こうなれば二人同時に撃破するしか方法はない。
 となれば、こちらに近寄ってくる奴は良いとして、問題は後ろに居る衛兵だ。
 叫ばれる前に息の根を止め……いや気絶させないと、応援を呼ばれてしまっては厄介な事になる。
 とはいえ、叫ばれる前に間合いを詰めるには距離が離れすぎている。
 相手の実力も分からない、近寄ってくる奴を一撃で倒せるとも限らない、本当に可能なのだろうか?
 しかし躊躇している暇などない、すぐそこまで衛兵が来ている。
 行くしかない、大丈夫、どうにかなる。
 そう決意して、私が木箱の陰から飛び出そうとすると、
「ウケケケッ! ちょい待つのよね?」
 ポンと肩に手を置いて、誰かがそれを引き留めた。
→16

▲モドル

 
20101024 アンネとマールと夢見る瞳14
←13


 アンネ様の部屋の窓から飛び降りた私達は現在、城門へと向かっている。
 アンネ様はいまだに気を失ったまま、飛び降りた際の衝撃もほとんど伝わらなかったようで安心している。
 私の方も怪我は全く負ってないが、よくよく考えてみれば抱き方次第ではアンネ様の首の骨が折れていても不思議ではなかった。
 しっかり抱きかかえておいて本当に良かったとつくづく思う。
 それにしても、あの場から逃げるには手っ取り早い方法だったとはいえ、なんて危険な真似をしたんだろう。
 ググが焦っていたのも無理はない。
 自分では冷静なつもりだったが、実際はそうではなかったのかもしれない。
 大切な人を逃がすため、こんな無茶な事を実行してしまうほどに。
「大切な人、か……」
 王女の従者という立場になった頃の私は、それこそ貴族など大嫌いで、アンネ様と喧嘩ばかりしていた。
 アンネ様と暮らしていく内に、そういった意識が少しずつ変わってきた。
 アンネ様は年上のはずなのに私より子供っぽくてワガママで、だけど真っ直ぐな心を持っていて自分の信念を曲げなかった。
 周りの意見に流されて意見をコロコロ変える貴族の大人達を見てきた私にとって、そんな彼女の姿は何よりも眩しく見えた。
 とある事がきっかけで彼女を王女という肩書きではなく、アンネという名前で呼ぶ様になって以来、私達はより親密な関係になった。
 泣いたりしたし、笑いあったりもした。
 しょうもない事を一晩中語り合ったり、意見の食い違いから取っ組み合いの喧嘩をしたりもした。
 自分の信念の為に、自分の信じる者の為に沢山の無茶をしてきた。
 私もアンネ様に似てきたのだろうか。
「……距離が近過ぎるというのも考えものですかね」
 はぁ、と何度目か分からない溜息をひとつ。
 それはそれで良いかもしれない。
 気持ちを改めて、駆ける足に力を込める。
 とにかく、今はアンネ様を無事に逃がすのが最優先事項だ。
 まずは城下町へ逃げ込もうと考えていた。
 城下町ならば街灯があるとはいえ、隠れる場所も多いので逃げ回るにはうってつけだ。
 そうなると城門の警備が堅くなる前に外へと逃げたいが、それに関しては問題ないだろう。
 あのググの焦り様からして、私達が窓から飛び降りるとは想定していなかったはず。
 大人しく捕まるか、扉の包囲を強行突破してくるとでも考えていたのだろう。
 その分の時間差から考えて、警備が強化される前に城門まで辿り着くのは容易な事だ。
 そうして見回りの衛兵達を隠れてやり過ごしながら、あっという間に城門までやって来た。
 近くの茂みに身を隠して様子を伺うと、こちらから見える警備兵の数は三人。
 幸い、まだ夕方近くのせいか門は開いている。
 さすがに城門だけは隠れながら抜け出すことは出来ないので、警備兵をどうにかしなければいけない。
 倒して進むという方法もあるが、体力温存のためにもそんな事をしている余裕はない。
 服が汚れない様にゆっくりとアンネ様を地面へ下ろし、背負った包みの中から目当ての物を探し始めた。
「えぇと……」
 棚に並んだアンネ様特製睡眠薬の中には、投げ付けるタイプの睡眠薬があったはずだ。
 あれは、いつもの様に勉学をサボって逃げ回るアンネ様を説教しようと追いかけていた時のことだ。
 突然、球状の物体を投げ付けられ、そこから吹き出した煙をモロに吸い込み眠ってしまったのを覚えている。
 そうやってアンネ様は毎度のように手を変え品を変えて私から逃げる。
 いつの間にか居なくなり、そしていつの間にか部屋に戻ってきているのだ。
「すもーく、ぼーる?」
 それっぽい名称が記された、紐付きの小さな球状物体を手に取る。
 似たような球状の物がいくつかあり、これで合っているのか少々不安だったが、本体には丁寧な説明書きがされていた。
 ・使用方法……紐を引っ張ると五秒後に約十秒間煙状の睡眠薬を放出します。
 ・効果範囲……半径五マール。
 ・注意……使用する際は風向きを考え、煙を吸い込まない様に息を止めましょう。
 なるほど、やはりこれで間違いない。
 細かく記された字を見て、アンネ様が一生懸命この球体にペンで書き込む姿を想像して少し笑ってしまった。
 こういう事に関しては本当に熱心なのだ。
 少しでも良いからこの情熱を勉学にも注いでほしいものだが、調合した睡眠薬を幸せそうに眺めるアンネ様を見ていると、いつも何も言えなくなってしまう。
「……ふふっ」
 私も甘くなったものだ。
 さて、このすもーくぼーるについて大体理解した。
 しかし肝心の効果範囲について疑問が残る。
 五マールという単位だ。何故メートルではないのか。
 マール。
 これは私の名前だ。まさか、私に関する数字を基準としているのだろうか。
 嗚呼、アンネ様ならやりかねない。
 これは私の身長基準に違いない。
 ニヤニヤしながら距離を計算する姿が目に浮かぶようだ。
 だとしたらえぇと、
「七……いや八メートル。という事は、煙が出ている間は息を止めておいた方が良いですね」
 誰に言うでもなく、キリッとした表情で呟いてみたけれど、自分でも少し虚しくなった。
 まぁ少なくとも城門から半径七メートル、この茂みにも煙が届くかもしれない。
 十秒間は息を止めておくに越したことはない。
 肺の空気を吐いてから息を大きく吸い込み、すもーくぼーるの紐を引き抜いて城門へと放り投げる。
 大きく弧を描いて落ちていくすもーくぼーるは、城門で並ぶ三人の警備兵の内、真ん中に位置する男の足元へと落ちた。
 我ながらナイスコントロールだ。  警備兵は突然飛んできた物体を灯りで照らして確認している。
 すると、すぐにプシューという気の抜ける様な音と共に煙が吹き出し始めたので、私はすぐさま息を止めた。
 薄暗いとはいえ、警備兵の照らしている灯りのおかげで煙の届く範囲が確認出来る。
 効果範囲が分かりやすい様に煙に色付されているらしく、青い煙が城門付近に放出され続けているのが分かった。
「……」
 半径五メートルほどの青い煙だ。
 半径五メートルほどの青い煙がすもーくぼーるから吹き出している。
 半径五メートル以内に居る警備兵達は煙を吸ってしまい、あっという間にバタバタと倒れていった。
 半径五メートルほどの煙なので、こちらまで届く気配はほとんどないようだ。
 そうして、きっかり十秒後。
 半径五メートルほどの煙が消えていき、視界が晴れていく。
「……」
 城門付近には大いびきをかきながら眠る三人の警備兵達の姿。
 どうやら上手いこといったらしい。
 息を止めるのをやめ、ゆっくりと、静かに息を吸い込む。
「そんなに小さくないです!」
 私の小さな叫び声が、城門付近で虚しく響いた。
→15

▲モドル

 
20101017 アンネとマールと夢見る瞳13
←12


――ドサリと、
 マールの背後で何かが倒れる音がした。
 扉越しにググリオと口論していたマールは叫ぶのを止めて振り返る。
 そこには仰向けに倒れたアンネの姿が。
「ア、アンネ様ッ!?」
 慌ててアンネを抱き起こして声をかけるが、しかし反応は無い。
 顔面は蒼白。血の気も失せ、生気が感じられない。額に浮かぶ汗が無ければ、死んでいるのではないかと疑う程だ。
 そんな弱りきったアンネを前にしても、マールは冷静に状況を判断する。
 それが彼女に与えられた使命であり、従者としての役割。
「……貧血? 二食抜きの刑中とはいえ、昼食はしっかり召し上がったはずでは……」
 しかし思い当たる節がマールにはあった。
 謁見の間にてグスカピと対峙した際に、アンネが無意識に発した号令。
 アンネ自身は気付いていないかもしれないが、他者を圧倒するだけの威力を持つ号令はそれだけで相当のエネルギーを消耗するだろう。
「それと、極度の緊張とストレス……ですか」
 激しく叩かれる扉の方に目を向け、マールは溜息をつく。
「これだけ立て続けに容疑者扱いされたら、誰だって気疲れしますよね」
 マールがアンネの髪を優しく撫でると、その苦しそうな表情が心なしか和らいだ気がした。
 部屋の外ではマールの声が消えた事を不審に思ったのか、
 壊してしまえと言わんばかりの勢いで更に扉が激しく叩かれ始めた。
 ググリオの叫び声も聞こえる。
「王女! マール! 早くここを開けないと、手荒な真似をする事になりますよ!」
 もちろんググリオが本気を出せば、こんな扉など簡単に突破出来るに違いない。
 それでもそうしないのは、あくまで事を穏便に済ませたいからだとマールは考えていた。
 そして誰かが錠前を開けようとしている音を聴き逃すほど、マールも焦ってはいない。
 鍵を開けるまではまだ時間がかかる。しかし複雑な構造の鍵とはいえ、あまり長くは保たないだろう。
 声を上げているのはググリオ一人であるが、恐らく部屋の外には近衛兵数名が待ち構えている。
 気を失ったアンネを庇って逃げながら、副隊長率いる王国近衛兵隊を相手に出来る程の力量は持ち合わせていない。
 部屋の地形を活かして死ぬ気でやれば、もしくは部屋にある睡眠薬を使えば、
 外に居るググリオ達全員と相討ち位には持ち込めるかもしれないが、
「それじゃ駄目ですよね、アンネ様……」
 部屋の中で効果範囲の不明な睡眠薬を使ってうっかり自分まで眠ってしまったら、アンネ一人を残す事になる。
 それに例えこの場を切り抜けたところで、城内ではすぐに追い込まれてしまうだろう。
 ならば大人しく捕まってしまった方が安全な気もするし、ググリオは信頼に足る人物だとマールも重々承知していた。
 マールはアンネを信じていた。この事件には何か裏があるはずだが、一度捕まってしまえばそれを究明する事すらままならない。
 まずはこの場を切り抜けなければ。
「こんな日に限ってスカートだなんて……」
 溜息をつきながらそんな言葉をポツリと呟いたマール。
 俊敏な動きで棚に並べられたアンネ特製睡眠薬の内、ガラス瓶に入れられた物以外を選び取るとベッドの上に。
 更に机の上に置かれたクッキーをベッドの上に乗せると、それらをシーツごと包んで背負う。
 マールは部屋の奥側に配置された窓を開け放つと、アンネを抱きかかえた。
 まさにお姫様抱っこだなと、そんな冗談を考えながら窓の外を見下ろす。
 窓の外は月明かりでぼんやりと照らされ、目を凝らせば地面が見える程度の明るさ。
 この少女は、出入口を塞がれたのなら窓から飛び降りる以外の方法は無い、と考えたのだ。
 あまりにも無謀。
 常人ならば飛び降りる事など思い付かない高さであり、ましてや人を抱き抱えながら飛び降りればタダでは済まされないだろう。
 しかし、地面と接触する直前に衝撃を相殺する程度の衝撃を足元へ繰り出せば無事なはずと、
 そんな机上の空論めいた発想をマールは大真面目で実行するつもりでいた。
 地面までの距離、落下する速度と重力から衝撃の程度を予測し、空気抵抗とか難しい事に関しては誤差の範囲として割り切った。
 アンネが軽いとはいえ、人を抱えながら落ちれば前方へとバランスが崩れるかもしれない。その為にも同じ重さとは言えないが、ある程度の重量を背に負った。
 窓の縁に足を掛け、マールは脳内で着地姿勢を何度もイメージする。
 目を閉じて息を止め、精神を集中させる。
 と、次の瞬間、扉の方からガチャリと錠前が開く音がした。
 勢い良く扉が開かれ、白銀の甲冑に身を包んだググリオを先頭に近衛兵達が部屋へと入ってくる。
「王女! 大人しく牢屋に……って、おいっ!?」
 窓の縁に足を掛けているマールの後ろ姿を見て、ググリオはまさかと目を疑った。
 逃げるために窓から飛び降りるつもりか。
 そんな事をして無事で済むはずがないし、それ故そのような可能性をググリオは微塵も考えていなかった。
「ちょっ! 馬鹿ぁ! やめてえええええ!」
 ググリオは思わず甲高い悲鳴にも似た声をあげ、手を伸ばして止めようとするが、少女の後ろ姿は気にせずに跳躍。
 直後、ズガンという地響きと凄まじい衝撃音が窓の外から聞こえる。
「嘘、でしょ……!?」
 さすがのググリオも焦って窓の外を見下ろした。
 目を凝らして見てみれば、マールが落下した辺りの土が盛大に抉れているのが分かる。
 その場には既に彼女達の姿は無い。少なくとも逃げられる程度には無事な様だ。
「は、はぁ……よ、良かった……」
 思わずホッと胸を撫で下ろすググリオに、厳つい顔の近衛兵の一人が声をかける。
「隊長ッ! いかが致しましょうか!?」
「あ、あぁ……そうだね。恐らく彼女らは城下町へと逃げるつもりだろう」
 城下町ならば街灯で照らされているとはいえ薄暗い。
 物陰や路地裏など逃げ込める場所は沢山あるし、この時間帯は人通りもそれなりに多いので人混みに紛れてしまえば探すのは困難になる。
 逃げたり隠れたりするには最適の条件が揃っているのだ。
「仕方ない……王女とマールを指名手配しよう。もちろん危害は出来るだけ加えない様にする事!」
「はっ!」
「僕らも城下町に繰り出して捜索するよ! これ以上無茶されたら困るからね!」
 ググリオは近衛兵達に指示を飛ばしたあと、更に言葉を付け加えた。
「それから、僕は副隊長だからね。間違えない様に!」
「……はっ!! 失礼しました、副隊長!」
 返ってきた元気の良い返事を聞いて、ググリオは満足げに頷く。
「宜しい、では行こう」 
 こうして、王女アンネクロイツとその従者マールオイスターの逃走劇は幕を開けたのだった。

→14

▲モドル

 
20101009 アンネとマールと夢見る瞳12
←11

「王女ー! 王女ー!」
 扉の向こう側からは叫ぶ様な声が聞こえてきます。
「何ですか、全く。騒々しいですね」
 あまりの激しいノックで扉が壊れてしまうのではないかと心配になった私は、
「今開けますから、扉を叩くのを止めなさい!」
 と相手に注意し、扉が壊れてしまう前に鍵を開けようと手を伸ばしました。
 しかしマールがその手を止めるのです。
「鍵は掛けたままで」
 呟いたマールは扉のすぐ近くに立ち、突然の訪問者に語りかけます。
「まずは名乗るのが礼儀というものでしょう」
「マールも居るのか! それなら話は早い、僕は王国近衛兵隊副隊長であり名はググリオグッドナイト! 
 緊急事態だ、話を聞いてくれ!」
 兜に反響してくぐもった様な響きを持つ声とググリオグッドナイトという名前を聞き、その姿を思い浮かべます。
「ググリオ……あぁ鎧の方ですね」
 彼の名前までは知りませんでしたが、常に白銀の甲冑を身に付け素顔を隠しているその姿だけはよく覚えています。
 顔に大きな火傷の跡か切り傷があるだとか、見る者を恐怖のどん底に陥らせる凶悪な顔をしているだとか、
 真偽の定かではない噂が流れていますが本人は全く気にも留めていないようです。
 それに兜から覗く目元は大変優しげであり、少なくとも凶悪な顔でないことは確かでした。
「一体何の用事でしょう?」
 マールが怪訝な表情で尋ねてきます。
「私に聞かれても困りますが……まぁ嫌な予感しかしませんね……」
 ググリオは近衛兵隊隊長だったグスカピが大臣の座に就いた際に、隊長の座に昇格するはずだった立場でしたが、
 何故かそれを辞退し副隊長の座に甘んじているという変わり者だという事も聞いています。
 ちなみに現在の近衛兵隊は隊長不在の状態ですが、ググリオが隊長の役割を果たしているのでほとんど問題無いようです。
 こちらでひそひそと話し合っていると、
「扉越しでも構わないから聞いてほしい! 国王が倒れられた!」
 と、耳を疑う様な情報が彼の口から飛び出しました。
「な、何ですってッ!?」
「ど、どういう事ですか!?」
 私とマールがほぼ同時に叫ぶのを聞き、彼は言葉を続けます。
「先ほど国王の寝室警護の衛兵から連絡があり、国王が……その、寝息は立てているが、心臓がピクリとも動いていないらしい」
「それはまさか……」
 対象の心臓の鼓動を止め、目覚薬を飲ませない限り決して目覚めさせない眠りへと誘う効果。
「永眠薬の話は、僕も聞いている。国王は何者かに永眠薬を飲まされたようだ……」
「と、父様が……永眠薬で……」
 信じられない出来事に地面が揺れる様な感覚に陥ります。
「だ、大丈夫ですか?」
 不安そうな顔でこちらを見つめてくるマール。
 私は彼女に心配をかけない様、足下に力を入れて立ち直すと精一杯の元気な顔で告げます。
「大丈夫です、問題ありません。それよりも、被害者を増やさない為に一刻も早く犯人を探し出さないと……」
 そんな時に目に付いたのは、机の上に置いてあるひとつの袋。
 確かその袋の中身は、後でマールと一緒に食べようと思っていたクッキーだったはず。
 クッキーから連想されて一人の男の顔が思い浮かび、それと同時におぞましい筋肉ダルマの裸エプロン姿が脳内にイメージされました。
 次の瞬間、私の部屋にバシンという小気味良い音が響きます。
「ッ!」
 私は何の躊躇いも無く自分の頬を叩いたのです。
 叩いた頬は熱を持った様に熱くなり、後から遅れてくるようにしてジワジワとした痛みがやってきます。
「な、何やってるんですか!?」
「……いえ、人生に不必要な情報が脳を侵そうとしていたので」
 痛みのおかげで気持ち悪い画像は脳内から飛んでいき、思考もクリアーになりました。
「ググリオ。グスカピは……グスカピ大臣はどうしましたか?」
 扉の向こう側に居るであろうググリオに問いかけます。
 すると、こちらの会話を聞いていたのでしょうか、すぐに返事が返ってきます。
「実を言うと、王女よりも先に大臣に情報を伝えようとしたんだ。しかし大臣も地下の居室にて同様の症状で眠っていて……」
「まさかグスカピまで?」
 行動が怪しかったグスカピまで、永眠薬の被害に遭っていると言うのです。では一体誰が……。
「ググ。それは確かな情報ですか?」
 マールがググリオの反応を伺うように問いかけます。
 というか、ググって……何その愛称。
 二人は何か特別な関係なのでしょうか。ものすごく気になります。
「ああ、僕も国王と大臣、両方の様子を見ているから間違いない。確かな情報だ」
「そうですか、ググが言うなら間違いないですね」
 納得した様な顔で頷くマール。
 目の前の少女は、やけにググリオを信頼しているようです。
「マール、貴方ググリオと親しいのですか?」
 そう尋ねると、きょとんとした顔をしながらマールが答えます。
「いえ。親しいというか、彼とはよく手合わせをしていますので」
「そ、そうですか」
 武の道を歩む者同士、通じ合う感覚があるのかもしれません。私も何か始めるべきでしょうか。
「ともかく、王女様は一刻も早く目覚薬を調合して下さい。そうすれば被害者から犯人の情報を聞き出す事が出来るはずです」
「そ、そうですね」
 犯人の情報もそうですが、例え眠っているだけの状態とはいえ、そのまま放置しておけば本当に死んでしまいます。
 永眠薬で眠り始めた状態から死に至るまでの時間は約二週間程度。
 最初に被害に遭った兵士に関しては、それよりも短い事を考えると、今から一週間以内には目覚薬を調合したいところです。
 とはいえ、あとは材料さえ揃えば良いのです。数日以内には、すぐに完成します。いつも通っているお店に置いてあれば良いのですが。
「その事だがマール。犯人の情報を聞き出す必要はないんだ。犯人の顔は分かっている」
「それはどういう事です」
「王女、こんな事を聞くのは失礼ですが、こちらのお部屋にはずっと居ましたか?」
「変な事を聞きますね。謁見の間から帰ってきてから、マールに起こされるまで、私はずっと部屋で寝ていましたが?」
「それを証明出来る人間は?」
「証明と言われても、マールは自室で仕事をしていましたし……部屋には私しか居ませんでしたので、眠っていたとしか。
 私がこの時間帯に眠っているのは、多くの者が知っているはずです」
 そうです。
 不眠症に関しては公言したりはしていませんが、お昼の一時間後から始まるお昼寝時間帯に関しては周りに知らせてあります。
「……まさか、ググは王女様が犯人だと疑っているのですか!?」
 感情的に、弾け飛ぶように、マールが扉に向かって叫びます。
「いや、僕も王女様を疑いたくはないのだが、寝室の見張り兵士達が王女に突然眠らされたと口々に言っているんだ。
 そして、彼らが目覚めた時には、国王が永眠薬の被害に遭っていたと……」
 落ち着き払った冷静な声が扉の向こう側から返ってきました。
「馬鹿な……! 私は確かにこの部屋で寝ていましたし、そんな事をした覚えは……!」
 そこまで言ったところで、記憶の片隅に引っ掛かる疑問。
 あの薬瓶は何故私の枕元に置いてあったのか。
 何故掛けたはずの扉の鍵が開いていたのか。
 睡眠と不動は等しいか。
 無意識の内に私が皆を手に掛けたのか。
「……あ…………ぇ?」
 いや、でも、しかし、まさか、そんな、けれど。
 私こそが犯人なのか。
 馬鹿みたいに現実味を帯びた思考が浮かんでは消え、消えては浮かび、視界がぐるぐるぐるぐる回り、目の前が急に真っ暗に、
「ぁぐ……」
「ア、アンネ様っ!?」
 突如沸き上がる胃の奥からの吐き気を必死に堪える様に膝を抱えて座り込みます。
「ともかく、これ以上被害を出さない為にも、王女には牢屋に入っていてもらいたい。だからこの扉を開けてくれ!」
 牢屋、私が、何故、犯人だから。
 そうだ、私だ、私がやった。
 寝ている間に、無意識の内に、皆を。
「待って下さい、ググ! ア……王女様がそんな事するはずがありません!」
「確かに王女を疑うなんて馬鹿みたいな話だけど、目撃者が居るんだ。王女が犯人だという可能性は非常に高いんだ!」
「しかし……!」
 ぼんやりとした意識の中、必死に叫ぶマールの声。
 張り詰めていた糸がプツンと切れる様に、意識が遠のき……

→13

▲モドル

 
20100905 アンネとマールと夢見る瞳11

←10
「…………ン……さ……、アン…………様!」
 体を揺さぶられる感覚と、聞き慣れた少女の声により、沈んでいた意識が徐々に呼び戻されます。
「むにゃむにゃ。マール、もう食べられませんよう」
「なんてベタな寝言を……」
「もっと私を食べて、とかそんな事言われても……これ以上やったらマールが壊れてしま……むにゃむにゃ……」
「どんな夢見てるんですかぁ!」
「……んぅ?」
 一際大きな声で叫ばれ、閉じていた目をうっすら開けると、そこには少々不機嫌そうなマールの顔がありました。
 私はほんのり微笑みながら彼女に挨拶をします。
「あぁ……マールですか。おはようございます。そして……おやすみなさ……グー」
「アンネ様ぁ!」
 マールは私の名前を呼びながら、しばらくの間必死に体をゆさゆさと揺さぶり続けていました。
 しかし効果が無いと分かったのか、マールは体を揺さぶるのを止めると、今度は耳元で叫びながらペチペチと私の頬を叩き始めます。
「アンネ様! 起きてください!」
「痛っ……ちょ……やめっ……」
 彼女にしては珍しく力加減をしている様ですが、延々と続けられるとなると、これはこれで地味に痛い。
 仕方なく腕で顔を防御しますが、その腕を持ち上げてまで頬をペチペチと叩いてくるので、たまったものではありません。
「起きるまで叩くのを止めませんよ! 頬が赤く腫れて、人前に出るのが少々躊躇われる様な顔になっても、叩くのを止めませんからねっ!」
「うぅ……嫌ぁ……あと三十秒……」
 地味な痛みに耐えかね、思わず私がそんな台詞を呟くと、マールはピタリと叩くのを止めるのでした。
「……」
「……?」
 いよいよ諦めたのかと思い、私が恐る恐る目を開けてみると、少女は数字をカウント中の様子。
 自分の発言を思い返してみて、そのカウントの意味に気付きます。
「にじゅうごー……」
「や、やっぱり五分!」
 差し迫る期限を延長するべく、慌てて言い直しましたが、
「さんじゅー!! はい、経ちましたー! 三十秒経ちましたよーっ!」
 マールは私の両腕を掴むと、掛け声と共にグイっと引っ張って、無理矢理体を起こし上げようとします。
 思わず三十秒とか言ってしまいましたけど、三十秒だけ睡眠を延長したところで無力な自分に何が出来るというのでしょうか。
 今度から三十分と言おう。
 そう心に誓い、今回ばかりはマールの熱意に免じて素直に引っ張られてあげる事にします
 体を起こされた私は、サラリと髪を掻き上げて、目覚め直後の寝ぼけた様子を感じさせない爽やかさで、少女に語りかけます。
「ふっ……御苦労様です、マール」
「アンネ様、よだれが」
「……」
 あくまで自然な動作で口元を拭った私は、サラリと髪を掻き上げて、目覚め直後の寝ぼけた様子を感じさせない爽やかさで、少女に語りかけます
「これは心の」
「よだれですよね」
「……」
 汗と言い終える前によだれ認定されてしまった私は、サラリと髪を掻き上げて、目覚め直後の寝ぼけた様子を感じさせない爽やかさで、少女に語りかけます。
「ふっ。そうです、心のよだれです」
「……」
 マールはジットリとした視線を向けながら、
「随分幸せそうに寝ていた様ですが……目覚薬の情報は集まりましたか?」
 と、尋ねてきました。
「マール、世の中には睡眠学習という言葉があるそうです」
「そうですか」
 まぁ言葉があるからどうこうという問題ではないですよね。
「べ、別に……マールのために寝ていた訳じゃないんだからねッ!」
 照れ隠しをした幼馴染風に言ってみましたが、目の前の少女の反応を見る限り、状況は芳しくありません。
「もう……どう突っ込んだら良いんですか、それ」
 呆れ気味なマールの言葉に、私は頬が赤くなるのを感じました。
「突っ込むだなんて、そんな……。私としては貴方とならどんな体位でも構いませんけども、出来れば背後からこう……」
 私の言葉を完璧にスルーして、マールは母親が子供に言い聞かせるかのように説明をし始めます。
「犯人に関する手掛かりを見つけないと被害が広がるかもしれませんし、永眠薬の被害者を放置してたら死んでしまいます。
 ……どちらにしても早く目覚薬を調合しなければいけないのですよ?」
「それはもちろん分かっていますけど、気を失う程に眠かったんだもん……」
「だもんとか、可愛らしく言っても駄目です」
「でもほら、時間帯が」
 私がそう言うと、マールは時計を確認して「あぁ、そうでした」と納得してくれます。
 夜眠れない代わりに、食後一時間後から二、三時間は睡眠を取るのが私の習慣となっているのです。
「確かに考えてみれば、普段のアンネ様なら寝ている時間ですね……」
「毎度、迷惑を掛けております」
「迷惑は良いですから、せめて鍵くらいは掛けておいて下さい、不用心すぎます」
「鍵はかけましたよ」
「え? 来た時には開いてましたけど」
「あれ、おかしいですね? 鍵は確かに掛けたはずでしたが……」
 マールには合い鍵を持たせてあるので、自室に居る時は大抵部屋に鍵を掛けるのですが……もしかして掛け忘れたのでしょうか。
 何しろ謁見の間で色々あって疲れていたので、記憶が曖昧です。
「まだ寝ぼけているのではないですか? ん? アンネ様、その枕元にある小瓶は何ですか?」
「はい?」
 マールに言われて見てみれば、確かに枕元に小瓶が転がっています。
 蓋は開封されていますが、幸い空瓶だった様で、中身がベッドに零れたりはしていません。
「ラベルも張ってありますし、何かの薬瓶みたいですね……」
「アンネ様。飲み終えた薬の瓶を枕元に置いておくなんて、だらしないですよ」
「薬なんて飲んだ覚えはありません……えぇと?」
 空の小瓶を手に取り、ラベルの文字を読んでみると、
「ぽ、い、ず、ん、あ、っ、ぷ、る」
 見覚えのある字で、そう書かれていました。
 見覚えのある字というか、どう見ても私の筆跡に間違いありませんし、これは私の作った薬です。
 ラベルにそのままの薬名を書いてしまうのも少々危険なので、私は一つ一つの薬にオリジナリティ溢れる名前を付ける様にしています。
「ぽいずんあっぷる……つまり毒リンゴですか。随分物騒な名前ですね。それは一体何の薬なんですか?」
「ちょっと待って下さい、思い出しますから」
 たまに名前の由来が捻られすぎてて、何の薬か咄嗟に判断出来ない事があるのは問題ではありますが、まぁ仕方ありません。
 毒リンゴと言えば、私の知っている物語の中に、魔女に毒リンゴを食べさせられて目覚めない眠りにつかされてしまうお姫様のお話があります。
 確かこの薬は、その物語に由来して付けた名前だったはず。目覚めない眠り……。
「あぁ、永眠薬ですね」
「へぇ」
 そうです。その物語では、お姫様の眠りを覚ますには王子様のキスが必要で、
 目覚薬が完成したらプリンスキスという名前を付けるんだと一人で勝手に盛り上がっていたのを思い出しました。
「ん? 永眠薬?」
「で、永眠薬の空瓶が何故アンネ様の枕元に?」
「何故でしょう?」
「「んー……??」」
 二人で首を捻りながら不可解な状況について考えていると、
――ドンドンドン!!
 と、激しく扉を叩く音が部屋に響き渡りました。
→12

▲モドル

 
20100829 アンネとマールと夢見る瞳10

←09
「ふやあぁぁぁ……眠い眠にゃむにゃ」
 大きなアクビをしながら眠そうに目を擦り、一人の少女が部屋へと入ってくる。
 否、少女の様に見える中性的な顔立ちではあるが、彼はれっきとした男性であり、二人の子供の父親であり、夢見の国の王である。
 ここはネムイネムイ国王の寝室。
 ほのかな照明で照らされた薄暗い部屋で、中央にはキングサイズのベッドが一つ置いてあるだけ。
 彼が眠るためだけにある部屋だ。
 国王はいつも眠っているという噂があるが、彼は常に玉座に座りながら寝ている訳ではない。
 というよりも、玉座では気を抜いた時に寝てしまうだけで、実際は寝たフリをしている事の方が多い。
 何故そんな事をするかといえば、玉座だと寝難い姿勢だというのが大半の理由ではあるが、周りの人間の動向を知る為でもある。
 自分が寝ているという状況下で、普段とは違った行動を起こす輩が居ないか探る為であり、
 更には寝ているかどうか分からないという状況を反逆者の行動の抑止力とする為だ。
 人というのは常に監視されるより、監視されているか分からない状況の方が緊張感が増すものなのだと、彼は身をもって味わっていた。
「ふぅむ……しかしあのグスカピがのう……」
 ネムイネムイにとって今回のグスカピ大臣の件は予想外だったが、今後は抑止力が上手く働いてくれるだろうと信じていた。
 しかしそれと同時に、今後の大臣の行動には注意しなければいけないし、詳しい事情も聞かなければならないとも考えていた。
「まぁ難しい事は寝ながら考えよう」
 陽気に鼻歌を歌いながら、いそいそと服を脱ぎ捨てる国王。
 男性とは思えないほどに細くスラリと長い手足と華奢な体つきは、ほのかな照明とあいまって女性と間違われても仕方のない美しいものだった。
 そうして身に付けているのは下着のみという潔い格好になった彼は、壁に掛けてあった大きなパジャマをすっぽりと頭から被る。
 こうすることで、彼にとってぶかぶかで大きなパジャマが、ちょっとしたワンピース状態になった。
「それにしてもアンネめ、あんなに大声で僕の秘密を暴露して……ふぁぁ眠い眠……むにゃむにゃ……」
 彼は寝言の様にそんな事を呟きながら、まだ真っ昼間だというのに、
 とはいえ夢見の国は常夜の世界なので外は一年中真っ暗なのだが、ベッドに横になってそのまま眠ってしまった。
 ほどなくして部屋にはスヤスヤという静かな寝息が聞こえ始める。
 彼が眠りに就いてしばらくした頃、部屋の外がにわかに騒がしくなった。
 その騒がしさのせいか、それとも何となく感じた胸騒ぎのせいか、彼は緩やかに目を覚ます。
「……何じゃ、騒がしい……」
 外が騒がしいのは気になる、しかし今は物凄く眠いのでもう一度眠るべきだ。
 そう考えた彼がもう一度眠るために意識を沈めようとすると、控えめなノックの音がそれを妨げた。
「誰じゃ……?」
 眠るのを邪魔されて少しだけ不機嫌そうな国王の問いに、返ってきたのは少女の声。
「私です、アンネです」
「んー」
 国王が肯定とも否定とも取れる返事をすると、ガチャリと扉が開かれた。
 部屋に入ってきた茜色の髪の少女を出迎えるため、寝ぼけながらも彼はベッドから体を起こす。
「んー……アンネ。……今は眠いから、出来れば後で来むにゃ……」
 その様に言った国王に「すぐ済みますので」と呟いた少女はベッドへと近寄って、彼に一つの薬瓶を差し出す。
「むにゃ? これは何なのじゃ?」
 彼は少女が持つ薬瓶のラベルを読もうとしたが、部屋が薄暗いのと目覚めた直後のせいで上手く読み取れなかった。
 そんな彼に、少女は囁く。
「父上がより男らしくなるための薬です、ささ、どうぞググイっと」
 寝ぼけている時の国王の判断力は、赤子のそれに等しく、
「おお……それは凄い! これを飲めば、僕も国王らしく……」
 さきほどまでの眠そうな様子とは一転、子供のように目を輝かせて何の疑いもなく少女から薬瓶を受け取ると、
 国王はコクコクと喉を鳴らしながらそれを一気に飲み干した。
「ぷはぁ! んー、苦いのう……良薬口に苦しとは、まさにこの事じゃ……」
 薬の苦さに顔をしかめながら、口元を拭った国王。
 少女は彼から空の薬瓶を受け取ると、
「ふふっ、では父上……おやすみなさいませ」
 と言って一礼し、音もなく部屋から出ていった。
 いつのまにか外の騒がしさも収まっており、部屋はひっそりと静まり返る。
「お、よ……何じ……ゃ……」
 次の瞬間、今まで感じた事の無いような強烈な眠気が、眠気というよりも暴力的なまでの意識の剥奪が彼を襲った。
 起こしていた身体は何の抵抗も無くドサリとベッドへ倒れ込む。
 柔らかなベッドに身を任せ、幸せそうに眠っている国王。
 すやすやと静かな寝息を立てているものの、彼のその心臓は既に、鼓動することを止めていた。
→11

▲モドル

20100822 アンネとマールと夢見る瞳09

←08
 謁見の間から出ると、大きな扉がゴゴゴゴゴと地鳴りの様な音を響かせながら閉まっていきます。
 閉まっていく扉の隙間から、国王が手を振っている姿が見えました。
 そして完全に扉が閉まり切ったのを確認すると、私はペタリと床に座り込みます。
「ふぅ……」
「アンネ様、ドレスが汚れますよ」
 そう言って私を立ち上がらせると、マールはドレスに付いた埃を手で払ってくれました。
「一時はどうなる事かと思いましたが、何とかなりましたね、マール。感謝していますよ」
「アンネ様を護るのが私の役目ですからね。気にしないで下さい」
 そんなマールの典型的な言葉を聞き、私の中に悪戯心が芽生えます。
 まぁ毎回芽生えるどころか花が咲いているんですけども。
 私は下を俯いて落ち込む様なフリをしてみせると、
「そうですか……。マールが私を護るのは、それが役割だからですか」
 声のトーンを落として、沈んだような口調で言いました。
 するとマールは珍しく焦った様な具合で、
「いえいえ! そういうつもりで言ったのではなく、勿論、それが私の役割ではなくても護らせて頂きます! 
 私はアンネ様の付き人である前に、その……親友、ですから……」
 頬を赤く染め顔を背けるようにしながら、マールは消え入る様な声でそう言います。
 自分の過去の発言を棚にあげて、私はしみじみと呟きました。
「……なんとまぁ、恥ずかしい台詞を」
「アンネ様が言った台詞じゃないですか!」
「そんな台詞言いましたかね」
「あっ、ズルい!」
「なんて、冗談ですよ。とにかく貴方のおかげで助かりましたよ、本当にありがとう」
「恐縮です、ふふっ」
 マールが突然何かを思い出した様に笑い、嬉しそうな顔をしました。
「ん? 何ですマール、嬉しそうですね」
「えぇ、国王様からの言葉を思い出しまして」
 おそらく国王がマールの頭を撫でながら耳元で囁いた言葉のことでしょう。
 私というものがありながら、言葉一つでこんなにも嬉しそうに笑うなんて、マールの浮気者め。
「それで。頭を思う存分撫でられながら、どのような事を言われたのですか?」
 自分でも気付かない内に、つい拗ねた様な口調になってしまいます。
「マールオイスター、親友として、そして良き理解者としてこれからもアンネの側に居てやってくれ」
 マールが声色を変えてそう言います。
 本人は国王の真似をしているつもりのようですが、全然似てませんでした。
「それとアンネがネンネによく似てきたのう。危なっかしいだろうけど、これからも宜しく頼むぞ」
「……ふ、ふーん?」
 私が母様に似てきた?
 それは大変嬉しい事ではありますが、自分には全く実感がありません。
「あ、アンネ様。似てきたと言っても、胸の大きさでは無くてですね」
「そんな事言われなくても分かっています」
 これでも最近は大きくなったというのに……。
 娘の私が言うのも何ですが、母様は大変立派な胸をお持ちでして、それを表現しようとするならば「たゆんたゆん」という音が最適でしょう。
 動作をひとつする度に揺れるその胸は、まるで何かの生き物のようで、豊満な胸に抱かれて眠ると大変心地良かったのを覚えています。
 母様の遺伝子が流れている限り、私の将来(主に胸のサイズ的な意味で)も安泰のはず。
 そう思っていた時期が私にもありました。
 しかし努力無くして成功は勝ち取れない事に気付いた私は、数年前から毎日の食卓に乳製品を取り入れるなどの努力を欠かしていません。
 が、発育があまりよろしくないのが現状です。
 もちろん同い年の娘に比べたら、それほど小さいという訳でもないでしょうし、慎ましく形の整った良い胸だと自負しています。
 とはいえ、なにぶんお城には比較対象が少なすぎますので、一般的なサイズがどうなっているのか気になる所ではあるのです。
「ふむ……」
 目の前の少女の胸をペタペタと触りながら、思案顔でそんな事を考えていると、
「何どさくさに紛れて私の胸触っているんですか!」
 マールの胸を触っていた手を、ペチッと叩かれてしまいました。
「はっ!? つ、つい衝動的に……」
「全く、変態ですか」
「相手がマールなら、私は変態です!」
「ひぃ!」
 ズザザと本気で後退さるマールに対して、優しく微笑みながらその瞳を見据えます。
「ふふふ、冗談ですよ……」
「目が本気じゃないですか!」
 いけないいけない。
 自分でも気付かない内に、飢えた獣のごとく、目がギラギラしていた様です。
 私は無理矢理云々というのは嫌いなのです。
「まぁ冗談はともかくとして、私の何処が母様に似てきたというのですか?」
「えぇとですね……謁見の間でのアンネ様の号令が、生前のネンネ様の物に似ていて、国王様はその事を言っていたのだと思います」
 つまり、マールと大臣が対峙した時の事でしょう。
「あ……あの時は、無我夢中で叫んだだけです。戦場でもあるまいし、号令という程の物では無かったと思いますが……」
「戦場であるかどうかは関係ありません。
 意図的では無いにしろ、女王の威厳を確かにこの身に感じました。それでアンネ様の女王らしい姿に何だか感動しまして。
 国王様も同じ様に感じられたようです」
 それで私の女王らしい姿を思い出して嬉しそうな顔をしていたと、マールは語りました。
「まぁ、マールと父上がそう言うのでしたら、そうなのでしょう。私は日々成長しているのですよ」
「※ただし胸は除く」
「マール……貴方には少しばかりお仕置きが必要ですね」
「冗談ですよ、アンネ様」
 ふふふ、と可愛らしく笑うマールの耳元で、声のトーンを落として甘く囁いてやります。
「今日は晩ご飯抜きですし、代わりにマールでも頂きましょうかね」
 そしてマールの体を下から上へ舐め回すようにじっくり観察し、
「大変美味しそうですね」
 そう言って私がペロリと舌なめずりをすると、
「ひ、ひぃ……!」
 本気で怖がるマール。
「冗談です」
「目が、目がギラギラって!」
「ふっふっふ」
 そうして私達がしばらくの間、冗談を言い合いながら自室へと戻る長い長い廊下を歩いていると、
 後ろから何者かが走り寄ってくる音が聞こえました。
 私よりも先に音に気付いて振り向いたマールから、瞬時に殺気がみなぎるのが分かります。
 振り向いて見てみれば、そこには袋を抱えたグスカピ大臣の姿がありました。
「何か用ですか、大臣」
 私は落ち着き払った声で、大臣に問いかけます。
 ここまで長い廊下をだいぶ走ってきただろうに、大臣の額には汗一つありません。
「あー……敵対の意志はない。その、謝罪をしにきたのだ」
 そう言うと大臣は、深々と頭を下げ、携えていた袋を突き出してきます。
「先ほどは無礼な真似をして、申し訳ありませんでした。これをわしの謝罪の気持ちとして受け取って貰いたいのです」
「何ですかこの袋は」
 突き出された袋の端っこを持ち、怪訝な顔で中身を覗くと甘い香りが漂ってきます。
「わしが焼いたクッキーですぞ! ……おいマールオイスター、何だその心底嫌そうな顔は」
「大臣がクッキー焼く姿を思い浮かべると気持ち悪いとか全く思っていません」
 今にも吐きそうな表情をしながら、マールが言います。
 筋骨隆々とした白髪のオッサンが、裸エプロンで鼻歌歌いながらクッキーを焼いている姿とか、
 思わずハート型のクッキーを作ってしまい「キャッ! わしったら何やってるのだ」と言いながら頬を染めたりする姿とか想像したら吐き気がしました。
「失敬な奴だ、わしだって料理くらいする」
「王女、毒が入っているかもしれませんよ」
 と、マールが顔を近付けて囁きました。
「毒とか以前の問題です。そもそも女子以外の裸エプロンは絶対に認めません」
「裸エプロンって何の話ですか?」
「こちらの話です」
 ヒソヒソと小声で相談し合った結果、クッキーは返上する事に決定。
「そんなハート型のクッキーは受け取れません」
「何か盛大な誤解をされているようですな」
 大臣はそう言ってクッキーの入った袋を受け取ると、
「良いのですかな、王女様達は二食抜きの刑を受けているのでしょう。これは戦時の貴重な栄養源としてわしが独自に開発した特製クッキー。
 一枚でご飯二杯分のエネルギーが補給出来ますぞ」
「何ですか、その十秒チャージ二時間キープみたいなノリのクッキーは」
 とは言いつつ、確かに二食抜かなければならない我々には、このクッキーが重要な物である事に違いはありません。
 刑執行中でも、クッキーくらいならバレる事はまずありませんし、
 万が一バレたとしても大臣から貰ったと言えば大目に見てもらえるでしょう。
「確かに我々には必要な物かもしれませんが、その情報を知りながら、王女にクッキーを渡そうとするのは尚更怪しいと思います」
「あ、確かに言われてみれば……相変わらずマールは鋭いですね」
 そう言って頭を撫でて褒めてあげると、マールは目を細めて気持ち良さそうにします。
「よしよし」
「えへへ」
 これは私がただ単にマールの頭を撫でたかっただけでもあります。
「むむ……そう言われるのも仕方がない。ならばわしが毒味としていくつか食べてみせましょう」
 大臣は袋をガサガサと振って無作為に三枚ほどクッキーを取り出すと、
 コインよりも一回り大きいサイズで、少なくとも見た目は物凄く美味しそうな黄金色のそれをむさぼり始めました。
 サクサクッという小気味良い音と共に消費されていくクッキーを眺めていると、
 思わず「美味しそう」とか「喉が乾きそうだから紅茶と一緒に」とか考えてしまう女の子の性。
 そうして三枚のクッキーをあっと言う間に平らげると、
「毒など入っておらん、自信作ですぞ」
 と、たくましい胸を張って、袋を突き出す大臣。
 その自信満々な態度に、思わずクッキーの入った袋を受け取ってしまいました。
「ま、まぁ……とりあえず毒は入っていないようですし、受け取りましょうかね」
 大臣がクッキーを食べる姿を見て、自分も無性に食べたくなってしまったのは言うまでもありません。
 マールも視線をクッキーに釘付けにしながら、
「そ、そうですね、完全に二食抜きはツライですからね」
 と、クッキーを受け取る事に賛成の意志を示します。
「裸エプロンの事は忘れましょう」
 せっかくの美味しそうなクッキーが台無しになってしまうので、大臣の裸エプロン姿は記憶の奥底のゴミ箱にでも封印しておきましょう。
「むむ、裸エプロンとは?」
 訝しげな表情でこちらを伺ってくる大臣を軽く一瞥し、こちらの話ですと目を逸らします。
 しばらくはその顔を見るだけで、おぞましい姿を想像してしまいそうです。
「では有り難く頂きます、ありがとうございました」
「いえいえ、ではわしは筋トレの刑に戻りますので」
 そう言って大臣はもう一度深々と頭を下げると、走り去ってあっと言う間に見えなくなりました。
 マールに袋を渡すと、
「それにしても意外ですね、大臣がお菓子作りなんて……」
 袋に入ったクッキーを見つめながら、マールがぼんやりと呟きます。
「えぇ……」
 筋トレの最中にわざわざ持ってきてくれたのかとか、そもそもいつの間に作ったのかとか、
 様々な疑問が思い浮かびましたが、しかしそんな事よりも大臣の裸エプロン姿が頭にこびり付いて離れないのがたまらなく嫌でした。
「さ、マール。私達も部屋に戻りましょう」
「はいっ」
 元気良く返事をしてピョコンと飛び跳ねるマールを見て、私はもう一度彼女の頭を撫でるのでした。
 その後、自室の前でマールと別れた私は、部屋に入るなりドアに鍵をかけ、すぐさまベッドに飛び込みます。
 ボフッと、ベッドが柔らかい感触を跳ね返し、じわじわと沈んでいく私の体。
「ふひゅぅ……」
 大臣に貰ったクッキーはマールの仕事が終わった後、私の部屋に集まって食べる事になりました。
 それまでの間、私は永眠薬の効果を打ち消す目覚薬の情報を集めないといけないのですが、
 自室に戻って気が抜けたせいか意識が徐々に遠のいてきます。
 不眠症で夜にしっかりと睡眠を取れていないため、食後から一時間位経つと、
 食後すぐに来る軽い眠気とは比べものにならない程の強烈な眠気が襲いかかってくるのです。
「少しだけ……寝……」
 そうして、私はまどろむ間もなく、あっと言う間に深い眠りにつきました。

→10

▲モドル

20100816 なつまつり

ぼく 「夏休みは何処かに行きました?」
かいしゃのひと 「えぇ、夏祭りに」
ぼく 「あ、僕も行ったんですよ。毎年入場するのに凄い待ちますよねー」
かいしゃのひと 「それほど待たずに入れましたよ」
ぼく 「えっ」
かいしゃのひと 「えっ」
ぼく 「あ、サークル参加って事ですか?」
かいしゃのひと 「えっ」
ぼく 「えっ」
かいしゃのひと 「……輪になるって事ですか?」
ぼく 「何がですか?」
かいしゃのひと 「参加者が」
ぼく 「まぁ輪になるというか、会場をグルリと遠回りしますね」
かいしゃのひと 「そうなんだ、すごい」
ぼく 「僕は入場するのに3時間位待ちましたよ」
かいしゃのひと 「なにそれこわい」
ぼく 「禁止されてるんですけど、徹夜して待つ人も居るみたいです」
かいしゃのひと 「なにそれもこわい」

▲モドル

20100731 アンネとマールと夢見る瞳08

←07
「グスカピが言っていた様に、現在の法律では永眠薬を調合すると重罪になる」
 死罪に問われる事は無いが、と国王の言葉が続きます。
 とは言え、前科持ちを女王にするなど言語道断な事なので、女王継承権を剥奪される可能性が十分にあるのは確かでした。
 もしそうなれば、母の最後の言葉に背く結果となります。
 心がねじ切れる思いですが、それでもこれは自身が招いた事。
 ここは、しっかりと覚悟を決めなければいけません。
「しかし、結局の所アンネが永眠薬を調合したという、確たる証拠は無いのだ」
 確かに、隠し持っている先代女王の手記を見られた訳ではありませんが、
 あの場でマールが庇ってくれなかったら手記が発見され、それが証拠となったはず。
 彼女には今一度、感謝しなければいけません。
「そもそもこの法律は、あくまで永眠薬が名称通り、対象者を完全に永眠させる効果だという事前提で制定された物じゃ。
 その効果を打ち消す薬があるなら、また話が変わってくる」
「どういうことですか?」
「ネンネが服用しているのは知らんかったが、薬の効果から考えるに、
 永眠薬は本来不眠症患者のために作り出された物なのじゃろう? それ故、ネンネもずっと禁止令に反対していた」
「そうですね、悪用される事もあったみたいですが……」
「そう、そこじゃ。要は調合した者ではなく、悪意を持って永眠薬を使用した者に対して罰を与えれば良い。
 逆に考えれば、現在の法律では永眠薬を悪用した者が罪に問われる事はない」
「随分と大きな抜け穴ですね……」
「全く、誰じゃ。こんな法律を許可したのは……」
 きょろきょろと周りを見渡した国王に、謁見の間に居る国王以外全員の視線が突き刺さります。
「僕か」
「そうでしょうね」
 一年中眠っている国王のことです。
 恐らく目覚めた直後に書類を渡され、寝ぼけながら承認したに違いありません。
「ううむ。あの時は目覚めた直後に書類を渡され、寝ぼけながら承認した気がするのう」
「……はぁ」
 予想通りの展開に溜息をひとつ。そして私は自身の為に重要になってくる問題を切り出します。
「それでは、永眠薬の禁止令は改正されるという事ですか?」
「うむ。まずは、永眠薬を調合した者の罪は問わない。勿論、悪用されるのを知りながら、譲り渡した者には罪を与えよう。
 さらに、悪意を持って他者にこれを使用した者に罪を与える事とする。
 悪意を持って、の部分が曖昧ではあるが、双方同意の下使用する、という文言を付け足せば問題無かろう」
 つらつらと、新しい改正案をあっという間に紡ぎ出す国王。
 いつも寝ぼけていると思っていましたが、今日は珍しく頭の回転が早いようです。
「よし、善は急げじゃ」
 国王は、衛兵にメモ用紙とペンを持ってこさせると、キュッキュという音と共にペンを走らせます。
 そしてそのメモ用紙を一枚、台紙から切り離すと、
「ほい、承認」
 と、呟いて左目を軽く開いてからパチリとウインク。
 ジュっという音と共に細長い煙がメモ用紙からあがりました。
 どうやら左の瞳でメモ用紙に承認印を焼き付けたようです。
「これで、永眠薬に関する法律は改正されたぞ」
「父上、そんなメモ用紙で簡単に法律を変えてしまって良いのですか?」
「書類の形式は関係無い、この僕の承認が重要となるのじゃ」
 と、ポーズを決めながらウインクしてみせる国王。
「ほれほれ、案外可愛いじゃろ」
 くっ。
 男性のはずなのに、その上、自分の実の父親なのに、妙に可愛らしく見えるのが憎い。
「まぁ……そうですね」
 そんなぼんやりとした返事を返した私に、国王は、
「アンネもやってみるが良い、必殺ポーズじゃ」
 と、提案します。
「こ、こうですか?」
 言われるがままに、右手で指の形を真似して、こめかみに当て、片目でウインクすると、
「キラッ!」
 と、国王が実に見事なタイミングで妙な合いの手を入れやがりました。
「かっ、可愛いです!」
「マール……」
 今まで押し黙っていたマールが興奮気味に反応したので、恥ずかしさがこみ上げてきます。
「いざという時は使っても良いぞ、僕が許す」
 国王がニヤニヤ笑いながら言いましたので、私は一言。
「遠慮しておきます」
 と、丁重にお断りさせて頂きました。どんな時に役立つというのでしょうか、全く。
「まぁ永眠薬の法律を改正したのは良いとして、今回の事件でそれを悪用した者を突き止めねばならん」
「そうですね、一体誰がこんな事を……」
 今回の事件の被害者は城の兵士達。
 彼らに何らかの恨みがあったのか、それとも何か別の意図があるのか、はたまた永眠薬の効果を試しただけなのか。
「国王様、こんな考え方はいかがでしょうか」
 と、マールが一歩前へ進み出て発言します。
「うむ。マールオイスター、申してみよ」
「はい。これはあくまで予測でしか無いのですが、
 犯人は手記を持っている者にしか調合し得ない永眠薬を悪用する事で、その者に罪を着せるのが目的かと」
 確かに永眠薬の被害者が居るという事は、永眠薬を調合した者が居るという事の証明になります。
 そうなればまず初めに、手記の所有者つまり今回は私が疑われた。
「うむ……やはりグスカピが怪しいか」
「そうなりますね。王女様に対する態度も変でしたし……」
 確かに、大臣が疑わしいのは分かりますが、私にはイマイチ納得が出来ませんでした。
 策略家である大臣が、こんな単純で、自分が怪しまれる様な作戦を練るのでしょうか。
「あとで探りを入れてみるかのう」
 眠そうにあくびをしながら、国王は何気なく呟きます。
「それと、目覚薬とかいう薬があれば、被害者から情報が聞き出せるかもしれんな」
「そうですね、一刻も早く完成させます」
 私がそう言うと、頼むぞ、と国王が一言。
 彼は眠そうに目をクシクシと擦っているので、そろそろ睡眠を取る時間なのでしょう。
 思えば、今日の国王は珍しく長時間起きている様な気がします。
「では、父上。お話も終わったようですし、そろそろ部屋に戻ります。マール、行きますよ」
「はい、王女様」
 私はマールに声をかけて謁見の間を出ようとしましたが、
「あぁ、ちょっと待つのじゃアンネ。最後にひとつ聞きたい事がある」
 と、国王に呼び止められてしまいました。
 部屋に戻ろうとしていた体を、くるりと一回転させて国王の方へ向き直ります。
「何でしょうか?」
 うむ、と一拍置いてから真剣な表情に戻ると国王は、
「ネンネの手記は、そこにあるのじゃな?」
 そのように尋ねてきました。
「えぇと……」
 そういえば手記を盗み出した事に関してすっかりと忘れていました。
 王族の身とはいえ、宝物庫から物を盗み出せば窃盗罪に問われます。
 手記について正直に話すべきかどうか迷っていると、国王は私の心中を察したのか、
「隠さなくても良いぞ、手記を盗み出した事を罪には問うつもりは無い。
 もともと次代の女王となるお主に渡すつもりだったのじゃ。安心するが良い」
 と、言ってくれました。
 それならば問題ないでしょう。
 私は、言われた言葉を素直に信じて、
「こちらに……」
 胸元の隠しポケットから手記を取り出しました。
 表紙は皮製、手の平ほどの大きさの紙を何十枚も紐で束ねたもので、開けばビッシリとページを埋め尽くす様に記された母の筆跡。
 癖のある独特な筆記体で書かれているため、その情報を解読するのには相当苦労しました。
「全て、読んだのか?」
 という問いに対して「隅々まで」と答えた私の言葉を聞いて、国王は頭を抱え深く重い溜息を吐きました。
「うぅむ……。あのページを切り取ってから渡そうと考えていたが、すっかり忘れていたせいで先に見られてしまうとは……」
 独り言の様にボソボソと呟く国王の声が、こちらまで届いてきます。
 あのページとはどのページの事でしょうか。
 記憶の中から手記の内容をたぐり寄せ、それらしい情報が無かったか思い出します。
「あれは墓場まで持っていきたい僕の秘密だと言うのに……」
 独り言のつもりなのでしょうが、こちらに情報が駄々漏れです。
「秘密……」
 確かに、手記には母上しか知り得ない様な、国王の秘密が色々と記されていました。
 しかし墓場まで持っていきたいレベルの秘密と言えば、その数は限られてきます。
「お漏らしのことですかね?」
 と、マールが横から耳打ちしてきました。
 お漏らし。
「あぁ! 母上が夢見る瞳で怖い夢を見させて目覚めさせた時に、父上がお漏らしたっていう!」
「ひぁぁ! 王女様! そんな大声で叫んではいけません!」
「ん?」
 衛兵達がざわざわとざわめき始めました。
 そういえば、何でマールが手記の内容を知っているのでしょう。
 マールには私の色々な物を見せたりしていますが、手記だけは見せた覚えがありません。
「マール、貴方何で手記の内容を知っているのですか」
「え、えっと……そんな事より」
「ぐぎぎぎぎぎ……」
 と、何か恐ろしい唸り声が聞こえてきました。
 そちらに視線を向けると、国王が可愛らしい顔を真っ赤に染めて、体をプルプルと震わせているのが見えました。
「あっ……」
 そこで初めて、自分が非常に不味い発言をした事に気付き、慌てて口を閉じました。
 エマージェンシーです、非常事態です。
 ついついデリケートでプライベートな秘密を大声で暴露してしまいました。
 私がもし自分のこのような秘密を暴露されたら、一週間は寝込んでしまうでしょう。
 しかし、こんな時はどうすれば良いか。私には分かっていました。
 そうです、やってみせますとも。
「キラッ!」
 と、私は国王に向かって、例の必殺ポーズを華麗に決めながら最高級の笑顔でウインクしてみせるのです。
 すると、
「可愛いですっ! 最高ですっ!」
 と、横でマールが瞳をキラキラ輝かせて喜び、
「アアアアンネクロイツゥゥ! ふざけておるのかぁぁッ!」
 国王の怒りは、とどまる事を知りません。
「おや?」
 どういう事でしょうか。
 今こそが、いざという時だというのに、全く効果が無ありません。それどころか怒りを倍増させた気さえします。
 なんて使えない技。
「アンネクロイツ! 僕の尊厳を失わせた罪として、二食抜きの刑!」
「ひぃ……!」
 私はガクリと床に膝を付き、自身の愚かさを嘆きます。
 今、私が宣告された二食抜きの刑とは、例えば今回の場合、
 本日の晩と明日の朝のご飯が食べられないという何とも恐ろしい刑罰なのです。
 刑罰を受けている間は、たとえ直接厨房に赴いて土下座で頼み込んだとしても、食料を分けてもらう事は出来ません。
「マールオイスター!」
「はっ、はい!」
「二食抜きの刑!」
「ひぃ……!」
 ガクリと、マールも床に膝を付きました。
 二食抜くだけとはいえ、育ち盛りで食べ盛りな人間にとって、この刑がどれほど辛い事かマールもよく分かっているはずです。
「ついでに、衛兵達も二食抜きの刑じゃ!」
 ひぃ、という野太い声の合唱が謁見の間に響きます。
 嗚呼ごめんなさい。巻き添えを喰らった衛兵達に心の中で合掌しました。
 国王の身辺警護以外にも雑用や肉体労働を多くしている中での二食抜き。
 さぞかし辛い事でしょう。
「皆、今の話を口外したらどうなるか分かっておるな?」
 ニコリと微笑む国王のあまりの恐ろしさに、広間に居る国王を除く全員が身震いしながらコクコクと頷きました。
「まぁ、聞きたかった事はそれだけじゃ。部屋に戻って良いぞ」
「で、では失礼します。行きますよ、マール」
「はいっ」
 これ以上失言しないためにも、私は深く頭を下げると、マールを連れてそそくさと謁見の間を退場しました。

→09

▲モドル

20100727 とさかかっ!04

←03
「……だぁ!?」
 太陽の日差しは容赦なく照り付け、それに耐えきれず、彼はガバっと起き上がりました。
「ん、んんー……あづ」
 声も出せるし体も動く、どうやら金縛りは解けたようです
 周りを見渡しても、昨晩の少女の姿は見当たりません。
「おはよう」
 壁の方向に向かって朝の挨拶。
「やっぱり夢か。それにしてもリアルな夢だったな……」
 少し惜しい気もした彼は、物欲しそうに唇を指で撫でてみます。
 そういう仕草は女性にやってもらいたいものですね。
「それにしても、どれだけ欲求不満なんだ、俺は」
 あんなに可愛らしく幼い少女とキスをする夢を見るなんて、脳の一部もしくは全体がどうにかしてるに違いありません。
「……とりあえず何か飲もう」
 変な夢を見たせいか、はたまた窓から入り込む風のせいか、彼の喉はカラカラに乾いていました。
「そういや夕飯も食ってないな」
 昨日は帰ってきてからすぐにベッドインしたために、彼は晩御飯を食い逃した事に気がつきます。
 道理でお腹が減っている訳だ、と彼は納得します。
「このままでは家の中に居ながらにして餓死する可能性が」
 いやそれはないだろ、と心の中で一人問答。
 いったん晩御飯を食べてない事を意識してしまうと、空腹メーターが限界を振り切り始め、彼の腹がググーと抗議の音を鳴らします。
 ともかく何か食べる物を探すことにしようと、彼が立ち上がろうとした時、足に何か柔らかい物が当たりました。
「……?」
 そこには丸まった布団。
 いくら暑い夏とはいえ、彼は普段から腹を冷やしてしまわないように、薄い布団をかけて寝ていました。
 それが足元に丸まっています。
 きっと暑さと素敵な夢のせいで、無意識のうちに足下に追いやってしまったのでしょう。
 寝苦しい夏にはよくある光景ですね。
「まぁ、腹ごしらえが先だ。あとできっちりと畳んでやるから大人しく待ってろよ、布団ちゃん」
 空腹のせいで、彼が本来持つ若干の気持ち悪さが見え隠れし始めました。
 すると、布団ちゃんと呼ばれた薄い布団は、彼の言葉に返事をするようにモゾリ、と動きました。
「えっ」
(今、動いた? いや、気のせいか)
 目覚めたばかりで寝ぼけているのでしょう。
 とりあえず何でもかんでも擬人化するなんて、今時ありきたりな展開すぎます。  しかし布団の擬人化はあまりにも斬新かつ奇抜なアイデア。
 もしかすると第一次布団ちゃんブームの波が、日本のすぐそこまで押し寄せるのかもしれません。
「よし……」
 彼はブームの波に乗り遅れない為にも、もう一度呼びかけてみることにしました。
「布団ちゃん?」
「……」
 うんともすんとも言いません。やはり気のせいだったようです。
 第一次布団ちゃんブームはまだまだ先の話。
 全国の布団会社の皆様方に、ほんの少しばかり期待させてしまったことを謝罪したい気持ちで一杯です。
「そうだよな、布団の擬人化なんてある訳」
「んんぅ……」
「あるな」
 布団がモゾモゾと動き、今度は鈴を転がしたような可愛いらしい声も一緒に聞こえました。
 そうか、これはもしかすると、自分に布団と会話出来る能力が身に付いたのかもしれないぞ、と彼は考えました。
 それが事実ならば、全く使い所が分からない能力です。
 今後、彼はこのどうしようもない能力とどうやって付き合っていけば良いのでしょうか。
「どうせなら抱き枕と会話出来る能力が欲しかったな……。
 いや待てよ、布団を被りながら、その布団と会話するというのは、なかなか興奮するかもしれない」
 お医者さん、この人の脳が事件です。
(よし……落ち着け、俺)
 馬鹿なことを考えている間にも、もぞもぞと動き続ける布団。
 彼はまずベッドから抜け出し、問題の布団からじりじりと後退、徐々に距離を空けました。
 先ほどまで気付きませんでしたが、よく見れば何かがくるまっているのですす。
 ちょっぴり怖いなんてことはありません、彼に限ってそんな事は、全くないはずです。
(確実に何かが居る。まさかとは思うがこれは……)
 彼はゴクリと喉を鳴らします、その心境は、恐怖と期待が絶妙に入り交じったアンバランスな状態でした。
(妹か)
 夜中に部屋にやってきて「私、お兄ちゃんと一緒の布団で寝るの」とかそういう展開で、
 いつの間にか彼の布団にこっそり潜り込んでいたというのでしょうか。
「それで何か、俺はそんな妹を寝苦しいからと足下に追いやっただと、そんな勿体無い事を俺がした?
 その可能性は有り得ない。断言しよう。俺は妹の匂いがしたら抱きついて離さない。暑い夏だろうがお構いなしだ」
 彼は一人で何を言っているのでしょうか。
 やはり酷い暑さで、脳が半分ほど溶けてしまっているに違いありません。
(まぁ冗談はさておき無理沙はそんなキャラじゃないし。
 というかアイツだってもう高校生だ、あの布団の膨らみ方はどう見てももっと小さな何か。そう例えば猫のような……)
 彼は部屋の中をグルグルと回りながら、自身の考えをまとめあげました。
「そうか、猫かっ!猫だな!?」 
 その脳は寝ぼけながらも割と現実味のある答えを導き出したのです。
 つまり、猫が窓から入り込んで、唇を舐め、舌を舐め、そのまま布団に潜り込んで寝た。
 彼はそう考えました、そうすれば昨晩の妙にリアルな夢も全て納得がいきます。
 さきほど聞こえた可愛い声の主は猫のものでしょう。
 猫なら擬人化してもおかしくはありません。猫の恩返しなんてよくある話ですよね。
「何だよ、猫ちゃんだったのかー、驚かすなよう! 憎いね、この! ふふっ!」
 内心ドキドキしていた彼は、安心感からか怖くないぞとばかりにおどけてみせます。
 気持ち悪さが更に増してきています。
 そして彼は笑いながら、まだもぞもぞと動き続けている布団との距離を詰め、そっと布団の端を掴みます。
 顔は笑いつつも目は真剣です、それが猫だと分かっていても、やはり緊張はします。
「せーのっ」
 と、気合いの入ったかけ声と共に、ばばっと布団をめくり、
「はいっ!」
「すぅすぅ」
 心地良さそうに少女が眠っているのを見て、何事もなかったかのように布団をかけ直してあげました。
(いや、猫が人間になるとか有り得んだろ)
 割と常識的な思考の持ち主である彼は、自分の目を信じることが出来ませんでした。
 そうです、見間違いだったかもしれません。
 もしかしたら彼の抑え切れない欲望が、ありもしない幻想を彼の目に映し出したとも考えられます。
 彼はもう一度布団の端をそっと掴み、勢い良く引っぺがしました。
「はいっ!」
「すやすや」
「そうですよね、居ますよね」
 途端に頭がクールダウン、寝ぼけていた脳も通常営業開始です。
 やはりそこには心地良さそうに眠っている少女が一人。
 透き通る様な銀色の長い髪、柔らかそうな頬、そして瑞々しい唇。
 顔つきはまだ幼く、背丈から見るに幼稚園生くらいでしょうか。
 白いワンピースを身に着けてはいますが、服の裾がペロリと捲れ上がっているいるせいで、危うく色々な物が見えそうです。
 いくら未発達な少女とはいえ、あまりにも無防備すぎる寝姿。
 自分の部屋に侵入した正体不明の何かに内心ドキドキしていた彼は、
 少女が気持ち良さそうに眠る様を見て、今度は違う意味でドキドキし始めていました。

→05

▲モドル

20100725 アンネとマールと夢見る瞳07

←06
「さてと、マールオイスター」
 マールの方へ向き直る国王の両目は閉じられて、すっかりと元の可愛らしい顔に戻っていました。
「は、はひッ!」
 それでもマールは緊張しているせいか、声が裏返ってしまいます。
 そんな彼女にペコリと頭を下げる国王。
「すまんな、気を悪くさせてしまって」
 するとマールは、床に額を擦りつけるほどの勢いで土下座しました。
「私こそ、国王様の御前で無礼を働いてしまい、申し訳ございませんでした!」
「あっはっは。あれだけの殺気を感じる事は滅多に無いから、僕も久しぶりに驚かされたぞ」
「罰は覚悟しております」
「ふむ」
 そんな少女の前に躍り出るようにして、私も膝を付いてて、額を床に擦りつける様にして頭を下げました。
「父上、マールは私を庇ってくれようとしただけで、彼女に罪はありません。悪いのは全て私、罰するならこの私を!」
「次代の女王になられるお方が、軽々しく土下座など! そのような事では、先代女王様の様に立派な方になれません!」
「土下座して自分を守ろうとしてくれる者の前で、ふんぞり返ってなどいられません!
 その様な女王など、こちらから願い下げです!」
「王女様の土下座と、私の様な身分の者の土下座では意味合いと重要性が全く違うのです!」
「マール! 自分を卑下するなとあれほど言ったのに! 貴方の身分など関係ありません!」
「それとこれとは話が別です。さぁ国王様、王女様に構わずに、私へと罰を与えて下さい!」
「待ちなさい、マール! 罰を受けるべきは私です。父上、どうかマールではなく私へと罰を与えて下さい!」
 土下座しながら言い争うという器用な真似をしながら、二人で顔を上げて国王の方へ視線をやると、
「くかー」
「「寝てるッ!!」」
「冗談、冗談。起きてる、凄い起きてるのじゃ」
 眠そうな目をくしくしと擦る国王の姿を見て、私とマールはすっかりと脱力してしまいました。
「では……マールオイスター、立て!」
 急に名前を呼ばれた少女は、電撃を当てられたかのようにビクリと跳ね上がります。
「は、はい!」
「僕が寝ている間に何かしたらしいが、僕はその姿を見てないので、罪にはならん」
 彼はアクビをしながら、可愛らしい声でそう言います。
「いえ、それは……」
「そもそも!」
 国王は強い口調で、マールの言葉を無理矢理遮ると、こう続けました。
「主を守るために拳を構える事の何が悪いのか。あの場で身分云々に縛られて動こうとせんかったら、それこそ護衛失格じゃ。
 お主は十分と役目を果たした、以上終わり」
 一方的にまくし立てた国王は、これ以上は何も聞かないとでも言うかのように、ぷいっとそっぽを向いてしまいます。
「しかし……」
 マールが喋り始めようとすると、国王は両手で耳を塞ぎ、
「あーあーあー聞こえなーいのじゃー」
 と叫んで、全く相手にする気がないようです。
「国王様ッ!」
「あーあーあー聞こえなーいから、無駄なーのじゃー」
 謁見の間に、可愛らしい声が反響します。
 耳を塞いで嫌々と、まるで本物の子供が駄々をこねる様な仕草。
 マールは、片膝を床に付き、深々と頭を下げました。
「寛大な処置に、感謝いたします」
「よいよい」
 そんな彼女を、国王はちょいちょいと手招きして近くまで呼び寄せます。
 キビキビとした動きで国王のすぐ傍まで近寄った少女の頭に、国王の手がゆっくりと迫りました。
 何かされるとでも思ったのか、少女の体は一瞬だけビクリと強ばりましたが、国王の手はポンと優しく乗せられただけ。
 国王の行動に、訳も分からずポカンとするマール。
 彼は構わず、小動物をグリグリと愛でるかのように少女の頭を撫で回し始めました。
「あっはっはっはっはー」
 成すがままにされるマールの姿を見て、何となくモヤモヤする気持ちと、
 可愛い子達が戯れ合う姿に身悶えそうになる気持ちが胸の中で交錯して混ざり、複雑な心内環境を形成中。
 何でしょう、この胸の高鳴りは。
「アンネー、やはりマールオイスターの頭の撫で心地は最高じゃのうー」
 こちらへ向かって、そんな当たり前の事実をのたまう国王に、
「最高ですッ!」
 私は無意識のうちに、そして何故か自信満々で誇らしげに堂々と返事をしていました。
 しばらくの間、マールの頭の撫で心地を堪能していた国王は、その手をピタリと止めると、彼女の耳元で何かを囁きます。
 この場からでは、聞き取れませんでしたが、国王の言葉を聞いて力強く頷く少女。
 そしてそれを見て満足そうに微笑み、頷き返す国王。
 戻ってくるマールの表情は、大変自信に満ち溢れたものでした。
 そうして、国王が今度はこちらへ視線を移します。
「さて、アンネクロイツ」
「はい!」
 立ち上がった私の瞳をじっくりと見据えて、彼は口を開きました。

→08

▲モドル

20100725 とさかかっ!03

←02
(珍しいな、風が入り込んできてる)
 どれくらい寝ていたのでしょうか、彼がぼんやり目を開けると辺りは暗くなっていました。
 窓から差し込む月明かりだけが部屋の中を明るく照らします。
(ん? ちょっと待て、帰ってきてから即寝たから、窓を開けた覚えはないぞ)
 それに何でしょう。
 さきほどから彼は、腹の辺りに何かが乗っている様な感触と重みを感じていました。
 怖いもの見たさで、視線だけそちらに向けてみると、いつの間にか見知らぬ少女が彼に跨っていました。
 月光を反射してキラキラ輝く腰まで届く銀色の髪。体は小さく、顔つきは幼いながらも美しく、言うならば美少女そのもの。
「……!!」
 慌てて飛び退ろうとしますが、体は全く言うことを聞いてくれません。
 声を出そうとしても、口がパクパクと餌を欲しがる金魚のように、ただ息が漏れるだけです。
(これが巷で噂の金縛りか? なら、この子は幽霊なのか?)
 実をいうと彼には、他の人には見えない何かが視えてしまうという、厄介な性質が備わっていました。
 これは先天性のものではなく、彼が幼稚園児の頃に得た性質。
 しかし今までは、ただ視えるだけだったし、こちらから触ろうとしても触れる事なくすり抜けていただけでした。
 これほどまでに確かな柔らかい感触とリアルな重みがあるのは初めてのこと。
「では……」
 彼の腹にのしかかった少女は、鈴の転がる様な可愛らしい声でそう呟くと、頂きますと言わんばかりに両手を合わせ、頭を下げました。
 そうして、見知らぬ少女の小さな手は、がっちりと彼の顔を掴みます。掴まれた頬には、ヒンヤリとした冷たい温度が伝わってきました。
 こんな状況があり得るはずがない、つまりこれは夢か。
 そう考えた彼は、しかし、腹にのしかかる確かな感触に意識をやって、その考えを捨てざるを得ませんでした。
(あぁ、このまま呪い殺されるか、それとも喰い殺されるか)
 どう考えてもバッドエンド一直線な展開に、不意にそんな事を思い浮かべてしまった彼の心は、一瞬にして恐怖の感情で埋め尽くされました。
(どうせ死ぬなら目の前の幼女を無茶苦茶にしたい! いや待て俺、落ち着け!)
 彼がそんなどうしようもなく阿呆な事を考えていると、今度はガッチリと掴んだ手を離さないまま、少女が顔を近付けて来ました。
 幼い少女特有の、ミルクの様なほのかに甘い香りが鼻をくすぐります。
「……!?」
 そして更に近づく少女の顔。
 彼は別に幼女が嫌いだとかそういう訳ではありません、むしろ好きな方かもしれないのです。
 私はもろちん、あぁ失礼、もちろん好きです。
 ただ体が動かせない今の彼にとって、この状況は素直に楽しめないものでした。
「……ッ!」
 まるで少女の背後の誰かに助けを求める様に、必死になってもがきますが、体はピクリとも動きません。
 彼の抵抗も空しく、幼い少女の顔は、もう目と鼻の先まで接近しています。
(ああああ!! 俺を喰い殺すつもりだッ!!)
 自らの生の終わりを悟り、目を瞑った彼の頭の中では、過去の記憶が超高速で逆再生。
 そして、オギャアと産声を上げる出生辺りまで記憶が巻き戻ったところで、彼が最期に観たもの、それは鯛焼きでした。
 鯛焼き。
 小麦粉で作った生地を鯛の型に流し入れて焼き固め、中に餡子やクリーム等を入れたお菓子の事ですが、
 議論がなされるべきは名称ではなく、その食べ方。
 例えば自分が鯛焼きであると仮定して、喰われる立場から鯛焼きの食べ方について考えてみましょう。
 頭から喰われる場合。まだ救いはあります、一口の大きさにもよりますが、ほぼ一瞬で意識が途切れるでしょう。
 しかし尻尾から喰われた場合を考えてみると、自身が徐々に喰われていく姿を目の当たりにするという、計り知れない恐怖があります。
 ましてや腹の真ん中から千切られ半分にされてから喰われるなんて、考えるだけで身の毛がよだちます。
 そう考えてみれば、今の彼は頭からバクリと喰われようとしている。
 つまりまだ救いのある喰われ方だという事が分かります。
 もし生まれ変わることがあったら、鯛焼きは頭から食べよう。
 鯛焼きの気持ちを少なからず共感した彼は、心に固く誓ったのでした。
 そして次の瞬間、
――プニュ
 と、それは唇に触れた柔らかな感触。
 何事かと思い、ギュッと閉じていた瞳を開ければ、息遣いすら感じられる至近距離に少女の顔がありました。
 至近距離というよりも触れ合っていました。
 彼は少女とキスをしていました。
(えっと……? 鯛焼きとキス?)
 状況が理解出来ずに、混乱した彼の頭の中で行われている脳内会議では、鯛焼きを食べる時にはまず、
 鯛焼きとの濃厚な接吻から始めたほうが良いのではないかという、実に奇抜な意見に関する議論が交わされていました。
 賛成派多数により、今後の鯛焼きの食べ方が決定されかけようとした瞬間、そんな思考をぶった切るかのように、
 少女の舌が彼の舌を絡めとってきます。
「……んー!!?」
 まったく、最近の幽霊はサービス満点ですね、羨ましい限りです。
 虫の鳴き声すら聞こえない完璧な静寂の中、彼と少女の呼吸音、唾液と舌同士が混じり合う、クチュクチュという音だけが、静かに響きます。
 その時間はほんの数秒でしたが、彼にはどれほど長く感じられたでしょうか。
 彼の意識は、これが夢か現実か分からないほどに朦朧としていました。しかし彼は同時に、これが夢でも現実でも構わないとも考えていました。
「……ぷはっ」
 と、少女が唇を離せば、混じり合った唾液がツーッと細く糸を引きます。
 彼にとってこれは、生まれて初めてのキスであり、いわゆるひとつのファーストキスというものでした。
 初キスがこれほど濃厚というのも、なかなか趣深いものがありますね。
 もろちん、あぁ失礼、もちろん幼少期の頃は、幼なじみとふざけてキスをすることもあったでしょう。
 しかし彼にとってそれはノーカウント、割と乙女チックな感性も持ち合わせているのです。
 そんな彼の記念すべき初キスは、目の前の見ず知らずの少女に奪われました。いやこれはこれで良かったのでしょう。
 よく見ると可愛い顔をしているじゃないかと、彼はぼんやりそう思いました。
 何だろう、幸せだ、もう死んでも良い。
 はぁはぁと荒い息をする少女の姿は扇情的で、幼いながら何故だかとても淫薇に見えました。
 そうして、目の前の少女は彼の腹に馬乗りになったまま、ニヤリと怪しい笑みを浮かべ、
「契約の儀は為された、これでお主はわしの物じゃ……」
 と、年季を感じさせる老獪な口調で呟きます。
 徐々に沈みゆく意識の中で、少女の声だけが脳内に響き渡り、彼の思考にジワジワと染み込んでいきました。

→04

▲モドル

20100714 とさかかっ!02

←01
「そう……かっ、今日は月よ……」
 夏休みのせいで曜日間隔が狂っていた彼は、今日が月曜日で休館日だという事実をすっかり忘れていました。
――これは、ドアですか?いいえ違います、それはマイケルです。
 脳は現実逃避するために関係無いことを考え始め、
「俺のトイレはレボリューションだっ!!」
 彼は何か訳の分からないことを口走っていました。
「いやいやいや!待て待て、落ち着け俺!」
 ブンブンと頭を振り何とか気を正常に保ちます。
「そうだ!男なら何処だってトイレなのさ!」
 それは、まさに革命的な発想でした。
 辺りをぐるりと見渡して木々の緑色を探します。
「んぉっ……!」
 もはや声さえ出せない限界状態の中、やって来た方向とは逆の方向に雑木林の緑が見えました。
 気付けば股間を押さえるようにしながら、なりふり構わず全力疾走。
 誰が見ていようが構うことはない。
 この手を離さない。
 この手を離せば君は、君という名の抑え切れぬ情熱は漏れ出してしまうから。
 さぁ行こう。
 雑木林に入ると何かの建物が建っているのが見えましたが、それが何の建物かを気にしている余裕がある訳も無く。
 「はぁはぁ……これで……」
 周りに誰も居ないことだけはしっかりと確認して、射撃目標を探します。
 木々に囲まれているので何処に放出しても良かったのですが、せめてものマナーとして都合良く生えていた大木の根元付近を狙うことにしました。
 チャックを下ろしてモノを取り出した彼は、迸る情熱を勢い良く放出。
 そして訪れる至福の時、待ち望んでいた抑圧からの解放。
「お、ほぉぉぉ……」
 ジョバジョバと派手な音を立てて放出されていく水分、あまりの解放感に思わず声が漏れてしまいます。
 汗としてアレだけ流れ出ていたにも関わらず、彼の体内の水分は、およそ15秒間放出され続けました。
「ほぁぁぁぁ……」 
 それにしても本気で危うい所でした、大学生にもなって漏らすとかトラウマレベルの大惨事です。
「ふぅっふふーん♪」
 抑圧から解放されたおかげか、彼の気持ちはとても軽快でした。
「俺、今なら空も飛べるかもしれない……」
 無理です。
 人間がそんな解放感だけで空を飛ぶことが出来たら、空路は毎朝大渋滞します。
 水分を完全に放出し終わった後も、しばらくその余韻に浸っていた彼は、不意に何者かが近づいてくる気配を感じました。
「……っ!?」
 もろちん、あぁ失礼、もろちん雑木林とは言え、今の状況がバレると気まずいので、
 彼は急いでチャックを上げて、その場を走って立ち去ることにしました。
 雑木林から出てしばらくの間は軽く走っていましたが、後ろから追ってくる影も無く、呼び止められることもありません。
 とはいえ、相手側としても声をかけた後でどうしたら良いのか悩むところでしょう。
 それから走る速度を緩め、トボトボと歩き出します。
「はぁ……はぁ、ひざ、痛ぇ……」
 普段運動しない引き篭もりの彼の肉体は、度重なる全力疾走ですでに悲鳴を上げていました。
「それにしても図書館休館か……ファミレスは……無理だな」
 ファミレスなら学生の味方ドリンクバーもありますが、一番近いファミレスでも、ここから徒歩で向かうには無謀でした。
「仕方ない、帰ろう」
 暑かったり漏らしそうになったり全力疾走したり、目的も果たせないまま骨折り損のくたびれ儲けとはまさにこの事。
 ドッと疲れた彼は帰宅するために、また暑い中を歩き始めるのでした。
 そうして暑い暑いとぼやきながらも、何とか自宅へと着くと、ただいまも言わずに階段を登り、二階にある自室に入るなりベッドイン。
「寝よ寝よ……」
 何もしたくない、だるくて暑い。
 そんな時は寝るに限るのです。

→03

▲モドル

20100711 アンネとマールと夢見る瞳06

「め、目覚めておられたのですか……」
 大臣は気まずそうな顔で呟きました。
「うむ」
 国王は袖で顔をクシクシと擦り、小さくアクビを一つして、こちらをジッと見つめます。
 これ以上シラを切っていれば、付き人であるマールにも巻き添えを食わせてしまうかもしれない。
 もはやこの場を逃げる術は無い。
 そう悟った私は、正直に全てを打ち明けようと覚悟を決めます。
「父上!」
「んー?」
「永眠薬の件なのですが、あの……えっと」
 どう伝えたものか。言葉に詰まっていると、
「あー、ちょっと待っておれ」
 国王はこちらの発言を手で制して中断させました。
 そして、普段は閉じられているかのように細長い目の内、右目だけを完全に開きます。
 世界に存在する万物全てに興味が無い。そう言いたげなほどに冷めた印象を感じさせる瞳が姿を現し、
「グスカピ」
 その視線が、ゴミ屑でも見るかのように大臣へと向けられました。
「永眠薬で眠らされた者は、一生目が覚めないと聞いていたが」
 可愛らしい唇が、今までの口調とは一転、感情のこもっていない冷たい印象の声を紡ぎ、
「僕に、嘘を付いたのか?」
 背筋が凍り付くほどに冷たい声と視線を浴びせられ、大臣はただただ萎縮するばかり。
「い、いえそんな事は……」
「しかし先ほど言っておったではないか、別の薬を使えば目覚めるとか何とか。僕が目を閉じたらすぐに眠ると思って油断でもしたか?」
「……も、申し訳ございません」
 大臣は俯いてしまい、消え入る様な声で謝罪の言葉を述べます。
 開かれた右の目を再び閉じて元に戻すと、国王はつまらなそうな口調で、
「腕立て、腹筋、スクワットそれぞれ二百回を一セット」
 ボソリと呟きました。
「はい?」
 思わず聞き返す大臣に、
「腕立て、腹筋、スクワットそれぞれ二百回を三セット。マールオイスターを愚弄した罰」
 と、言葉を付け加えて言い直す国王。
「し、しかし!」
 王の前に出て反論しようとする大臣。
 それを鬱陶しいとでも言うかのように、国王の両目が開かれました。
 直視すれば死にたくなるほどに、強烈かつ凶悪な威圧感をはらんだ視線が大臣に突き刺さります。
 直接身に受けている訳ではないというのに、私は思わず身じろいでしまいました。
 横目でマールを見れば、彼女もまた、国王の威圧感に気圧されているのが分かります。
「腕立て、腹筋、スクワット二百回を五セット。マールオイスターを愚弄した罰。返事は?」
「……りょ、了解しました」
「僕に嘘付いてた事に関しては、それでチャラにしよう」
「はい」
「じゃあ、今日はもう下がってて良いぞ。見張りを付けるから、しっかりと反省するのだ」
「……」
 国王へ一礼すると、大臣はゆっくりと奥の部屋へ歩き出し、罰の見張りを命じられた衛兵も、その後を追います。
表情は見えませんでしたが、トボトボと歩く大臣の大きな背中からは、悔しさが滲み出ている様な、そんな気がしました。

←05 →07

▲モドル

20100711 とさかかっ!01

 天気は晴れ、雲一つない澄み切った空の下。
 蝉の楽団がジーワジーワと嬉しそうに、鬱陶しいオーケストラをお披露目していました。
 日差しがアスファルトの地面にガンガン反射し、上と下からのコンビネーション攻撃。
 その攻撃に挫けそうになりながらも、彼は歩き続けます。
「うへぇ……暑ぃ」
 西暦2089年。
 日本は科学技術を著しく発展させ、近未来都市計画を推し進めていました。
 近未来都市計画通称Dream Town Project。
 大層な名称は付いていますが、要するに巨大エアコンと巨大扇風機の同時利用です、略称はDTP。
 「空調システムビルと風車を建設、都市全体の温度を一定に保ち、住みやすく快適な夢の街を実現する」
 四季の良さとか環境破壊とか完全に無視した、馬鹿みたいな計画でした。
 どう考えても膨大にかかる資金、それが何処から捻出されたものなのか、そこまでは誰も知りません。
 このビルの内部に、政府の監視カメラが内蔵され、街中が監視体制に敷かれているだとか、
 監視カメラの映像を観たいが為に、多くの資産家達が金を出し合っただとか、不穏な噂もいくつか流れていました。
 当時はDTPの真相を明かすべく、マスコミもお祭り騒ぎ。
 そんな噂も計画が強行的に国全体に適用され、数十年も経てば忘れ去られてしまいました。
 結局のところ、監視カメラの存在も資金源も謎のまま。
 だけど彼には全く関係ないことなのです。
 何故なら、彼の住んでいる埼玉県戸坂市は日本の中で唯一、近未来都市化されていないからでした。
 いや、正確には計画は施工されています。
 しかしビル完成間近というところで、地震雷火事その他諸々のありとあらゆる不可思議な現象が起こり、ビルが崩壊してしまうのです。
 建設計画は何度も失敗に終わり、しばらくは近未来都市化もお預け状態。
 つまり戸坂市の夏は、DTPが施工された周辺都市と違って、夏でも夏らしく夏のように物凄く暑い上に、
 周辺都市の近未来都市化のおかげで、平均気温が異常な温度に達していました。
 カップルらしき男女が仲良く手を繋ぎ、ヤバイ超暑いとケラケラ笑いながら、すれ違っていきます。
「チッ、リア充爆発しろ」
 イチャイチャするカップルのせいで、夏の温度が上昇しているとか、そんなの完全に八つ当たりなのです。
「くそう……」
 これでもかと自己主張を続ける太陽が恨めしい。
 彼が幼稚園児の頃の夏、祖母の葬式の関係で県外に滞在したことがありましたが、
 あの時過ごしやすかったのも、DTPのおかげだったのでしょう。
「引っ越そうかな……まぁそんな金は無いが」
 空調システムビルが建ち並んだら、あの輝かしい太陽も隠れてしまいます。
 夏が夏らしく暑いというのは、素晴らしい事なんじゃないかと、彼は思うことにしていました。
 そうでもしないと戸坂市の暑さには耐えられません。
「暑い、暑すぎる……」
 彼は戸坂市民の口癖であるフレーズをポツリと呟きました。
 短く切り揃えられた黒髪で、背丈は成人男性のそれ、毎年の健康診断では痩せすぎと出そうな体型をした彼。
 大河ドラマ好きな父親が、歴史上有名な単語を文字って名付けた彼の名前は、天地入と書いて「あまつちじん」と読みます。
 彼は県内の私立大学の文学部に通う学生で、成績は中の上辺り。
 得意科目は英語ですが英会話は全く出来ません。あくまで英語の成績が良いだけ。
 苦手な科目は英語以外。体力に自信が有るわけでもなく、普段の休日は家に引きこもりがちです、ネット通販万歳。
 つい先日、夏期の期末試験を終えた彼。
 その試験結果が無事かどうかはともかくとして、彼の二ヶ月程の長い長い夏休みの幕開けでした。
 歩いているだけで、額から汗がダラダラと流れてきます。それをシャツの袖で乱暴に拭いて、また一言。
「あぢぃ……」
 彼はどちらかといえば白色よりも黒色を好むので、服の色も当たり前の様に黒、日光を吸収するせいで、とにもかくにも暑いのでした。
「あぁ……しかし思ったよりも遠いな」
 この暑い中、彼が何故わざわざ徒歩なのかといえば、つい先日何者かに自転車を盗まれたからです。
 ちょっとした用事のつもりで、鍵もかけずに置いておいた彼の自転車は、わずか十分ほどの間に盗まれてしまいました。
 「こんなことなら自転車買っておけば良かった……まぁ金は無いが」
 まだ七月後半だというのに、彼の暑さ限界値は既にメーターを振り切っていました。
 今からこんなにも暑いと、八月はどうなってしまうのだろう、彼はほんの少しだけ不安でした。
 こんな日は冷房のガンガンに効いた部屋で、録り溜めておいたアニメを観るのが理想的。  しかし彼の部屋には、冷房どころか扇風機すらありません。
「せめて扇風機くらいは買うかなぁ、まぁそんな金は無いが……はぁ」
 そんな訳で彼は、この近辺で最も涼しいと定評のある市立図書館で涼もうと、このクソ暑い中を歩いている訳なのでした。
 気分はまさに、砂漠の中でオアシスを求める放浪者。
 まぁ目的地がはっきりしている分マシな方です。
「これは、家出る前に麦茶飲んでおいて正解だったな……」
 滝の様に吹き出る汗のおかげで、体内の水分が急速に失われていくのが分かります。
「家の中も蒸し地獄だったが、まさか外の世界がこんなにも危険な状態だったとは」
 麦茶を飲んでいなければ危うく熱射病で倒れているところでした。
「それにしても……飲みすぎたな」
 作戦にただ一つ問題点があるとすれば、彼が今猛烈にトイレに行きたいという、その一点だけ。
 だけどそんな問題も些細なこと、図書館に着けば全て解決するのです。
 しかし安息が約束されているとはいえ、のんびりしていたら漏らしてしまいます。
 さすがに大学生にもなってお漏らしは出来ません。あくまで自然に、ちょっとだけ早歩きで目的地を目指します。
「お……!アレだ」
 そうしてしばらく早歩きしていると、薄汚れた建物が見えてきました。
 戸坂市中央図書館。彼が受験生の頃は、ここの学習室にお世話になったものです。
 自分の部屋だと漫画やらゲームがあって、どうしても気が散ってしまいますが、図書館なら静かだし、空調も良い具合に効いています。
 たまにマナーの悪い方々が居たりしますけど、公共の場ではそういった輩を華麗にスルーしなければやっていけません。
 彼にとっては久しぶりに来た懐かしい場所、大学受験の時以来ですから、約一年半ぶり位でしょうか。
 ――あの色合いといい、薄汚れた感といい、何もかも懐かしい
「っと、感慨に浸っている場合ではなかった!」
 危ない状態です。
 危うく思い出と一緒に意識が飛ぶところでした。
 今意識を飛ばしたら抑え切れぬ情熱も一緒に漏れ出ることでしょう、彼にはもはや一刻の猶予もありませんでした。
 彼の下腹部タンクは、目的地が見えた安堵感のおかげで限界値のメーターを振り切り始めました。
 各方面への限界値メーターが振り切れ易い男です。
「あ、あばい……!」
 ヤ行が発音出来ていません。
 彼はもう我慢出来ないとばかりに走り出しました。走りながら図書館内部の構造を思い浮かべます。
 正面入り口、入場、自動ドア二つ、直進、突き当たりを左折、すぐ右手側に目的地、ナビゲートを終了。
 もはや暑さなんてどうでも良い。
 早くトイレに行って迸る情熱を解放したい。そんな思いが彼を突き動かしていました。
 そして辿り着いた正面入り口、入場、自動ドアが二つ、直進、そのはずでした。
「何……だと!?」
 にわかには信じられない光景。いや、彼にとって信じたくないというべき光景が目の前にありました。
 バンジージャンプをしている途中でゴムが結ばれて無かったことに気付いたとき。
 探し求めていた大秘宝が「それは仲間との絆。人と人とのつながりさ」というオチだったとき。
 ゲーム筐体買ったら1週間後に値段が大幅値下げされたとき。
 野球中継が延長したせいでお気に入りのアニメが録画失敗してたとき。
 これらが、今の彼の絶望感を超えることが出来るでしょうか、いえ出来ない。
 理想郷、もとい図書館の重厚感溢れる扉に張られていた紙、記されていたのはたったの2文字。
「っ……!!」
 安っぽいコピー紙にデカデカと印刷された「休館」という文字は、彼に人生で最大の絶望感を与えるのに十分な効果がありました。

→02

▲モドル

20100629 SSトトリのアトリエ02

『ツツリならあるいは』
トトリ 「私の名前はトトゥーリア・ヘルモルト。長くて呼びづらいので、村の皆は私のことをトトリって呼びます」
トトリ 「お姉ちゃんは、ツェツィーリア・ヘルモルト。やっぱり長くて呼びづらいので皆はツェツィって呼んでいます」

トトリ 「……」

トトリ (考えてみればツェツィも十分呼びづらい気がするけど……)

▲モドル

20100628 SSトトリのアトリエ01

『使いかけ』
アトリエにて、くつろぐミミとメル、調合中のトトリ
ミミ 「ちょっと、太股撫でないでよ!」
メル 「良いじゃん、減るもんじゃなしー」
トトリ 「ふんふふふーん♪」

――コンコン

ミミ 「あ、トトリ。お客さんみたいよ」
トトリ 「はーい」

――ガチャ

ステルク 「失礼する。急で悪いのだが、薬用クリームはあるだろうか?」
トトリ 「薬用クリーム……ちょっと待って下さいね」

――ガサゴソ
[薬用クリーム 使用回数残1]

トトリ 「あのスイマセン、使いかけの物しか無いみたいで……」
ステルク 「おお、助かったよ。ありがとう」
トトリ 「あの、でもそれ使いかけ……」
ステルク 「さすがだな、今後も宜しく頼むよ」

――ガチャ

トトリ 「使いかけで良いのかな……?」
メル (ロリコンだ)
ミミ (ロリコンね)

▲モドル

20100620 アンネとマールと夢見る瞳05

「おお、そうであったな。うむ。
 その事についてグスカピが調査したらしいのだが、アンネに聞きたい事があるそうだ。詳しくは、グスカピ頼んだぞ」
 鈴が転がる様に早口でそこまで言うと、王は静かに目を閉じました。この人はまた眠るつもりか。
 というか、肝心な所は全て人任せとは、国王としてどうなのでしょうか。
 再び目を閉じた王を、全く気にする様子も咎める様子も無く、大臣は事件について詳しく語り始めます。
「被害者の兵士達を調べてみた所、使用されたのは一般的な睡眠薬ではないらしく」
 何となく悪い予感、タラリと嫌な汗が背中を伝うのが分かります。
「どうやらそれは、対象者を永遠に目覚める事のない眠りへと誘う、永眠薬と呼ばれる薬のようなのです」
「ギクリ」
 思わず声が出てしまいました。
 隣に居るマールが、こちらを疑うようなジト目で見ているのは気のせいだとして、大臣や近衛兵達には気付かれていない様です。
「まぁ、対象者に目覚薬と呼ばれる薬を使用すれば目覚めるらしいのですが、
 なにぶん取り扱いが難しく、悪用されれば危険な薬だという事には違いありません。
 そしてその危険な性質のため、五年前に施行された禁止令により、永眠薬の調合は禁じられておりまして、
 ……これを調合した者には重い罰を与えなければならないのです」
「そ、そうなのですか。それで……私に聞きたい事と言うのは?」
 私は焦りの色が表情に出ないように気を配り、見た者を卒倒させるような特上の笑顔を顔面に張り付けて問い掛けます。
 私の魅惑的な笑顔に惑わされ、近衛兵達の間にはどよめきが起こり、
 ……ませんでした。
 大臣の鋭い視線も、私のとびきりの笑顔ではなく、私の瞳をじっくりと見据えていることが分かります。
 こちらが嘘など言えば、簡単に見抜かれてしまうでしょう。
「王女は、睡眠薬の研究と調合をしているらしいですな」
「え、えぇ……そうですね。睡眠や睡眠薬に関する研究をする事は、知識を蓄えるという面でも大変重要だと考えています。
 先代女王ネンネクロイツも、睡眠薬の調合に長けていましたし、次期女王として当然のことかと」
 自分でも、よくもまぁここまで口が回るものだと思います。
 もちろん、全てが口から出任せという訳ではありません。
 しかし睡眠薬の調合は半分が趣味、もう半分は不眠症の私自身が使うためであり、
 知識を得るためだとか教養云々に関しては微塵も考えていません。
 こう言っては何ですけど、勉強なんて大嫌いですし。
「それと、城内の書物庫から、睡眠薬や薬品の調合に関する文献を借りたそうで」
「確かに借りました。独学だけでは限界がありますので、基礎的な知識に関して先人達の知恵を活用しない手はないでしょう」
 大臣は「フム……」とアゴヒゲを撫でて頷き、カツカツと足音を立てながら私の方に近寄ってきます。
 彼が一歩近付くたびに、まるでこちらの逃げ道が少しずつ失われ、追い詰められていくかのような感覚に囚われました。
「失礼ではありますが、文献の貸出記録を調べさせて頂きました」
 わぁ気持ち悪い。
 と、口には出しませんでしたが、自分の知らない所で自分に関する情報を調べられるというのは、やはり良い気はしないものです。
「今までは、熱心に何十冊もの書物を借りていたというのに、二ヶ月程前からパッタリと書物を借りるのを止めてしまいましたな」
「確かにその通りです、それが何か?」
「最近は睡眠薬の調合をされていないのですか? それとも、何か他に興味深い参考文献が手に入りましたかな?
 そう、例えば……」
 私の目の前まで近寄った大臣は、そこまで言って一度言葉を区切ります。
 そしてこちらの反応を伺うように、ゆっくりと口を開きました。
「先代女王の手記、とか」
「……なっ!?」
 驚きのあまり漏れ出た声は酷く上ずり、私の右手は反射的に、ドレスの胸辺りに隠されたある物を庇う様に伸びました。
 予想外の単語に思わず反応してしまった私は、慌ててその手を引っ込めます。
 ニヤリ、と大臣の口端が釣り上がり、圧迫的な言葉は更に勢いを増します。
「はて偶然でしょうかね。宝物庫に安置されていたはずの先代女王の手記が失われたのも、ちょうど二ヶ月程前の事」
「お、恐らく偶然でしょうね、何の因果もありません。最近は忙しくて、書物庫に行く暇が無いだけです」
 努めて冷静に答えますが、自分でも声が震えているのが分かります。まさかここまで調べられているとは思いもよりませんでした。
「私もさすがに、手記の具体的な内容までは把握していませんが、睡眠薬の調合に長けていた先代女王のことだ。
 その手記には、書物庫の文献では得られない様な情報が記されている事でしょう。
 ……そういえば聞いた事がありますなぁ。先代女王は重度の不眠症に悩まれており、永眠薬を自身で調合し服用していたとか。
 とは言え、今となってはそれが事実かどうかを確認する術もありません。
 しかし女王が永眠薬の禁止令に反対していた事だけは事実であり、禁止令が施行されたのも先代女王が亡くなられた後の事だ……。
 禁止令により、永眠薬に関する文献等は全て焼却されましたし、記憶だけで調合出来るほど簡単な薬品ではないので、
 本来は調合する事が不可能なはず。
 しかし、もしかすると女王の手記には、永眠薬に関する情報も記されているのではないでしょうか?」
「……」
 つらつらと饒舌に語る目の前の相手に、私は反論すべき言葉を失いました。
 まるでこちらの事情など何もかもお見通しで、その上で私に質問しているかのような、
 そんな錯覚さえ覚えさせる程に正確な情報と仮説。
 両手を広げて、高らかに歌い上げるかのように、自信に溢れた力強い言葉は続きます。
「そこで私は、こう推察しました。
 王女は二ヶ月程前に、何らかの手段……、
 まぁここでは合法か非合法かは問いませんが、宝物庫に安置されていた先代女王の手記を手に入れた。
 そして、その手記に記されていた永眠薬に関する情報を元に、禁止された永眠薬を調合したと……いかがでしょうか?」
「な、何を馬鹿な!
 そんな推察は私が手記を持っている事を前提にした、妄想の類に過ぎません」
「確かに妄想かもしれませんな。しかし逆に考えると……王女が先代女王の手記を持っていれば、この妄想も真実に成り得る」
「あくまで、私が持っていれば、の話です」
「確かにそうですなぁ。嗚呼、亡くなられた母君の手記だ。それはそれは大事な物でしょう。
 もし王女がそれを手に入れたとしたら、他の人間に見つからないように肌身離さず持っていなければ不安でしょうな。
 それこそ、身に付けたドレスに隠して常に持ち歩くほど。
 ああ、そういえばさきほど、ドレスの胸辺りを押さえた様に見えましたが、そちらに何か隠しているのですか?」
「さ、さきほどのは……む、胸が大きくなった様な、そんな気がしただけです。
 ちょっと驚いてしまって、つい押さえてしまいました……」
「はっはっは、ご冗談を! そんな事は絶対に有り得ませんな!」
 この白ヒゲ筋肉ジジイ、いつか闇に葬り去ってやりましょう。
 やはりとっさに右手が反応してしまったのは不味かったようです。
 あの場で何食わぬ顔をしていれば、この場は何とか切り抜けられたかもしれません。
 大臣が言う通り、確かにドレスの胸辺りには、宝物庫から密かに盗み出した母様の手記が隠されているのです。
 これが見つかってしまえば、大臣の追求からは逃れようが無い。
 しかし知らぬ存ぜぬを通していればどうにかなるはず。王女という身分故に、まさか着ている服まで脱がされたりする訳でもありませんし。
「いやしかし、我々は部屋を隅々まで捜索する事はあったとしても、まさか王女が着ているドレスまでは調べられませんからなぁ」
「そうですか」
 よしよし。このまま上手いこと誤魔化していれば問題無い。
「しかし生憎ですが、今回は事態が深刻なだけに、特別にお召し物を調べる権限を頂いておりますので」
「なっ……!?」
「事前に王に確認しておいたのです。王女様のお召し物を調べさせてもらう事があるかもしれないと。
 王は、それで王女への疑いが晴れるならと快諾して下さいましたぞ」
 なるほど、そういう事ですか。
 今となっては手遅れですが、最初から彼の言動全てが巧みに仕組まれた罠だったのです。
 私のドレスから発見されるであろう母様の手記を証拠に、私が永眠薬を調合出来る立場だという事を証明する。
 ここまでの流れが全て計算されていたに違いありません。
 かつては夢見の国の近衛兵隊長として兵士達の指揮を取り、更には犯罪心理学や拷問の方法にも精通しているグスカピ大臣。
 そんな経歴を持つ彼にしてみれば、たとえ直接的な拷問など無くても、こちらの口を割らせて真実を語らせることなど容易いでしょう。
 根回しと下調べによる綿密に練られた計画において、夢見の国で彼の右に出る者は居ないと云われていますが、
 まさか敵に回すとこれほど気持ち悪くて厄介な人物だったとは。
 まぁ結局のところ、調合が禁じられていると知っていながら、母様の手記を元に永眠薬の調合をした私が悪いのでしょう。
 しかしこちらには、どうしようもない事情がありますので、そう簡単に罪を認めてしまう訳にはいかないのです。
「さぁ、王女。早速ですが、あちらの部屋でドレスを脱いで頂きますので……」
 そう言うと大臣は、謁見の間の右手側にある小部屋を指し示しました。
「嫌です、拒否権を行使します!」
 もちろんハッキリと断らせていただきました。
 ついでに、この変態野郎!と心の中で罵ってやります。
「はっはっは! 大丈夫ですよ、女性の者に手伝わせますので……さぁ!」
 そう言って、こちらの腕を掴んでこようとした大臣のゴツイ左手を、ヒョイと一歩後退して避けました。
「トイレに行った後は手を洗いなさい!」
 ベーっと舌を出して嫌悪感を丸出しにします。相手を怒らせてペースを乱せば、コチラにも勝機はあるはず。
 こうなったら仕方ありません、暴れまわってでも抵抗して、この場を逃げ切ってやる。
「洗ってますぞ!」
「どうでしょうね!」
「……さぁ、王女。お戯れの時間は終わりです。
 私としても無理矢理調べさせていただくのは気がひけるのですが、あくまで抵抗すると言うのであればっ!」
 そう言いながら繰り出された大臣の左手は、先ほどよりも勢いを増して私の腕を掴もうとします。
「い、やっ……!」
 鬼神の如き迫力に気圧された私は、後退すら出来ないまま腕を掴まれるという恐怖から、思わず目をつぶります
 その瞬間、、
――パシッ
 と、何かを叩き落とすような乾いた音。
 恐る恐る目を開いてみれば、私を庇うように構えるマールの姿と、呆然と左手を見つめる大臣の姿。
「マール……」
 目の前の少女の名前を呟きます。
 どうやら私の腕を掴もうとした大臣の左手を、間に割って入ったマールの手刀が叩き落としたようです。
「グスカピ大臣、王女様が怯えていらっしゃいますよ」
 その声からは、静かな怒りの色がにじみ出ている、そんな気がしました。
 私はといえば、気が抜けて安心してしまったせいでしょうか、そのままペタンと床に座り込んでしまいます。
 大臣はフンと鼻を鳴らすと、小さなマールを蔑み見下す様に、手で追い払うような仕草をしました。
「下がれ、マールオイスター。貴様に発言の許可を与えた覚えは無いぞ、身分を慎め」
「大臣こそ、王女様を疑うなんて何様のおつもりでしょうか。これではまるで尋問だ」
 目の前の巨体を見上げる様な格好ではあるものの、その力強い少女の声は謁見の間に響き渡ります。
「法律とは罪を犯している者を罰するために存在するのだ。相手が王女とて、例外は無い」
「法律とは本来、弱きを助けるためにあるはず。王女様の事情すら聞かずに、一方的に仮説を並べ立てるのが法律ですか」
「綺麗事を抜かしおって……仮説かどうかは今から確かめるのだ。さぁそこから退け、マールオイスター!」
「それは出来ません。これ以上しつこいようですと、私にも考えがあります」
 そう言うとマールは腰を深く落として、左の掌を前方へ突き付けて、右の拳は腰の辺りに置き戦闘態勢を取りました。
 今までに見た事が無いその型は、恐らく彼女が本気の証。
 その瞬間、謁見の間に居た兵士達が槍を構えて、マールを取り囲みました。
「こういう時だけは、統率力が良いのですね」
 マールが憎々しげに呟きます。鋭い槍の切っ先を突き付けられながらも、彼女が大臣から視線を外すことはありません。
――スゥ
 彼女が深く呼吸して息を整えると、謁見の間の空気がピンッと張り詰めた物へと変わりました。
 素人の私でも分かる程、張り詰めた殺気は周囲の空間を支配し、マールの周りを囲む近衛兵達が僅かに身じろぎます。
 本気の殺気をこの身に感じたせいか、直接殺気を向けられている訳でもないのに、私の体は言う事を聞いてくれません。
「貴様。付き人の分際で、大臣である私に刃向かうというのか?」
 このままではダメだ。
「付き人とはいえ、この身は王女様を護る盾であり矛。王女様に仇なす者があれば、それを討つのが私の役目です。
 例え大人の男性だろうと腕の一、二本折ることなど容易い事」
 そんな事をすればマールも無事ではすまない。 
「構えを解くのだマールオイスター。お前如きが私に勝てる可能性など微塵も無く、そんな事をすればお前の首が飛ぶという事も分からんのか」
 そう、悪いのは全て私だ。マールは悪くない。
「ふん……そういえば、お前は戦場で拾われたのだったな。
 学が無いとはいえ、こんな簡単な事も理解出来ない様では、王女の付き人など務まらんのではないか?
 まぁ孤児であったお前に知力を求めるのは無理な話か、くっくっく」
 プチ、と私の頭の中で何かが弾ける様な不思議な感覚。
 大臣は、ニヤニヤと口元に笑みを浮かべながら、マールを嘲笑います。
 一方のマールは、今にも大臣へと襲いかからんとばかりに殺気をみなぎらせたまま、構えを解きません。
 さきほどまで恐怖で言うことを聞かなかった私の体が、今度はしっかりとした意志によって立ち上がりました。
 私は自然に深く息を吸い込みます。
「全員、槍を下ろしなさい!!」
 次の瞬間、自分が出したとは思えない様な凛とした力強い声が、謁見の間中に響き渡りました。
 近衛兵達は慌ててマールへと突き付けていた槍を下ろし、元居た位置へとせかせか戻っていきます。
「マール、貴方もです。もう良いですから、構えを解きなさい」
 私を庇ってくれているマールにも、優しく声をかけました。
 こちらを見つめるマールの瞳は、驚きに満ちたように見開かれ、みなぎらせていた殺気もすっかりと引っ込んでいます。
「アン……お、王女様……しかし」
「マールオイスター、構えを解きなさい! これは王女としての命令です!」
 今度は厳しい口調で命令すると、マールはまた驚いた様な瞳で私を見つめ、
「は、はい!」
 元気の良い返事をして構えを解き、引き下がろうとします。
「ふんっ、乞食風情が」
 そこへ、大臣がポツリと吐き捨てる様に一言。
「……ッ!!」
 ギリリと、マールが悔しそうに歯を食縛るのが分かりました。
 今にも噛みつかんとするかの勢いで、マールの怒りが再燃しそうになりますが、
「マール」
 優しい言葉をかけてから頭を撫でてあげると、マールはコクリと頷いて素直に引き下がってくれました。
 今度は大臣へと、視線を向けます。
「大臣。マールは私の付き人である以前に、私の一番の親友。彼女を愚弄することは、私を愚弄するのと等しい罪だと知りなさい!
 そして……それがどれほど重い罪になるかは、聡明な貴方が一番よく理解しているのではないですか?」
 私が鋭い眼光で睨むと、大臣はその迫力に気圧されたのか、ジリリと後退しました。
「申し訳……ございません」
 深々と頭を下げて、私を尋問していた時の雄弁な態度とは打って変わって、消える様に低い声で謝罪の言葉を述べます。
「あぁ、もう良い。喧嘩するなー」
 そうして、今度は、寝ていたはずのネムイネムイ国王の可愛らしく間の抜けた声が、謁見の間に響き渡るのでした。

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20100612 アンネとマールと夢見る瞳04

 謁見の間に入ると、鎧で身を固め重そうな槍を持った近衛兵達が、左右にそれぞれ五人ずつズラリと並ぶのが見えました。
 そして奥の玉座には、私の父であり夢見の国の現最高権力者ネムイネムイ国王。
 透き通る様な銀髪に、着飾れば女性と言われても全く違和感のない中性的な顔立ち。
 背丈は私とそれほど変わらず、年齢とは不釣り合いな程に見た目が若々しい王は、俯きながら玉座にどっしりと座り込んでいました。
 玉座の横には、王に長年仕えているグスカピ大臣。
 こちらはしっかりと年齢を感じさせる皺をその顔に刻み、オールバックの白髪と白いアゴヒゲ。
 首から上だけ見れば確かに老人ですが、若い頃には近衛兵隊の隊長を任されていた事もあり、
 肩幅は広く背も高いため、大変頼りがいのある体型をしています。
 また毎日のトレーニングも欠かさないらしいので、見たくもないですが彼の服の下には、たくましい筋肉が秘められているのでしょう。
 彼は白く輝くハリセンを左の手に握り、玉座の横に立っています。
「ネムイネムイ国王、王女をお連れしました」
 マールがそう告げますが、王は微動だにしません。
「国王様! 王女をお連れしました!」
 今度はマールが大声で叫びます。それでも王は反応を見せません。
「駄目ですね……」
 マールは捨てられた子犬が助けを求めるように、八の字眉毛の困った顔で私を見上げました。可愛い。
 私は、いつもそうしているように、玉座の横に立つグスカピに声をかけます。
「大臣、レーヴァテインをお願いします」
「はい」
 大臣は返事をすると、恭しく一礼するや否や、レーヴァテインと呼ばれた白銀のハリセンを大きく振りかぶりました。
 そして、
――スッパーン
 突き抜ける様に軽快な音を響かせながら、ネムイネムイ国王の頭を強烈に殴打。
「んにゃっ!?」
 甲高い奇声を発しながら、バッと顔を上げて周囲を警戒する王。
 彼は見た目も去る事ながら、声も女性の様に高く、変声期に忘れ去られた男との異名を持ちます。
 しかし王自身はその事をコンプレックスに思っているらしく、国民の前ではあまり声を出したがりません。
 それに実の父親がこんな状態ですと、娘である私も少し複雑な心境です。素直に可愛いと抱き締めて良いものかどうなのか、いや待て落ち着け自分。
 状況を確認し終えると王は、眠そうな目を擦りながら隣に立つグスカピ大臣にこう告げます。
「寝てた」
「知っておりますぞ」
 やれやれといった様子で肩を竦める大臣。
 ネムイネムイ国王は気付くと居眠りをしている事が多く、一度眠ってしまうとどんなに耳元で叫ぼうが、
 頬をビンタしようが、股間を蹴り上げようが、火で炙ろうが全く目覚めないのです。
 王を目覚めさせることが出来るのは、先代女王ネンネクロイツと、ここにいるグスカピ大臣のみ。
 大臣が王を起こす時は、先ほどのようにレーヴァテインと呼ばれる特製のハリセンで頭を強打します。
 王を叩くという一見裏切りともとれる行為から、グスカピ大臣が自嘲と自重の意味を込めて、自らレーヴァテインと名付けたハリセンには、
 どんなに強く叩いても音が大きくなるだけで、痛みを全く感じないという特別な魔法が施されているそうです。
 しかしどうやら叩き方にコツがあるらしく、私がハリセンを借りて王の頭を叩いても、王は目覚めません。
 叩き方を練習しようとした事もありますが、大臣が「王女、それはわしの役割ですぞ」と言って練習させてくれませんでした。
 別にストレス発散のために叩きたいとか思っている訳ではないのですが、大臣はそこの所を全く理解してくれませんし、
 マールに言わせてみれば「王を叩いている時のアンネ様の表情が倫理的にちょっと……」とのことです。
 何の事やらさっぱり分かりません。
 という訳で、母が亡くなってしまった今、ネムイネムイ国王を目覚めさせる事が出来るのはグスカピ大臣だけ。
 ちなみに母は、王の瞳を指で無理矢理こじ開け、夢見る瞳を無理矢理発動させて起こしていました。
 どんな夢を見させる事で起こしていたのかは定かではありませんが、目覚めた王が毎回怯えた目をしていた事だけは印象深く覚えています。
「国王様、王女様をお連れしました」
 マールがそう告げると、王が眠そうな顔をこちらに向けます。
「おお、眠い中ご苦労であったな。マールオイスター」
「私は別に眠くは……」
「えっ」
「えっ」
 二人揃って不思議そうな顔で小首を傾げます。
 何ですか、この小動物達は。何処のファンシーショップで手に入りますか。
「眠くないの?」
「眠くないです」
「び、病気じゃない?」
「国王が異常なんです」
「そうなの? グスカピ」
 自分より何十歳も年下のマールに、はっきり異常だと言われて心配になったのでしょう。隣に立つ大臣に尋ねると、
「そうですな」
 大臣は深く頷いて、王が異常という意見に肯定の意志を示しました。
 まぁ確かに起きている時間よりも寝ている時間の方が長いというのは、なかなかに異常でしょう。
 その長すぎる睡眠時間のお陰で、王が若々しい姿を保っていられるという噂もあるようですが、真偽の程は定かではありません。
「そうか……よし分かった。少し睡眠を控えよう」
 王はグッと握り拳を構えて虚空を見つめ、決意を新たにしたようです。
 そしてコホンと咳払いをすると、改めてマールに尋ねました。
「で、何の用だ?」
「えぇと、国王様が王女様を連れてこいと」
 不思議そうな顔で、またしても小首を傾げる王。
 目が覚めた直後なので脳が働いていない様子。
 しかし目が覚めた直後とはいうものの、一日の大半をほぼ眠った状態で過ごし、目覚めたとしてもすぐに眠ってしまうという事は、
 王の脳は常に開店休業中で働くことが無いという事になります。
 まぁ実際そうなので反論の余地がありませんが。
「そうだっけ? グスカピ」
「そうですな」
 大臣は深く頷いて、王がどうしようもない鳥頭だという事を、いえ違いました、王が私を呼ぶように言ったという事実に賛同の意を示しました。
「そうだったか」
「おはようございます、父上」
 私は、タイミングを見計らって、やっとのことで会話に参加します。
「おお、アンネか。少し待ってくれ、えっと?」
 呼んだ事すら覚えていないのに、用件を覚えているはずもありません。
 今用件を思い出すから、そう言うと王は、腕を組んで下を向き黙り込んでしまいました。
 まぁしかし、私も呼ばれている事を忘れそうになったので文句は言えません。
「……むむむ」
 唸りながら、用件を思い出そうとする真剣な姿。
 可愛らしいか可愛らしくないかと言えば物凄く可愛らしいのですが。
 冗談はさておき、その姿は国王としてなかなか様になっています。
 そうして、しばらく待っていましたが、思い出す気配が一向にありません。
 こちらから大臣に直接聞いても良いのですが、そうすると王が子供みたいに拗ねるし、思い出すか諦めるまで待っている必要があります。
 全く困ったものです。
 王が黙り込んでから二分程経ちました。
「……むむぅ」
 どうやら全く思い出せないようです。
 王が黙り込んでから十分程経ちました。
「……」
 まだまだ思い出せないようです。
 王が黙り込んでから十五分程経ちました。
「……すぅ」
 真剣に悩む姿が国王らしいな、とか考えていた私が馬鹿でした。
「大臣」
「はい」
 私が声をかけると玉座の横に立つグスカピは、恭しく一礼をしてから、おもむろにレーヴァテインを構えました。そして、
――スパコーン!!
「むぎゅ!?」
 国王の後頭部から前方へ振り抜くようにして全力でフルスウィング。
 殴打されて前方へ転がる様な勢いで倒れ込んだ王は、キョロキョロと辺りを警戒します。
 そして、口元を袖でゴシゴシと擦ると大臣を見上げて一言。
「寝てた」
「知っておりますぞ」
「ううむ、思い出せないな? 結構一大事だった気がするのは覚えているのだが……のう、グスカピ?」
 玉座によいしょと座り直すと、王は目配せでグスカピに助け船を求めました。
 やっとこさ話が進みそうです。
「はい。実は最近、城内の兵士達が何者かによって薬で眠らされているという事件が多発しておりまして……」
「……」
 どうやら私にとっては、話が進まない方が好都合だったようです。

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20100611 あしふぇち

 かつての同胞達の瞳には、もはや光すら失われている
「なんだよ脚フェチって、OPPAIが至高だろ!」
「そうだぜ!!」
 正気を失ってしまっている
 彼らは、正気を失ってしまっているのだ
「まさか、女の子が背伸びした時の足首のキュッていう良さを忘れちまったっていうのかよ」
 俺は、かつての同胞達に必死に語り掛けるが、彼らは聞く耳持たず
「何だよ、脚なんて堅いだけじゃん。OPPAIの柔らかさには勝てねえよ」
「そうだ!! OPPAIこそ正義!!」
「コイツ絶対変だって、あっち行こうぜー」
 そう言うと彼らは皆去っていった、そうして俺は一人立ち尽くした
「お前ら、あの頃を思い出せ! 目を覚ませよ!」
 泣き喚こうとも叫ぼうとも、俺の言葉を聞く者は誰も居らず
 いや……一人居たか
 俺にとって地獄の様な状況を作り出した忌むべき敵
「目を覚ますのは……」
 何処からか飛んできた強烈な飛び蹴りは、
「お前じゃああああ!!」
 俺の顔面にクリーンヒットし、その瞬間俺は数十メートル吹っ飛ばされる
 見事に喰らった
 いや、喰らってやったというのが正しい表現
 避けようと思えば簡単に避けられるのだ
 何故なら俺には、飛んでくる彼女の蹴りと脚の描く軌道、更にはクマ柄のプリントされた子供っぽい下着まで
 全てが見えているのだから
 脳を揺らされた衝撃で意識が朦朧とする中、倒れ伏す俺にさらに追撃をかけるように少女が疾風の如く間合いを詰めてくる
「こんの……!! 脚フェチのド変態がッ!」
 少女はゲシゲシと虫でも踏み潰すかのように、俺を踏んで踏んで踏んで
「ふんっ!!」
 これで最後とばかりに、まるで蹴鞠でもするかのように軽々と、俺を蹴り上げた
 少女の脚力とは思えない程の脚力で蹴り上げられ、俺の体は宙へ浮き、そのままドサリと地面に落ちる
 少女は満足したかのように鼻で笑うと、俺に背を向けてその場を去ろうとした
 しかし、俺は少女に声をかけた
 ふらふらと立ち上がりながら、声をかけた
 待てよ、と
 まだ終わっちゃあいない、と
 少女はゴミでも見るような目つきで俺の方を向く
「良いね……その目、最高だ」
「あれだけの攻撃を受けて、まだ立つの?」
「へへ……まさか……これで、終わりとか……言わない、よな?」
「何処までもしつこい……一撃で肉片飛び散らすゴキブリの方がまだマシだわ」
「さぁ、続けようぜ……お嬢ちゃん」
「言われるまでも無いわ。その醜い口が呻き声さえ紡げなくなるまで、踏み潰してやるんだからッ!!」
 その返事を聞いて俺は安心する、彼女は本気だ
 本気で俺を潰しにかかってきている
 脚フェチ同好会の最後の生き残りである俺を、脚でボッコボコにする事によって脚嫌いにして真人間に戻す
 そうする事で、同好会の中で至高の脚ランキングトップに君臨する目の前の少女は、自らの安息の日々を得ようとしているのだ
「俺は脚フェチ同好会の会長だ……他の奴らとは信念が違う、背負っている物が違う……この意味が分かるか?」
「その強がりがいつまで続くかしらね」
「そんじゃ、俺もそろそろ本気を出させてもらうぜ」
 少女の脚の動きと震えから、少女が戸惑っているのが分かった
 俺は、おもむろに服を脱ぎ捨て、パンツ一丁になる
 本気を出した俺にとって、服なんて邪魔以外の何物でも無い
「なっ!? 何をッ」
 少女は慌てふためいて後退る
「さぁ!! 来いよ!! 全力で受け止めてやる、お前の蹴りをッ!!」
 俺は挑発するように少女に語りかけ、五体全てを地面に密着させる
 これこそ俺の最強の構え、完全服従のポーズ
「あっ、叩くのは無しだかんなっ!!」
「……」
 そうして俺は、警察に補導された

▲モドル

 
20100523 アンネとマールと夢見る瞳03

「あっ、アンネ様! 前!」
「えっ!?」
 言われて顔をあげるよりも早く、
――ゴヅンッッ!!
 派手な音と同時に、頭部を棍棒で思い切り殴られたような強い衝撃、真っ白な映像。
 あまりの衝撃に、私は思わずうずくまるようにして頭を抱えました。
 後から遅れてくるように、ジンジンとした痛みがやってきます。
「……ッー!!?」
 一体何が起こったというのか。
 まさか敵襲が城内に忍び込み、強烈なスマッシュブロウによって、私を暗殺しようと画策したのでしょうか。
 だとすれば早く敵の姿を確認しなければ、クラクラする頭を上げて目の前を確認します。
 すると目の前には謁見の間の大扉。
「ま、まさか……そんな!?」
 予想だにしなかった強大な敵です。
 この慣れ親しんだ謁見の間の大扉が、王女である私に敵対してくるとは思いもよりませんでした。
 恐らく凶悪な魔法使いか何かに魂を吹き込まれる事で、この扉は邪悪なる魔物へと変わり果てたのでしょう。
 見上げるほどに巨大なその姿は、見るものに畏怖と恐怖を与え圧倒させる力を持ちます。
 繰り出される一撃は人間の頭蓋など軽々と砕き、その鋼鉄製で無機質な体はいかなる攻撃をも弾き返すでしょう。
 城内だから安全だと、勝手に信じ込んで油断していたのが仇となりました。
 武器も持たず防具も持たず。さらには先手を奪われて、立ち上がることすらままなりません。
 絶体絶命。
 そんな単語が私の頭に浮かんでは消え、消えては浮かび。
 しかし、こんな所で諦める訳にはいきません。
 脳まで響いた衝撃か、それとも恐怖が原因か。私の膝はカクカク笑い、立ち上がる事を拒みます。
 それでも私は、クラクラする頭を押さえながら、立ち上がりました。
 正直言って、私には攻撃の手段も無く、防御の手段だってありません。
 しかし、だから何だと言うのです。こうして立ち上がり、眼前の敵に抗う事に意義がある。
 這いつくばって泣き喚くだけなら誰でも出来る。
 未来の女王となる私がするべきなのは、もがいてもがいて苦しんで、最悪の中でも最適の結果を導きだすこと。
 震える体、笑う膝。
 でもこれは、そう、脳への衝撃とか恐怖のせいではないのです。
「これが、武者震い」
 人間界のサムライと呼ばれる種族が、自分よりも強大な者と対峙した時だけ感じられるという、一種の脳内麻薬分泌による震えと興奮。
 夢見の国の未来を託された私が、こんな所で死ぬ訳にはいかない。
 きっと大丈夫、信じるべきは自身の力。
 そう自分に言い聞かせて、私は目の前の大扉に向かって力の限り叫びます。
「聞け! 邪悪なる魔物よ! 我が名はアンネクロイツ。
 アンネクロイツ、ドリームドリムエリストリーア、シュトワルゼ! 母様から授かった名に於いて、この場で貴様に負ける訳にはいかない!」
「だ、大丈夫ですか!? 」
 慌てて駆け寄ってきたマールが心配そうな顔で尋ねてきました。
「マ、マール……ここは危険です! せめて貴方だけでも逃げてください、さぁ早く!」
「何言ってるんですか!? ……というか、何で涙目になりながら小芝居してるんですか」
「……物凄く痛かったので、気分を紛らわせていました」
 はい。
 どうやら考え事をしている内に、廊下の突き当たりにある大扉へと盛大に頭突きをかましたようです。
「まさか扉に気付かずに直進していくとは思いませんでしたよ」
「うぅ……考え事をしながら、歩くものではありませんね」
 いまだにジンジンと熱を持ったように痛む頭を押さえながら、目元の涙を拭います。
「考え事? あ……もしかしてネンネ様の事」
「……」
「申し訳ありません、思い出させるつもりでは無かったのですが……」
 目の前の少女は、眉をハの字の形にして本当に申し訳なさそうに、頭を下げました。
 痛みと引き換えに、これほど可愛らしい表情を拝見出来るなら安いものです。
 この表情をオカズにして、夢三杯は見られる。
「いえ、良いのです。それよりマール、ちょっと頭から血が出てないか見てもらえますか?」
「は、はい」
 そう頼むと、彼女は一生懸命背伸びをしたり跳ねたりして、手の届かない位置にある私の頭を診てくれようとします。
 とはいえ身長に差があるので、跳ねようが背伸びをしようが、私が少し屈んだりしなければ到底届くはずもありません。
「あぅ、高いです……少しだけ、しゃがんでもらわないと」
 それでも頑張るマール負けないマール。
 健気に努力する少女の姿を見て、私の中に悪戯心が芽生えました。
「小さいですねぇ、マールは」
 眼前でピョコンピョコンと跳ねる群青色の髪を上から抑えつける様にぐりぐりと撫で回します。
 そのせいで思いきり飛び跳ねられない様子。
「ふふふ、さぁ頑張るのです。自力で高みへと上り詰めるのですよ!」 
 彼女の髪はサラサラで、触っているだけでも本当に気持ちが良い。私は暇さえあれば、この髪を撫でていたいという想いに駆られるのです。
 そうして、しばらくの間なすがままに頭を撫でられていたマールでしたが、何を思ったのか突然跳ねるのを止めました。
 飛び跳ねても届かないという事実に気付いたのでしょうか。
「おや……? もう諦めヌゥグフッ!?」
 ハッ、という掛け声と共に繰り出される掌底、無防備なマイボディに新たな衝撃、肺から空気が強制退出。
 私は王女らしからぬ声をあげながら、床へと崩れ落ちました。
「よし」
 やりきったぞ、みたいな感じで満足気に頷くマール。
 確かに、この方法なら私の頭にも簡単に手が届くでしょう。
「マ、マール……貴方、もう少し穏便な手段というものをですね」
「はい、じゃあ診ますからねアンネ様、動かないで下さいね」
 私の発言を華麗にスルー。
 彼女は女の子らしい柔らかそうな腕からは想像もつかない万力の様な力で、私の頭をがっちりホールドしやがりました。
 怒ってる、小さいって言った事凄い怒ってる。
 さっきまであんなに申し訳なさそうな顔してたのに。
「痛だだだ、痛いです、マール。もう少し手加減は出来ないのですか」
「申し訳ありません、わざとです」
「でしょうね」
 掴む力を緩めたマールは、さきほどの万力の様な力とは違って、今度は女の子らしい柔らかな感触で頭を包んでくれます。
 調子に乗って人をからかうべきでは無いという事を、またしても身を持って勉強しました。
 マールは、私がからかわなければ、こんなにも優しい女の子なのです。暴力的な一面はもちろんありますが。
「血は、出ていないみたいですけど……少し腫れていますね」
 あれだけ強くぶつかったのですから、タンコブで済むならまだ良い方です。
 皮膚がパックリと切れて流血騒ぎになんてなっていたら、目の前の大扉とは二度と会うことが無かったでしょう。
 彼女は私の髪を掻き分けて、腫れているであろう頭部の地肌を指でトントンと軽く叩きました。
「痛いですか?」
「え、えぇ。少し痛みます」
「では痛みが引くまで撫でてあげましょう、よしよし」
 そう言いながらマールは私の頭を優しく撫で始めます。
――なでなで
 こんな事で痛みが引くとは思えないのですが、まぁたまには撫でられる側というのも悪くはないでしょう。
「それにしてもアンネ様の髪は相変わらず綺麗な茜色ですね、羨ましい」
「貴方の群青色の髪だって素敵じゃないですか。触り心地も抜群ですし、私の大好物ですよ?」
「そうですかねー」
「私ならマールオイスターの髪を撫で続けろ48時間ぶっ続け耐久大会で自己ベスト記録を塗り替えて優勝する自信がありますね」
「そんな大会は未来永劫開催されません」
「私が女王になったら、開催されるかもしれませんね」
「!?」
 マールに撫でられながら、ふと幼い頃の記憶を思い起こします。昔はよくこうやって母様に頭を撫でられたり、髪をとかしてもらったものです。
 私が母様から受け継いだ物は沢山あります。王位継承の証であるドリームドリムエリストリーアシュトワルゼという名前、そして多くの教えと想い。
 その中でも特に気に入っているのが、この母様と同じ茜色の髪でした。
「どうですか? まだ痛みますか?」
「え、えぇ。まぁ……」
 はじめの内は触られる度にピリリという痛みを感じたものの、撫でられ続ける内にくすぐったいような、むず痒いような絶妙な感覚へと変わっていきました。
「はぁはぁ、もっと」
――なでなでなで
「はぁはぁはぁ……!」
 自分でも何故だか分かりませんが、だんだん気持ち良くなってきましたよ。
 心臓の鼓動がドクンドクンと馬鹿みたいに跳ね上がり、徐々に呼吸も荒くなっていきます。
「アンネ様?」
「はぁはぁ、ふあぅ!」
 思わず変な声が出てしまった所でピタリと止まるマールの手の動き、私は物足りなさを感じつつ抗議の声を上げます。
「はぁ、ふぅ……ど、どうして止めてしまうのですかマール」
「いえ、何となく」
 そう言って目を逸らす彼女の頬が、ほんのりと紅潮している様に見えたのは気のせいでしょうか。
「さぁ早く、私の髪を撫でる作業に戻るのです。それとも、こんな場所では何ですから、続きは私の部屋でやりますかそうですか。
 ……では、行きましょう、すぐ行きましょう」
 立ち上がって自室に戻ろうとする私をマールの手が制します。
「あの、アンネ様。私もすっかり忘れていましたけど国王様が待っています」
「あ、あぁ……そう言えばそうでしたね。ずっぽり忘れてました」
「ずっぽりじゃなくてすっかりです」
 興奮し過ぎて危うく此処まで来た目的を見失う所でしたが、そうでした、父上に呼ばれていたのです。
「今、扉を開きますので少し待ってて下さい」
 そう言うと、マールは扉の右横にある小窓から、謁見の間の中に声をかけました。
 ほどなくして、私達の目の前にある巨大な扉は、地鳴りにも似た騒音を響かせながら、ゆっくりゆっくりと内側へと開かれたのです。

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20100516 アンネとマールと夢見る瞳02

 夢見の国、人口一万人ほどの小さな王国。
 空は闇に覆われ、お月様の月明かりだけが地上を照らす常夜の世界。
 夢見の国には私達、夢見族という種族の妖精が住み、人間界で発生する様々な夢の管理を行っています。
 妖精と言っても、伝記に出てくる様なミニマムサイズであるとか、羽が生えているという事はなく、見た目は普通の人間と変わりません。
 ただ、普段は人間に見えない様に仕事をし、人間とは違う世界に住んでいるということで、妖精という呼ばれ方をしているのだと教わりました。
 私とマールが住んでいるのは、夢見の国の中心にそびえ立つ夢見城。
 高く積み上げられた城壁と、周りをグルリと囲むように水路が設けられ、攻めるに難く守るに易い鉄壁のお城です。
 とはいえ、これまで革命とか紛争といった類の事柄には無縁の王国だったため、その城壁などが役立つ機会はそうそうありませんでした。
 先代の女王が亡くなるまでは。
「アンネ様、睡眠薬の調合も良いですけど、もう少し勉学の方にも力を入れて頂かないと、ネンネ様に申し訳が立ちません」
「まるで、私が勉学をサボっているとでも言いたげですね」
 私が大股かつ早歩きで歩くせいで、マールは小走りじゃないと付いて来れないようです。
 その様子を横目で確認しながらも、私は歩を緩めることはしませんでした。
「実際、毎回サボっているじゃないですか」
「……むう」
 スピードアップしてやる。
 赤絨毯の廊下を競歩スタイルで突き進む私、そしてそれを小走りで追いかけるマール。
「あぅ、速いです」
「マールが小さいからです」
「小さくないです」
 謁見の間へと続くこの廊下ですが、数分歩いても奥が見えないほど長いのです。
 半分位削ってしまっても良いんじゃないかと思う今日この頃。
 まぁこれだけ長ければ、敵侵入時にも十分な時間稼ぎが出来るというものですが。
「しっかり勉学しないと、ネンネ様みたいに立派な人になれませんよー」
「良いのです、私は私の道を行くのです」
 さて、さきほどからマールが言っているネンネ様というのは、先代女王、ネンネクロイツドリームドリムエリストリーアシュトワルゼの事です。
 相手の瞳を直視するだけで、思い通りの夢を見させることから、彼女の瞳は夢見る瞳と呼ばれていました。
 この瞳を使いこなし、数々の内乱を治めながら夢見の国をまとめあげ、さらに数々の人間を幸せにしたという史実。
 歴史の教科書にも記載されているほど有名な話です。
「もう五年、ですか……」
「待って下さいアンネ様ー、速いです」
「そうですね、早いものです……」
 そんな誰からも愛されていた女王が亡くなったのは、夢魔族と呼ばれる夢を喰らう魔族との戦争が原因でした。
 本来は大人しいはずの夢魔族が突如、エネルギー源である夢を目的に、夢見の国に戦争を仕掛けてきたのです。
 周囲の反対も押し切って勇敢にも前線に立ち、夢見る瞳によって夢魔族を撃退していく女王。
 ほどなくして戦争は終結するかのように思えました。
 しかし、夢見の国側より放たれた一筋の矢が、前線に立っていた女王の胸に、深く深く突き刺さったのです。
 心臓を貫かれたショックにより崩れ落ちそうになりながら、それでも彼女は気丈にも立ち上がりました。
 胸を己の血で紅く染めつつ、最後の力を振り絞って夢魔族を退けた女王の姿は、今でもこの瞳に焼き付いて離れません。
 声すら出せず、瀕死の状態で倒れ伏した女王は、医療隊の救助を無言で断りました。
 もはや助からないという自身の状態を理解して、国民の救助を優先したのでしょう。
 夢見る瞳は、駆け寄った私の瞳を捉え、そして微笑みました。
――アンネ
 微笑みながら、優しく私を抱き締めてくれる女王。
 こうしてもらうのは何年ぶりでしょうか、消える間際の生命とは思えない温もりが、肌に伝わります。
――この国を、夢見の国を頼みます
――貴方には、この
 突如見せられた夢から醒める私。
 最後の言葉を聞かないままに、私の意識は現実へと連れ戻されました。
 それは夢見る瞳が見せた最期の夢。
 国王は、愛する妻の名前を何度も何度も呼びながら彼女の胸の上で泣き、
 私の妹リンネは、事態がよく分かっておらず、私の顔と亡くなった女王の顔を交互に見比べて、困ったような顔をしていました。
 既に息を引き取った女王の姿を見て、涙が頬を伝います。
 私は声すら出せずに泣いていました。
 後になって、矢の先端には毒が塗ってあり、この事件が意図的な物だということが分かりました。
 愛する妻を失い、怒り狂った国王は弓兵隊を一人残らず処断してしまいます。
 しかし、結局矢を放った犯人は分からないまま、真相は闇に閉ざされ、五年の歳月が過ぎたのでした。

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20100510 アンネとマールと夢見る瞳01

 異変に気付いたのは、お昼過ぎ。
 昼食を食べ終えて、部屋に戻ってきた時の事でした。
 豪奢なベッドに顔面からボフッと倒れこみ、食後の軽い眠気に身を任せます。
「ぷはっ」
 そのままでは息苦しいので顔だけ横に向けて、気道を確保。
 そして、何気なくベッドの横に設置されている棚に視線を移すと、そこに置いてあったはずの薬瓶が、忽然と姿を消していたのです。
「おやおや?」
 見間違えかと思って、よくよく探してみることにしましたが、やはりいくつかの薬瓶がゴッソリと棚から失くなっていました。
 しかもそれは、私がつい最近書物の情報を元に調合した、悪用されるとちょっとマズイ事になりそうな薬。
「やはり、あの薬だけ無くなっている……どういう事でしょうか?」
 盗まれた?
 いやしかし、部屋に鍵は掛かっていましたし、もしかして自分でも気付かない間に持ち出したか。
 とっさに思いついたその考えは、割と現実的なものでした。
 人体実験と称しては、付き人や城の兵士達で薬品を試験している私にとって、調合した薬品が失くなる事なんて日常茶飯事。
 とはいえ、あの薬は今まで調合してきた薬品とは違って少々危険な物でして、それ故取り扱いも十分注意していたはず。
 間違っても持ち出して使ってしまうなどという事は無いはずなのですが。
 棚に置かれた薬瓶のラベルをひとつひとつ確認しましたが、やはり見当たりません。
「マズイマズイマズイ」
 床に転がっている可能性も考え、這いつくばって棚の下を注意深く覗き込むと、
「何かお探しですか?」
 不意に声をかけられました。
 声のした方向に顔を向けると、ドアの隙間からこちらを覗き込む少女。
「……マール」
 床に這いつくばる姿勢を正して、すっくと立ち上がります。
「アンネ様。這いつくばるのは良いですけど、ドレスは汚さないで下さいね」
「どうしろと」
 無茶な事を言いながら、群青色のショートヘアーを揺らして少女が近付いてきました。
 真っ白のワイシャツをパリっと着こなし、胸元には青いリボン、青色のスカートに膝上まである白いタイツ、と清楚な格好をした彼女の名前はマール=オイスター。
 私の付き人であり、古くからの友人です。
「マール。私の部屋に入る時にはノックくらいしなさいと、あれほど言ったでしょう」
 少し強めの口調で言いますが、少女は全く気にした様子もありません。
 マールは私の目の前まで近付くと、ドレスについた埃を手で払ってくれながら、顔を上げます。
 同性の私から見ても可愛らしくあどけない顔立ち。
「そう言いますけどね、アンネ様。毎度毎度ノックしても実験とかに夢中で全く気付かないじゃないですか。ドアの前で立ち往生するのには飽きましたよ」
 年齢は私の一つ下なのですが、幼い頃からずっと一緒に育ってきたので、王女と付き人という立場にも関わらず、
 ズバズバと意見を言ってくれる有り難い存在でもあります。
「うぐぐ」
 何も言い返せない私は、目の前にある少女のつむじをグイグイっと指で押してやりました。
「えいえい」
「痛っ、痛いですアンネ様、やめて下さい」
 痛みから逃れようとするつむじ、それを絶妙のバランスで追撃する私の人差し指。
 言い合いでは勝てませんが、マールの背丈は私よりも小さいので、こういう場面では絶対的優位に立てるのです。
「いいですか、マール。これは、おまじないです」
「な、何のですか」
 つむじを押されたせいか、少しだけ涙目になっている少女の顔にゾクリとした快感を覚えます。やはりこの子はイジメ甲斐がありますね。
「マールの身長が更に縮ゴフッ!」
 せいっという掛け声と共に、みぞおちへと鋭い一撃を加えられ、私は床に崩れ落ちます。
 王女の付き人であり、私を護るためにも一通りの護身術を身に付けているマールを相手にするには、いささか無用心な振る舞いでした。
 それにしても、この子の辞書には忠誠心とか遠慮とか、そういった類の単語は無いのでしょうか。
「マ、マール……貴方、最近……王女である、私への配慮が……足りない気がするのですが……」
 ジワジワと痛む腹を押さえながら、私は呻く様に呟きます。
「気のせいです……ところで、アンネ様。探し物でしたら手伝いますけど?」
「えっ、あぁ。いやいや気にしないで下さい、別に大した物ではないので……」
「そうですか? すごく必死に探していたように見えましたけど」
 自分で言っておいて何ですが、失くしたのは凄く大した物です。
 実は棚から姿を消したのは永眠薬と名付けられた薬で、文字通り使用者を永眠させる薬。
 とはいえ、使用者を死に至らしめるという効果ではなく、真逆の成分を持つ目覚薬を使用しない限り、絶対に目覚める事のない眠りにつかせるという薬でした。
 普通の睡眠薬では目覚めてしまう重度の不眠症とか、邪魔者をしばらくの間黙らせておくとか、そういう用途の為に調合した物で
 本来、目覚薬とペアになっていれば割と安全な薬なのですが、一番の問題が目覚薬の調合がまだ終わっていないということ。
 つまり、もし今の状態で永眠薬が悪用された場合、使用者は絶対に眠りから覚める事がないのです。
 目覚薬の調合が成功するまでは、もはや死の薬といっても過言ではないでしょう。
 表情には出ていないはずですが、内心では物凄く焦っていました。 
 早く目覚薬を調合しなければ。
「えぇと、マールこそ、何か用事があったのでは?」
 薬について問われる事を恐れた私は、話の流れを逸らす事に。
「おっと、そうでした。国王様がアンネ様を連れて来る様にと申されまして」
「お父様が? 分かりました。では行きましょう、すぐ行きましょう」
 そう言うと、私はマールの手を引いて部屋から出ようとしました。
 が、小さな体に似合わない力で私の体をグイっと引っ張り返したマールは、部屋から出ようとしません。
「どうしました。早く行かないと、お父様が待っているのでしょう?」
「あの、探し物は本当に良いのですか?」
 勘の鋭い子です、恐らくマールは私が焦っている表情を見抜いたのでしょう。
「マール、細かい事を気にしているようでは、私みたいに大きくなれませんよ」
「アンネ様だって小さいじゃないですか」
「どこを見て言っているんですか。胸じゃありません、背丈の話です。さ、行きますよ」
「あ、ちょっと! アンネ様!」
 冗談を言って誤魔化す作戦成功です。
 部屋から出てしばらくの間、マールは何か言いたげな顔でしたが、何も言わずに私の後を付いて来てくれています。
 赤い絨毯の敷かれた廊下をせかせかと早歩きで進み、私とマールは謁見の間へと向かいました。

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20100505 設定のみ~

とりあえず設定だけは持ってきておいた、近々また書く事にしよう
それにしても設定だけでこの長さ、一番上のみ表示させて、本文とは分けた方が良いよなぁ
無駄に縦に長くなるし……
文字色が見難い~とか、こんな話やってほしい~等の意見あったらお願いします

■はじめに
脳内CVの再生環境が整っていない方は、この文章は気にせずお進み下さい。大変健康的で喜ばしいことです。
CV脳内再生環境がある方は

 ・アンネ→田中理恵、マール→釘宮理恵、リンネ→田村ゆかり
  [POINT:田中理恵=ハヤテのごとくマリアで、釘宮理恵=お好きなタイプで、田村ゆかり=黒い方の感じで]

 ・アンネ→新井里美、マール→水橋かおり、リンネ→花澤香菜
  [POINT:新井里美=とある黒子、水橋かおり=ひだまり宮子、花澤香菜→化物語撫子で]

 ・アンネ→伊藤静、マール→生天目仁美、リンネ→能登麻美子
  [POINT:伊藤静=落ち着いた物腰のキャラ、生天目仁美=適当な性格のキャラ、能登麻美子=大人しめのキャラで]

などの組み合わせでお楽しみください。
もちろん個人で適当にキャスティングしてもお楽しみいただけます。


■登場人物紹介

 ・アンネクロイツドリームドリムエリストリーアシュトワルゼ

  人間の夢を管理する一族のお姫様。とある事件を起こした責任を取るため、人間界で夢を集めなければいけない。
  好奇心旺盛だが慎重派でもあり「石橋を、叩いて壊し、飛び移る」をモットーにしている。
  アンネクロイツが名前、それ以降は王族につく呼称。
  冬はコタツで雪見大福がベストと信じて疑わない。

 ・マール=オイスター

  アンネの従者。幼い頃からずっとアンネと共に育ってきた仲。適当な発言をすることもあるが割としっかり者。
  アンネが起こした事件のせいで、彼女と一緒に人間界に降り立つ羽目になる。
  冬はコタツでみかんを食べるのが好き。

 ・リンネクロイツドリームドリムエリストリーアシュトワルゼ

  アンネの妹。姉であるアンネが好きすぎて困ってしまう人。
  普段は礼儀正しく真面目な優等生だが、姉の事になると話は別。
  愛する者の身に付けた下着の為なら例え火の中水の中草の中森の中土の中雲の中姉のスカートの中。
  リンネクロイツが名前、それ以降は王族につく呼称。
  冬は姉の温もりと芳香が残るベッドで二度寝。

▲モドル

20100504 15000HIT記念さいとりにゅーある完了

気付けばいつの間にか15000HITしてましたね!!

という事で記念としてサイトリニューアルしました。大分色合いも変わり、見た目もシンプルになったかなと
過去ログとかアンネとマールとかはメニューのlogから飛んで貰えれば残してますので、そちらでどうぞ
一応ココにも張っておきましょうか →過去ログ

あとはコンテンツがドンドン増えていけば良いんですけど、問題はそこだよね……
バナーに関しては気が向いたら新しい奴作るつもりです
そんな事やってる場合ではない事は重々承知だけどな!
こちらではアンネとマールのcss設定してないから、新しく書く時はそれも設定しないと……
しかし背景色変わったせいで色合いが微妙に合わない気がしないでもないです
では、また次の会う時まで、ごきげんよう

▲モドル

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NASIYA
(画像はイメージです)

■Name.  梨屋
■Blood. AB
■Birth.  1986/3/29
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MOTOR HOME(モタさん)

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